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天使のパラノイア  作者: おきつね
第十四章
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第十四章『求められるはその力』後編その⑭

 焦りを募らせながらも胸を撫で下ろす。


 自分でそう言い表しておいて何処か矛盾の様な物を抱かずにはいられないが、それ以外に言い表しようもない感情が出てしまったのがから仕方がない。


 そんな誰に向けての言い訳かわからないものを思考の隅に追いやって、私は刻一刻と近づいてくる猪突へと焦点を固定させ放つべき一撃にマナを多分に集中させる。


 反射的に放った放電によって私を拘束している狼漣は身動きが取れず、未だ豹麻と華孔雀は大きな花から出ては来ない。


 真っ当な―とは言えないが、私と猪突の一騎打ちと言い表してもあまり差し支えはない様に思える。


 だからこそ、私も今出せるだけの全力を一点に注ぎ込む事ができる。


 これまでに一度たりともまともに成功させたことはない大技―いや、そう言い表すのも憚られる云わば神技と呼ぶに値する奥義。


 それは、私が尊敬し敬愛し敬意を示すのに何の躊躇いも惜しまないトール様が扱う―たった一度だけ見せてくれた奥義であり、トール様がこの奥義に関して溢した言葉は今でも忘れられはしない。


『最も完成された技でありながら、最早技とは云えない別の何か。これを奥義だと言い表すことは容易だが、私自身には憚られる。だから好きに名称するといい。これは、私からお前たち二人に課す―きっと最初で最後の天命だ。いつの日か、ふと思い出した時にでも達してくれることを願ってる』


 そう、これは私とウリエルに課せられた天命―たった一度だけハッキリと、他でもないトール様から与えられ、求められ、願われた―必ず果たさなくてはならないもの。


 きっと今回も上手くは決まらない。


 求められた『答え』とは少し違う、曲解して尚掠りもしない―『さんかく』すらも貰えない『ばってんマーク』のお門違い。


 でもそれでいい―何となく、トール様はそう言って笑って褒めてくれる気がする。


 だからこそ、私は自身を持って間違えることが出来る。


 他でもないトール様が見てくれているのだから。


「…そうか。試してみるんだなミョル」


「何よあれ!?尋常じゃない程の力の集約―何処からあんな力が湧き出てるのよ?!」


「うるさいぞフレイヤ。ミョルの気が散っては事だろう」


「うるさいとは何よ!うるさいとは!ていうか、あれって貴方の入れ知恵でしょ?そうでしょ!あんな可愛い子に無理も無茶もさせて、一体何がしたいのよこの馬鹿は!!」


 ウリエルに続きフレイヤ神、そしてトール様の声が聞こえるが、右耳から入ったそれらをそのまま左耳へと流しつつ、僅かに乱れた集中力を元へと戻し息を付く。


 最悪の失敗は流石に起こせない。


 故に慎重に、けれども大胆に―そうでなければ不発に終わる。


 それだけは避けなくてはならない。


 狙いは定めた、マナも十二分。


 狼漣が私の身体を拘束している事で幸いにもこの技を打った際の反動で彼方へと飛んでいく心配はあまりしなくていい。


 だから―


「行きますよ猪突。些か恰好つかない姿ではありますが、今出せるだけの全力を貴方にぶつけます。ただ真っすぐに―愚直に貴方にぶつけます。避けてみるのもいいでしょう。それができれば、の話ですが」


 ―集めたマナを更に高め、圧縮し、再度狙いを定めて息を整える。


 当然の様に私の言葉に対する答えはない。


 猪突は未だ物理的に声が届く範囲にいないのだから。


 けれども、猪突の声が―聞こえるはずのない答えが聞こえる。


 顔を合わせてから幾度となく見せてくれた無邪気に浮かべる笑顔と共に、かかってこい!と挑発的なそんな言葉が―聞こえた気がした。


 私は息を整え、最後に一際大きな深呼吸をし、やがて前を見据えて言葉を綴る。


 その言葉は詠唱ではなく、私が勝手に名付けたこの技の名―名称であり、呼称。


 技の生み親がトール様である故に、この技を放つ度に誰もが思い出す―そんな名を。


「北欧最強神・戦雷神の轟雷(エル=トール)」


 集約されたマナは光を放ち、眩いまでに辺りを包み込む。


 そのせいで目視では当たったかどうかさえもわからない。


 だが、光と共に響き渡った―轟いた雷鳴だけは、放たれた技が確かに命中したことを告げてくれていた。


「…ふう」


 光が晴れた、そう表現するに値する視界の開け方を目の当たりにして私が小さく息を吐き出すと、力なく解かれた私を拘束していた主―狼漣と、私には到達したものの威力のない―頭をトン…、と弱々しく私のお腹へと当てた、狼漣と同じく全身を黒く焦がした猪突は力なく地面へと落ちていき、地面に落ちきる前に猪突の腕を掴んでは、ゆっくりと降下し地面へと横たわらせる。


「華孔雀、二人のことをお願いします。…自分でやっておきながらではありますが、特に猪突のことは急ぎでお願いします」


「…はい。御心のままに」


 もはや私に対する態度を改め、何故かすんなりと指示に従い二人の身体を大きな花の中に包んだ華孔雀は、自身の身体も同じく大きな花の中へと包ませる。


「さて、それでは残るは貴方だけですか。…豹麻」


「………」


 視線と共に向けられた言葉に答えはない。


 しばしの沈黙の後、ようやっと口を開いた豹麻からは耳を疑う言葉が発せられた。


「我が最後ではない。小さい体躯でありながら猪突は我々の中で最もタフ…それが、彼女の特異能力であるからだ」


 特異能力―今日日耳にしない単語ではあるが、特殊能力と言い換えても差支えはないだろう。


 『特殊能力』と『特異能力』、その違いは単に前者が『種としての能力』、後者が『個としての能力』だと私は考えている。


 『変転我身』が天使という種の能力であるのに対し、私が持つ『マナ特性・速度の加速』は私という個の能力―言わずもがな前者が特殊能力で後者が特異能力、そう例えればわかりやすいのかもしれない。


 兎にも角にも、猪突はそのタフさが神獣の中でも特異な能力であると、豹麻はそう言っている。


「我の特異能力は敏捷性、ありとあらゆる速度が高まる能力だ。ミョルエル、お前が孕むマナ特性の下位互換だと思ってもらって構わない」


「…詳しくは知りませんが、私の能力―マナ特性は羨ましがられるようなものでは無いですよ。今もまだ使いこなせていませんからね」


「話の腰を折ってくるな。いいから黙って聞いていろ」


 茶々を入れたつもりはなかったが、そう強く指摘され黙れと言われてしまうと口を閉ざさざるを得ず、不服そうな表情でいる私へと豹麻はため息を付いてから話始めた。


「狼漣は技量…華孔雀は活性…。神獣へと至った我らは、各々に最も適した能力を開花させている」


 開花…?与えられたのではなく開花した―つまり、元々持っていた能力が神獣へと至ることで引き出されたと、豹麻は言う。


 その話自体は何となくだが理解出来る。


 だが、何故そのような話を始めたのかは理解できない。


 猪突が回復するまでの時間稼ぎ―とは少し考えずらい。


 短い時間ではあるものの、そういった類の事を神獣・豹麻がやるとは思えない。


 これもまた何となくではある話だが、豹麻もまた猪突と同じく感情で動くタイプのように思えたからだ。


「さて、それでは本題だ。天使の中で最速であるお前と、神獣の中で最速である我が競い合えば―果たしてどちらが上なのか…純粋な疑問を抱かずには居られまいて」


 そう言ってから豹麻は全身に纏うマナを高め構えを取り、これで話は終わりだと暗に告げている。


 疑問は増える一方だが、ただ純粋に速さの勝負をしたいと、そう言っているような気がした。


 ならばと―


「そうですね、確かに興味深いです。私としても私の足がどこまで、何にまで通用するのか詳しく知ろうと思っていた所です。神獣の中で最速であるのなら、相手にとって不足はありません」


 ―同じく纏うマナを高めて構えを取る。


 互いが睨み合う時間がしばし流れ、しびれを切らした私が先に動き始めると呼応したかのように豹真も動き出す。


 単純な速さだけで競い合うのなら負けることはないのだが、そこにひとたび攻防が挟まってくるのなら話は変わってくる。


 常時最高速度で動き続けることはできず、一挙手一投足―走る以外の行動を取る度に一定速度低下し、互いにその隙を突き合う事となる。


 そして何り厄介なのは豹麻の爪や牙であり、それらには見てわかるだけの毒がある。


 その毒がもたらす物は一度喰らってみなければわからないが、現界に存在するあらゆる毒の類が私―基天使には効かない事を加味しても、喰らわないほうがいいのは明確であり、掠る事さえ許されない様に思う。


 武器を創り出す暇さえ与えてはくれない豹麻の攻撃をいなしながらどうしたものかと思い悩む私に向かって、豹麻は唐突に声をかけてきた。


「そういえば、お前が使った技についての言及を忘れていたな」


「それ今要りますか?心配しなくても、この状況下で使えるものではありませんよ?」


「だとしても、だ。何よりも自身の胸中のもやもやを晴らす必要があるのでな」


「そうですか。戦闘の片手間でよければ答えてあげなくもないですよ」


「相も変わらず減らず口…だが、あまり不快感は抱かんな。不思議なものだ」


 互いに一切攻撃の手を緩めることなく繰り出し続け、攻撃を放っては躱す、受けるを絶え間なく行なっていた。


「それで、私が使ったあの術式についてでしたっけ?一体何がわかったのですか?」


「術式?あれは術式ではないだろう」


 僅かに私の手が止まる。


 しくじった―と思ったものの、手を止めたはずの私に攻撃を加えることもなく手を止めた豹麻は、呆れたように息を吐き言葉を続ける。


「聞こえていたのだろう?我は見覚えがあると言ったのだ。なればそれが術式ではないとわかるに決まっておるだろう。そら、続けるぞ」


 そう構えを取り、今度は豹麻から攻撃を仕掛けてきたのをいなしながらタイミングを見て攻撃を繰り出しては豹麻の言葉に耳を傾ける。


「で、見覚えがあるというのは他でもない。見間違いでなければだが、あれは愛と美、そして豊穣を司る金星の女神・イシュタル神の技―違うか?」


「…驚きました。あの方はあまりこの技を他者の見えるところで扱う事は少なかったはずですが」


「あぁ、だから確信は持てなかった。だが、一度見た神の御業をどうして忘れることなど出来ようか」


「そう…ですか。あぁ、なるほど。神獣へと至る前―未だ獣であった時に目撃したのですね」


「…っは、正解だ」


 妙に嬉しそうな笑みを浮かべた豹麻は尚も手を止めず、けれど何処かキレが落ちた攻撃を繰り出し続ける。


「よくわかったな。いや、考えうる可能性としてはそれが一番大きいか。まあそれはいい…最も気になることは他にある」


「気になること…ですか」


「そうだ。そしてそれは他でもない。その御業をお前が使えているその事だ。格を落としているとは云え、天使の身で扱えていいものではない。その事は他でもないお前自身が一番よくわかっているのだろう?」


「そうでしょうか?我々天使は神々から創られし存在。であるのなら、同じくその神々が創り出した物を扱えても、そうおかしな話でもないでしょうに」


 そんなわけあるか―とでも言いたげな表情を浮かべてウリエルへと視線を向けた豹麻だったが、ウリエルは私の考えに同意なのか向けられた視線に対し小首を傾げると、豹麻に向かって何を言っているんだお前は、とでも言いたげな表情を浮かべた。


「あの兄にしてこの妹あり…か。随分と愉快なものだな」


 攻撃を繰り出す手を止めた私達はしばし見つめ合い、やがて完全に毒気が抜かれたことで大人しく猪突の回復を待つこととなる。


 そして待つこと十数分後…大きな花から姿を現した猪突は元気いっぱいで、抑えきれない興奮を露わにしていた。


「よっし!再開だ再開!でも今回は一対一だ!全力でやるぞミョルエル!」


「そうですね。この勝負で終わりと致しましょう。見せるべきものは見せ、成せることは成しました。残るはただ―互いの好奇と意地だけです」


 猪突の回復を待つ間に私自身もある程度回復することができ、互いに万全とは云えずとも心残りがないまでには戦闘をこなすことができるだろう。


 おもむろにコインを取り出した私に対し一瞬だけ困惑した表情を浮かべた猪突だったが、それが意味することに気が付くとニッと笑っては構えを取る。


 もう何度この短い間でコインを投げたのか数えてはいないが、これが最後であって欲しいと―そう心のどこかで思わずにはいられない自分が確かにいた。

豹麻(ひょうま)狼漣(ろうれん)華孔雀(はなくじゃく)猪突(いのとつ)

何の変哲もない読み方ですね

猪突だけがちょっと変わった読みかもですね

まあ大して意味はないです

この後書きを書いたその事すらも大した意味はありません


そんなこんなで第八の試練ということも忘れてしまい兼ねないですが

第八の試練内で戦いはもうありません

後はミョルエルが頑張るだけなのでどのように話が転ぶのか見守りましょう


次回の投稿は4/16(火)です


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