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天使のパラノイア  作者: おきつね
第十四章
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第十四章『求められるはその力』後半その㉘

 初めは好奇心からだった。


 私の母に当たるイシュタル様から何度も聞かされていたトール神様の愛娘。


 けれどその子に名前はなく、『トールの子』『小娘』等多種様々な呼ばれ方をしていた不思議な子。


 私を含めた周りの子には名前があるのに自分にはそれがない事を一切気にも留めないその様子には多少面を喰らったが、「私が私だとわかるのならば、特に問題はありませんからね。気に掛けていただいて嬉しい限りです」とその子は明るく笑う顔はとても印象的で、今にして思えばその時に同性でありながら私はその子に惚れこんだ。


 私とその子では生まれ持った才覚に違いがあったものの、その子と私、そしてエーテルガンドを含めた三人は同期組の中であらゆる方面で大幅に遅れを取った『落ちこぼれ組』と呼ばれており、訓練中は多くの時間を共にしていた。


 その子は生まれが特殊で、始めこそ大器晩成型の私とそう変わらない様々な能力値をしていたがその子の成長性には目を見張るものがあり、『落ちこぼれ組』の中に留まらず同期組の中で最も早くに同期組の頂点に位置付いていたエリミエルから勝ち星を得た時は、我が身の如く盛大に喜び抱き着いたのをよく覚えている。


 それからは「必ず追い付いてやる!」と意気込みエーテルガンドと切羽琢磨に実力を身に着けていった。


 きっと青春という時期がいつだったのかと聞かれれば、私は何一つ迷うことなくその頃こそが青春だったと言うのだろう。


 それほどまでに充実した日々は、『氷王討伐作戦』を境に瓦解して『終焉戦争』を経て完全に終止符を打つ事となった。


 私とその子は互いに親である神を亡くした痛みを分かち合えると思った矢先、その子は天界から姿を消して行方不明。


 幾つか日が経ってからようやっと接触できたウリエルさんからその子はひとまず無事で現界で活動していると聞かされた時は、安堵と憂いの感情で私の胸の中は満たされ静かに涙を流していた。


 そしておよそ三年後、天界に帰還したその子は意識を失う程の戦いを終えた後らしく、しばらく目覚めなかった日々の中で心が休まった日は一日としてなかった。


 その子がようやっと目覚めた際には一度だけ顔を合わせて安堵したのもつかの間、またすぐに現界へと下っては多大に心配の念を私に抱かせたが、それほど長い期間現界にいたわけでもなく程なくして天界に帰還した時には何処か晴れた表情をしていた。


 天界が大きく変わったのはそれからだ。


 ウリエルさんやその子は私やエリミエル、その他多くの天使を巻き込む形で新たな戦力増強方法を提案し、ルシフェルさんが快諾したことで天界の情勢は一変、多くの神々がいなくなった穴埋めは出来ずとも現界に中位の天使を送るだけの余裕は生まれ、天界と現界の二つの秩序は緩やかに―けれど着実に安定することとなる。


 特に目を引いた変調は、天界と現界で共に秩序を重んじる派閥が組織的に大きくなったこと。


 それに伴って違反者にはある程度―いや、過激なまでの厳罰が課せられる様になってしまったが、それは時代の変革で仕方がないものだという声は後を断たなかった。


 まあそんな様々な感情が渦巻く過去は置いておき、初めてその子の―ミョルエルという名前を知れた時の喜びは膨大なもので、ミョルエルに負けじと自身を鍛え続けて現界守衛の隊長へと位置付けられた私は、その後もひたむきにミョルエルの背を追い続け今に至る…のだが、私が追うその背中は小さいようでとても大きく、追い付いたと思えた現状でさえ勘違いだったと甘かった考えを改めざるを得ない。


 そう思えてしまうほどに―


「なん…で!攻撃が一度もっ!!」


 ―私の攻撃は神雷を纏ったミョルエルを捉えられることはなく、神熱の閃光を放とうとしても予備動作段階で防がれ放つこともできずにいた。


 ありない―そう強い思いが過るも、どこかこの結果に納得してしまっている自分がいるのも確かで、ごちゃまぜな感情が思考を埋め尽くす。


 イシュタル様曰く私はミョルエルよりも強くなる素質が高く、素質だけでいうのなら他の天使―それも熾天使達にも引けを取らないほどだという。


『ミョルエルにあって貴方にはないもの…それは圧倒的なまでの経験値。でも安心なさい、巨万に等しいその差を私がほぼ限りなく0にまでしてあげる。ふふん、とっても嬉しいでしょ?』


 そう告げたイシュタル様との戦闘向上訓練は辛く苦しいものだったけど、その成果はこれまでの試練に遺憾なく発揮され、結果として私は今ここにいる―はずなのに、私は焦りを募らせる。


 打てど響かず、まるで私の一挙手一投足を手玉に取る様にこの場はミョルエルが支配していた。


 神熱を纏ってからおよそ30分、闘技場内の温度は1000℃を越えているはずなのにミョルエルは疲弊の色を見せることなく動き続けている。


 そればかりか、神熱を纏っている私の1m以内であれば軽く3000℃を越えている…タングステンですら溶けてしまうほどの温度だというのに…いや、もうそのことを考えるのはよそう。


 何故なら揺るぎようのない事実が眼前で起こっているからだ。


 最早神に近しいものへと至りつつあるミョルエルに生半可な常識、概念は意味を成さず通用しない。


 だからこそ―いや、だから何なんだ?


 そんなことが、そんな程度の事で―


「負ける道理に何てならないわ!」


 ―認められるはずがない、認めていいはずがない。


 他ならない、ミョルエルに対峙している私だけは否定し続けなければならない。


 でなければ…私は何故此処に居るのかと意味のない自問自答を繰り返してしまうから。


 何度神器を振るおうと、神熱を纏った四肢を差し向けようとも、速度に極度の緩急を付けているミョルエルを捉えられることもなく、疲弊が募り続けるばかり。


「…限界ですか?纏っている神熱の綻びが多く、大きくなっていますよ」


 そう声が聞こえた瞬間に接触面積が少ないものの、強烈な一撃が大きな衝撃となって背中からお腹に伝わり勢いよく空気を吐き出した私は、自分の身体が崩れ落ちるのを防ぐべく片膝を地面へと突き立て何とか凌ぎきる。


「恐らく初めてではないであろう『神熱纏装』を30分以上保ち続けているのには素直に驚愕です。あの日から三ヵ月と少し、それだけの短い時間の中で持続時間を伸ばせている事実、…やはりメレルエルは強いですね」


 少し照れくさそうにしつつもはにかむように笑って見せるミョルエルに、私は動きを止めて見入ってしまう。


「私は何年も、何十年もかけてようやっとそれほどまでの持続時間を身に付けました。きっと私にその才覚は無かったのでしょう。…だから、きっとメレルエルはもっと強くなれるのでしょうね。いえ、絶対強くなれます」


 …やめて、そんな笑顔を今私に向けないで。


「でも今は私の方が強いです、それは譲れない。…この先へと先に進むのは、貴方ではなく私です」


 そう、それでいいの。


 勝気なその表情でいい…じゃないと、………じゃないと?じゃないとって何?―それでいいわけがない、それだと今までと何も変わってない。


「…ふざけんじゃないわよ」


 他人の気持ちなんてわからない、それは誰だって同じこと。


 だから貴方が今、何を考えているのか、何を思っているのかは私にはわからない…わかってあげられない。


「私の方が強いです…?何よ、まだ寝ぼけてるの?いい加減目を覚ましなさいよ」


 どれだけの苦労、苦悩の元に成り立ったのかは、これから先だって真に理解できることはない。


 私は貴方じゃないし、当然ながら貴方は私じゃない。


 でも、だからこそ…私は貴方を一人なんかにさせはしない。


「いつもいつも、どこか一線引いた所から見てくる様には少しイラついていたのよ」


 もう、一人になんかさせたくない。


「今はまだやっちゃダメって言われてたけど、やらなきゃミョルを越えられない―強くなれない」


 私は越える、並び立つだけじゃ満足何て出来ないから。


 私は強くなる、ミョルエルを一人にさせない為に。


 私はもう―


「神熱纏装―臨界点突破」


 ―何も失いたくはない、大好きな皆とずっと一緒に居たいから。


 『神熱纏装―臨界点突破』…何ら難しいことはない、未完成の器ではおよそ耐えられない完全で完璧な神熱の力の解放。


 身体は持って五分、それを越えれば私の身体は神熱へと溶け混ざり、私という器を失った神熱と共に消滅してしまう。


 イシュタル様には再三にわたり使用する際の注意を促されているため絶対に無理は出来ない。


 けれどさっきまであった纏っている神熱の揺らぎは無くなる上、完全な神熱は高密度のマナや魔素でさ触れた傍から溶かし、新たな燃料として取り込んでは更に温度を上げる。


 イシュタル様と魔素を取り込んだ時には10000℃を越えてしまい即座に纏装を解くことで事なきを得られたが、今回ばかりは限界時間ぎりぎりまでに解くことは敗北に直結するため、何が何でもそれはできない。


「…それをしないだけでも先程までは勝てると見込まれていたのですか。まあ、神熱の揺らぎが無ければぶっちゃけ手詰まりに近いことは確かだったので、不満以外に抱きようはないですが…それでも今は、それ以外の感情が―嬉しさが爆発してしまいそうですよ!」


 そう声量を上げ纏う神雷を激しく荒れ狂わせたミョルエルは、神雷本来の黄色い雷とそれとは異なる紫電を纏う。


 その姿は神々しいまでに神秘的であり、思わず見入ってしまうほどに見惚れてしまう。


 けれどそんな感情を振り払い、私は神器を構えて深く息を吐く。


「余裕はないからこの一撃に全てを懸ける。全身全霊全力全開―必ず、決めてみせる」


「えぇ、絶対に受け止めて見せます。その上でメレルエル!貴方を必ず越えてみせる」


 一息の間を置いて、言葉通りに全てを込めた一撃を貴方に捧げる。


 これをどう受け取るか、きっと私は見届けられない。


 だけど心残りは一つもない…だって貴方は、絶対に無下にはしないと理解してるから。

次の投稿は7/30(火)です

8/13(火)には第十四章は完結させます

その勢いで頑張らせていただきます

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