第十四章『求められるはその力』後半その㉙
メレルエルが構えた神器の穂先から神熱が放出され、やがて球状へと形を成しては眩い程の光を放つ。
それが何なのかを知らない者は存在せず、誰も彼もがその熱に当てられ固唾を飲み込む。
ケルト神話における太陽神・ルーが扱っていた神技―その劣化ではあるものの、神熱から創造された小さな太陽は灼熱を帯びて燦燦と煌めき輝く。
「我が矛先に宿るは創星されたし陽の恒星」
結界内に留まらず伝わる熱から他の天使を守るため神水の力で結界を覆ったガブリエルだったが、結界全体を覆うため薄く広げた神水の力では不完全であるはずの神熱の力の全てを断つ事はできず、所々から神熱の力が漏れ出始める。
(それだけは許せない―許していいわけがない!)
天界の守護天使筆頭として全てを救うべく神水を纏ったガブリエルは辛うじて神熱の力が漏れ出る事を防ぐことに成功するものの、同化したことで伝わってくる神熱の全てをその一身に負い、肌は焼かれ蒸気を立ち昇らせていた。
「流石にこの規模はきついわね…早めに決着を付けてちょうだいよ、二人とも」
周りからの心配を余所にそう言葉を溢したガブリエルの視線の先、そこには小さな太陽を掲げるメレルエルとそれに対抗するべく対峙するミョルエルの姿がある。
もはや真神の先見の瞳を以てしても先が見えない展開を見守る他ない天使、神々―果ては魔神に至る全員が目を見張る中、ただ一人ミカエルだけは瞼を閉じ先に備えて精神を落ち着かせていた。
「いくわよミョル」
そう静かに告げたメレルエルは自身の頭上で燦燦と輝く小さな太陽を更に萎めて穂先の中に収めると、神器の穂先はこれまでに見せたことのない程に赤々と輝きを増していく。
例え劣化であろうともそれに触れればどうなるかなどわかりきっているミョルエルは、纏う神雷を荒だたせバチバチと激しい音を鳴らし始め構えを取ると、それを見た観客席にいる天使達は様々な驚きを露わにしていた。
その中でも一番に驚いていたのはウリエルであり、見覚えのあるそれに対しての反応として勢いよくその場から立ち上がる。
「…そうか、確かに現状あれでしかメレルエルの技には対抗できない。…だが、本当にあれを?」
困惑しつつも思考を巡らせるウリエルの姿が余程珍しかったのか、余裕の無いガブリエルを除きラファエルやメタトロン、その他熾天使達は一様にして目を丸くさせ、やや置いてからその光景を逃すまいと視線を闘技場内へと戻すと、両手を伸ばした先で球状の神雷を生成するミョルエルの姿がその先にはあった。
生成される球状の神雷は鼓動する度に膨れ上がったかと思えば、その大きさは徐々に圧縮されていく。
過密に、重度に集められた神雷は、少しでも気を抜けば形を崩し爆発してしまう恐れがある。
極度の集中力が求められている為か、鼻から垂れ流れる血を拭うこともなくただ一点―メレルエルを見つめるミョルエルは、ザドギエルの試練で見た夢の世界で放ったこの技の事を鮮明に思い出す。
(あの時とは状況が違う。今はあの時よりも正確に…精密にトール様の御業を再現できる…はず。元々、何が正解なのかもよくわからない御業ではあるけど、あの子も応援してくれている。それは間違ってなんかいないって…確かにそう思ってくれている。もし…もしトール様が見てくれているのなら、どう言ってくれたのかな。どう思ってくれたのかな。きっとその答はすぐには得られない。だから今は…自身で思い描いた結果のみを示す―それだけが、今私ができることだから。…それに)
一度瞼を深く閉じ、すぐに瞼を開いたミョルエルは、メレルエルへと向ける視線を変えることをせず、強張った表情から一変して和らげな笑みを浮かべる。
(それに、応えられないのなら…私は―)
そしてすぐにでもその笑顔を別のものへと変えたミョルエルは、響き渡る神雷の轟音に負けないようにと声を張り上げる。
「―貴方の隣に立てはしない!!願い―焦がれ、追いかけ追い付き―追い抜く事を繰り返す。互いに互いを認め合い、それでも未だだと互いに自分を否定する。きっとそれが私たちなんだ…。でもそれでいいんだって、私は強く思ってる。だからこそ私は越える…越えていく!そしてその先でまた、貴方が私を越えていくことを待つ!―いきますよ、最強の御業であるこの技で…私は貴方の先をいく!!」
普段の口調を崩し、嬉々として技を構えるミョルエルに対しメレルエルは―
「…なら、ちゃんと待ってなさいよ。私がミョル―貴方を越えていくその時まで!」
―先程までの凛とした表情から一変、心の底から笑顔を浮かべて技を放つ。
「創星されたし陽の恒星は、全てを与え―滅するための死と生命を司る。願え、祈れ、憂いて縋れ…苦しみ藻掻いて尚進め。求める答は其処にある―三度下りし太陽は、照らす全てを巡らせる」
メレルエルが差し向けた神器の穂先から放たれた神熱は、1000万℃を越える高温の光線となりミョルエルへと迫る。
自身の目が神熱の余波により焼かれる感覚、肌がヒリつき皮膚がひび割れていく痛みを耐えながら、ミョルエルは迫りくる光線をしっかりと捉えては創り出していた球状の神雷を三つに分けると、その内の一つを光線へと向け打ち放つ。
放たれた神雷は神熱の光線に触れた刹那に爆ぜることにより光線を四方へと散らす。
(流石に分が悪い…こっちの御業は知られている上、不完全。なのにミョルのあの技?について、私は何も知らない。形状からして一発限りの技だと思ったのに、応用が利く何て想定外…いやでも、こっちの御業を見てから出したんだし当然といえば当然なのかな…。でもまあ―)
「―だからなんだって話なわけよ!」
構えを変えて二発目の光線を―今度は薙ぎ払う様にして放ったメレルエルだったが、それをミョルエルは身を翻すことで躱す。
だが、メレルエルの二手目となる薙ぎ払いの攻撃はそれで終わることはなく、神器を振り回すように扱いことで光線を放ち続け、一振り、二振りと回数を重ねる度に速度は上昇し、一筋だった光線はまるで幾つもの光線へと別れたように一度に複数の光線がミョルエルへと襲い掛かる―も、それらはミョルエルを捉える事はない。
依然として俊敏に動くミョルエルは迫りくる光線を避け続け、タイミングを見計らってから球状の神雷の一つをメレルエルへと打ち放つ。
それが今度も同じように触れた傍から爆ぜる保証はない。
その為、確実に対処するべく神器の穂先で球状の神雷を捉え振り切ると、球状の神雷は爆ぜることなく地上へと叩き落とされ霧散する。
どのような効力が込められていたのかは知りようもなく、改めてミョルエルへと視線を向け直したメレルエルはしっかりとミョルエルへと狙いを定め、第三手へと移行した。
太陽神・ルーが編み出した御業―『三度下りし太陽は、照らす全てを巡らせる』は一手目で場を作り、二手目によって整え、そして三手目で以て一撃とされる攻撃であり、その威力は今でも最上級に位地する御業の一つ。
「よく知ってるんでしょうけど、どう転んでもこれで勝負は終わる。だから先に言っておくわ…ありがとう、ミョル」
そう言葉を告げると共に残る全ての神熱のマナを込めた穂先から小さな太陽を取り出し、ミョルエルへと向け打ち放つと小さな太陽は距離に比例してその大きさを―面積を増していく。
速度はそこまで速いものではないにせよ、神熱の力が充満している結界内という密閉空間では逃れられる術などない。
誰もがそう抱くも、それと対峙するミョルエルは片手を高く掲げマナを集中させる。
そうして顕現したのは神器・破神鎚であり、それを強く握ったミョルエルは残る一つの球状の神雷を神器へと取り込ませ構えると―
「破轟雷」
―短い言葉と共にそれを投げ放つ。
投げ放たれた神器は的確に肥大化していく太陽の中心を穿ち、ベースとなる核を打ち砕く。
核を失くした太陽は程なくして決壊し、結界内に充満していた神熱も連鎖するように霧散する。
あまりにも静かに、劇的なものなど何も起こることもない御業と御業のぶつかり合いは終え、力尽きたメレルエルの隣を神器・破神鎚が通り抜ける。
「あっ」
そう小さく呟いたのもつかの間、神器は結界を破壊する。
それはもう呆気なく、これまで神熱の力をある程度抑えていた結界とは思えない程あっさりと。
あまりの驚きに神器の操作を忘れていたミョルエルではあったが、幸運なことに神器の向かう先にはウリエルがおり、やれやれといった表情で軽々と神器を掴み取りしっかりと手に握る。
「気持ちはわからなくもない。だが、今後少しは気を付けろ。大事があってからでは遅いからな」
そう言葉にした時には落下するメレルエルを抱き止め闘技場内へと足を踏み入れていたウリエルは、神器をミョルエルへと手渡してメレルエルをアラドヴァルの元へと優しく運ぶ。
アラドヴァルはメレルエルが無事であること、大事はないことに心底安心したのか静かに涙を溢し始めて小さくメレルエルの名を呼ぶが、メレルエルから返ってくるのは寝息だけだった。
「さて、勝負はついたな。次へいくとしよう―ミカエル」
「そう名を呼ばれずともわかっている。それとも休憩が欲しいか、ミョル?」
ウリエルの呼びかけに対し、すぐに答えを返したミカエルがそう問いかける。
だがミョルエルはそれに笑顔を浮かべて答えを返す。
「いえ、始めるのならすぐにでも始めましょう。今、とってもいい気分なので」
「…っは。他者に抱いた劣情を向けられるのは流石に嫌なものだな。だがまあいい、しっかりと受け止めてやろう。ミョル―お前の全てを」
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終われそうで終われないかもですね
懸念は書ききれるかどうかです 頑張ります