第十四章『求められるはその力』後編その⑱
「何かあればまたおいで。いつまでもここで待っている」というトール様の言葉を最後にその場を後にした私は、何となく自室へと戻ることが憚られ天界内を練り歩くことにした。
何かそれで取っ掛かりでも見つけることが出来ればいいが、そうそう上手くいくこともなく当てのない散歩がただただ続く。
どうしたものかと考えあぐね始めた頃、私に声を掛けてきたのはウリエルと同じ階位に位地するガブリエルとラファエルだった。
「随分と珍しい顔をしているな。らしくもなく悩み事か?」
酸味のある癖の強い果実をかじりながらに言うラファエルだったが、そのすぐ隣にいたガブリエルに耳を引っ張られ痛みで僅かに顔を歪ませた。
「デリカシーの欠片もないわねあなた。ミョルも女の子なのよ?悩みの一つや二つあるでしょうに」
「そ、それはそうなんだが…今まで悩みに顔を歪ませる事なんてあまり見たことなかっただろう?あったとしても何処か楽しんでそうな表情ばかりだったじゃないか」
「それもそうだけど…そうだとしてもデリカシーに欠けている事に違いはないでしょう?第一、あのウリエルとそのほとんどの時間を過しているのよ?思い悩むことの一つや二つくらいあってもおかしくないわ」
何故だかしれっとウリエルが非難されているが、二人は私よりも長い時間をウリエルと共に生きているのだから、私の知らないウリエルの側面を知っている。
そこからくる考えを基に答えを出したのであれば、きっと遠からず違いはないのだろう。
まあ、過してきたそのすべての時間が宝物に等しい私にとっては理解できないことではあるが、他でもないガブリエルがそう言うのならきっと正しいはず…多分。
ラファエルはどこか訝し気な表情を浮かべガブリエルへと視線を向けており、私もまたガブリエルへと視線を移すとガブリエルはクスリと笑い愉快気な声で言葉を投げかけた。
「ふふ、似たような顔を向けて来られると二人が兄妹のように思えるわ。ウリエルが知ればきっと嫉妬の表情を浮かべるわね。冷やかしにでも行こうかしら」
何やら嬉しそうな悪戯っぽい笑みを浮かべたガブリエルからラファエルへと視線を移すも、その先にある表情と同じようなものを浮かべていると思うと少し複雑な気分になる。
スッと表情を潜めた私は、ラファエルに問われた事に対する答えを口にした。
「悩み事、というには少し自身自分でも理解出来てはいないのですが―」
そう言葉を始め今わかっている事、そして私の考えを二人へと語り聞かせると、二人はそれぞれの考えを教えてくれた。
「なるほどな…確かに摩訶不思議な現象が起きているようだな。ミョルの考えが正しとするのなら、私だけでなくガブやミカもその術式による影響を受けていることになるが、私としては何か違和感を抱く様な事はないな。至って平常…考え方によってはそれも不可思議なのかも知れないが、さてはて」
「ばか。今ここで更にミョルを混乱させるような事を言ってどうするのよ。…でも、確かに私も何か違和感を抱いているということはないわね。というより、大前提何かあれば気付かないはずがないから、天使全員という大規模なものじゃなくミョルだけにっていう小規模なものが正しい気がする。もちろん確証はないけど」
「加えて話を聞く限りでは外敵からじゃなく天界の者であることに違いはないと思える。それであればトール様が動かない理由や試されているっていうのにも納得がいく。…目的はそうだな、やはり無難なのはミョルの欠点を克服させることか?」
「そうね私もそれが一番可能性が高い気がするわ。そして、もしそうであるのなら術式を使った誰かっていうのは少なくともミョルと親しい間柄ということになる。候補として一番有力に思えるのはやっぱりザドギエルかしら?いやでもそれだと親しい間柄って言えないわね…誰かしら」
「うーん…あ、あの方じゃないか?」
僅かに悩んでから指を弾きながらにそういったラファエルへとガブリエルと私が視線を向け言葉の続きを促した。
「ほら、あまり頻繁には干渉してこないけど何かと世話を焼いて下さるお方がいらっしゃるだろ?特異な特技を会得している天使を生み出してるあのお方なら、そういった少し趣向を凝らした術式を創り出すのも嬉々としてやっていそうだし」
「あぁあのお方ね。そう言われてみればそんな気がしてくるわ、不思議ね。でも、あのお方とミョルってそこまで深い関係だったかしら?」
頑なにその名を口にしない様に疑問を浮かべはするものの、恐らく二人が言っているであろう人物の姿が思考の片隅に過り納得してしまう。
「そこまで深い関係では…いやでも不思議とそれなりの関係を持っていたような気がしてきますね。何故でしょうか…」
「ふむ、それもまた術式による影響なのかもな。確か記憶が曖昧だと言っていたな…考えうる限りでは、曖昧な記憶を基にどこまで真意に迫れるかどうかと言ったところが無難か?」
きっとラファエルは何気なく言ったのだろうが、その言葉は強く私の記憶を刺激し始め霧がかった曖昧な記憶―その霧が徐々に晴れていく。
そして、その晴れていく記憶の中で確信できた事があり、やがてその確信は口から零れ出た。
「一応…会いに行ってみます。あの方が仕掛けたことではないですが、それでもきっと…答えに近づく足がかりになるはずです」
その私の言葉にすぐには返答はなかったが、程なくしてからラファエルとガブリエルは和らげな、優しい笑みを浮かべてくれる。
「そうか。何か助けになれたのならいい。最終的にどのような結末に至るのか…少し無粋な気がしなくもないが、一を知ったのなら十を知りたい性分だ。気が向いた時で構わない。いつか結果を聞かせてくれ」
「確かに、今後同じような出来事が起こった時の対処法の一助になるかも…。うん、私からもお願いするわ。もちろん時間ができた時でいいし、あまり重く考えなくてもいいわ」
「了解しました。では、また改めてお話をさせてもらいます」
そう目的の場所へと向かう為二人へと背を向け前へと歩き始めると、「いってらっしゃい」と見送る言葉をかけてもらいその場を後にする。
しばらく歩いてから立ち止まった場所は、何か有事があった際に神々や上位天使の面々が集う集会場。
その最上階にある玉座の裏側へと足を進めると記憶にある通りに光の扉が現れる。
呼吸を整え、意を決してその扉へと手を伸ばすと光の扉は音もなく開き始め、その先には時空を歪めたとしか思えない空間が広がっていた。
扉を潜り抜け風に揺られる草原に踏み入れた私を迎えたのは、熾天使の一人であるサリエルだった。
「待ってたわよミョル。真神様の元へと案内するわ、ついていらっしゃい」
どうやら件のお方である真神様には筒抜けらしくその遣いとしてサリエルが任命されたのだろう。
サリエルは僅かに困惑する私へと「ほら早く」と和らげに言葉を投げかけてきたため、私は少し焦り顔でその背中を追った。
ちょっと短め?ですが、いろいろと詰まってしまってる証拠です
がんばります
次の投稿は5/21(火)です