第十四章『求められるはその力』後半その㉖
ミョルエルとメレルエルは互いに出方を伺いながら一定の距離を保ち睨み合う。
いつもならいの一番に攻撃を仕掛けるミョルエルが様子見をしていることが本人以外には不思議でならず、メレルエルを除いた神や天使達は固唾を飲み込む。
そんな睨み合いに飽きたのか、メレルエルがミョルエルへと手にしていた槍を投擲したことで戦闘の火蓋は切って落とされた。
自身に向かってくる神熱を帯びた槍、その対処をどうするかと思考を巡らせるミョルエル。
投擲された槍には必中の術式が付与されておらず、帯びている神熱のおかげで掴むことはでき得ない。
故に回避行動を取ることは前提であり、選び取るのはその次に取る行動だ。
最も現実的なのは、躱したと同時にメレルエルへと駆け出す、躱した上でメレルエルがどう動くかを見る、転移の術式でメレルエルの背後へ回る、この三つ。
(転移の術式であれば即座に距離を詰められるけど、これまでの手合わせとかで何度も同じ手を取っていたから最大限に警戒されてそうですね。なら―)
槍を回避したと同時に駆け出す姿勢を見せたミョルエルだったが、その眼に捉え続けていたメレルエルの姿が瞬時に消えた事に目を見開き、背後に現れたメレルエルの姿を振り向き様にしっかりと捉える。
そこには転移直後の硬直もなく、投擲した自身の槍を掴み取ってから刺突の穿たんとするメレルエル。
未だに片腕を欠損させたままのミョルエルにとって、ダメージ覚悟で神熱を帯びた槍を掴みとめることすら難しく、またメレルエルがそれを許すほどの技量の持ち主ではないことは明白。
であるのなら、ミョルエルの取れる行動―出来うる唯一の対処法は、振り向き様に捉えたメレルエルの背後に転移することであり、メレルエルの槍は虚しく空を穿つ。
だが、ミョルエルが自身の背後へ転移したとマナ感知で捉えた瞬間、メレルエルは手に持っていた槍を改めて変転我身によって石突の部位を穂へと変え、背後にいるミョルエル目掛けて再度穿つ。
しかし、その穂先はミョルエルの頬を掠めるだけの軽い手応えにメレルエルは渋めの表情を浮かべた。
「あっぶないですね…殺す気ですか」
「殺した程度で死ぬタマじゃないでしょうが。それに信頼しているからこそ、全力を出せるってもんよ」
「随分と歪んだ愛ですね。どうにも私には受け止めきれそうもないです」
そう悪態を付くミョルエルに対しメレルエルは特に反論をすることはなく、槍を構えて臨戦態勢を整える。
向けられている瞳から感じられた熱意に応えるべく慣れないバランス感覚のまま構えを取ったミョルエルは、片腕だけでも問題なく扱える短剣を変転我身で創り出しメレルエルへと駆け出した。
依然としてメレルエルが振るう槍の対処法は回避のみであり、メレルエルに槍の扱い方、戦い方を教えたアラドヴァルを越えた技量を掻い潜るには―
(リスクはありますが、やはりいつも通り絡め手大目でいきますか)
―剣術のみでなく、様々な術式を使用して優位に立ち続ける、立ち回り続ける必要がある。
その足がかりとして槍に対しての短剣であり、メレルエルより小柄な体躯を活かした接近戦へと持ち掛けた。
だが、それは先程と同じ対策―長い一本の槍をへし折り二本の短い槍へと変える事でミョルエルの優位性が瓦解する。
「さっきと同じ?ミョルらしくないわね!」
そう勝気な笑みを浮かべるメレルエルだったが―
「そうでもありませんよ?」
―と、ミョルエルが悪戯っぽい笑みを浮かべ指を鳴らす。
その瞬間メレルエルの足元に魔法陣が現れた。
「天界術攻衛ノ参『全能神の雷』」
「やば―」
メレルエルの焦り声は轟いた雷鳴によってかき消され、無詠唱とは思えない威力の紫電が魔法陣から放出されてメレルエルを包み込む。
(雷が放出されている時間も長い!?これ無詠唱よね?!一体何をしたらこうなるのよ!)
やがて紫電の放出が止み視界が晴れたその先で、短剣を構えたミョルエルが駆け出してきたのを捉えるも、紫電が迸る身体では満足に動くことも出来ないまま辛うじて握りしめた短い槍を振ることで牽制をかける。
だが、動きの鈍い攻撃が当たることも、ましてや牽制になることもなく、一筋、二筋とメレルエルの身体には浅いものの幾つもの刀傷が増えていく。
ようやっと紫電による痺れが失せミョルエルを捉えるべく短い槍を振るうも、短くなったが故に大きくもない後退で避けられ寸頸による反撃を貰う。
外側からでなく内側から響く衝撃によって体勢を崩しかけたメレルエルだったが、何とか踏みとどまった傍からバク転からの蹴り上げ―サマーソルトキックを顎に叩き込まれ、その身体を僅かに宙へと浮かし程なくして地面に転げた。
まごうことなきクリーンヒット、激しく揺らされた脳は重度の脳震盪を起こし朦朧な意識のままに見たミョルエルからの追撃を避けるべく無理矢理に身体を転げさせ、紙一重で攻撃を躱す。
「…そんな状態になってまで続けますか?これまでと違い、私の打撃はそれなりに高威力になっているはずです。立つのもやっとでしょう。…もう一度言います、まだ続けますか?」
「…舐めないで当然でしょう」
足元はおぼつかず、立ち上がりはしたものの今にも倒れそうにしながら言葉を返したメレルエルは、頭に手を当て全力で治癒の術式を施すことで脳震盪を軽減させる。
「そもそも、たった三撃をまともに受けただけ。それでもまだ立てるのなら、諦めるなんて選択肢は取り得ない」
そう力強く言い放ち、手に持っていた二本の短い槍を失せさせたメレルエルは手を掲げマナを集中させる。
その行動が意味するものは―
「神器顕現…だけどそれだけでは」
「わかってる!そんなこと!」
―神器顕現、神器・暴熱神槍をその手に収めた所でミョルエルの言う通りあまり意味を成しはしない。
神器をただ手にしただけではそれを扱う担い手に対する恩恵は少なく、こと暴熱神槍に至っては壊れにくい頑丈なものである他、先程まで手にしていた槍よりも神熱を高出力で出せること。
今はまだ、神器を顕現させただけの状態で出せる神技は無い。
「だからやるんでしょうが!ミョル―あんたに勝てる方法を!今、選び取るの!」
そう声を上げたメレルエルの掲げた手に神器・暴熱神槍が顕現し、掴み取ってから自身の前に突き立てるように持ってくると更にマナを込め始め大気を震わせる。
その身に覚えのある感覚にミョルエルは誰に聞かせるわけでもない言葉を小さく溢す。
「そう、ですか…メレルエル、貴方も―」
まるで幼げに―見た目相応の子供の様に目を輝かせるミョルエルの姿がそこにあり、あふれ出る好奇に釘付けで隠しきれない喜びをその表情へと惜しむことなく表していた。
「神器換装・暴熱神槍!!」
神器の天使を経由することなく実行するのは、熾天使の身であったとしても負担は大きく安定しない。
だが、疲弊したアラドヴァルにそれを強いるのは無茶な話であり、例えそうしたとしても神器換装を継続するだけの時間は少なくなってしまうだろう。
やがて神器から溢れるマナに身体を包み込まれたメレルエルの各部位には防具施され、身体能力、マナの操作性、そして神熱を更に精細に、巧みに扱えるよう、多種様々な能力が上昇する。
誰の目から見ても熾天使に並ぶほどの力を身に着けたであろうメレルエルがちらりと一度視線を送ると、それを受け取ったアラドヴァルはミョルグレス、フェイルノート、エクスマキナの元へと駆け寄ると、神熱の熱波から守るべく魔法陣を展開し結界を張る。
アラドヴァルが結界を張り終えたのを見届けてから視線をミョルエルへと向けたメレルエル。
その視線を受け取り、込められた幾つかの想いさえも理解していながら、ミョルエルは勝気な笑みを浮かべては、マナを腕の形に象らせ変転我身で以て生身の腕を創り出す。
だがその腕はあくまでも創り出したものである為に様々な不便性を抱いており、自分らしくないと自覚しながらも煩わしいとミョルエルは思わず小さく笑う。
「さぁ始めましょう。私としてはこれが今の万全です。戦いの最中、余裕があるのなら…きっとその上を見せられることでしょう」
「…あぁ、そう。なら魅せられるように、やれるだけの事をしてやるわよ!覚悟しなさい…私はミョルエルを越える、越えてみせる!」
そう力強く宣言をしたメレルエルは内から溢れるマナを―神熱を滾らせて、やがてその神熱を全身へと纏わせる。
「神熱纏装」
チリッと―そう音がした。
程なくしてミョルエルの唇には僅かな亀裂が走り、ジュッと音が鳴ってはにじみ出たはずの血が蒸発する。
その場にいるだけで体力と気力を奪い取る神熱の熱波は、天使の身には本来感じられないはずの『暑さ』を感じ取らせていた。
「汗すらも即座に蒸発しますか…対策もなしに挑めば体中の水分を―いや、その前に瞳がいの一番に機能しなくなってしまいますね。まあ何はともあれ―」
構えを取っては見るものの、すぐに消えてなくなる冷や汗をかくミョルエルの表情は、つい先ほどのものとは打って変わったものだった。
そして、その表情が物語るのは―
「マジですか…」
―確かな焦燥と期待の感情だけだった。
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