第十四章『求められるはその力』後編その⑫
トール様に抱えられたまま移動することおよそ一時間。
フレイヤ神の住まう土地へと足を付けた私達を迎えたのは、フレイヤ神に仕える人間の一人だった。
「お初にお目にかかります、トール神並びにその従者ウリエルとミョルエル。私はフレイヤ様に仕える従者の一人、名をロルド・ルーマと申します」
そう魔力を帯びた布で両眼を覆っている頭部を下げたロルドは「では早速案内いたします」と先導し始め、私達はその後に続く。
やがて通っていたトンネルを抜けた先に広がっていた光景は、この土地では見られない様々な植物や動物の姿が見られるフレイヤ様の神域―『集いの森林』だ。
過去に、今回と同じ方法で訪れた時にはそれほど動植物の姿を見かけなかったが、それから数十年程たった今では盛ん―という表現が適切なのかはさておき、既存の動植物のみならず現界で未だに発見されていないであろう見知らぬ生き物たちが確認できた。
「何ともまあ凄いことになっているな。新種とも形容すべきか…ここの特殊な環境に適応する為なのだろうな、独自の生態系を築き上げている。それを最も促しているのが、あれらの幻獣…もしくは神獣の類がいるせいだな」
「確かに、幻獣や神獣とは違う…明らかに現界にいる動物達―いえ、動植物達の面影が見られます。…でも何故このような環境が?」
「フレイヤの考えはいつも計れん。何か思う所があるのは確かだろう」
「多分、フレイヤ様も同じ様にお考えだと思いますよ。他の神様方とよく話されてましたから」
しれっとそんなことを口にしたウリエルへと、驚き半分悲し気半分といった表情を向けていたトール様だったが、その言葉に心当たりがあったのか僅かに落ち込んだ様子を見せる。
「あら、らしくもなく気を落としているの?ちょっとだけ愉快な気分だわ。ねぇ、トール?」
そう私達が進んでいた先、目指していた場所にいるはずのフレイヤ神が、だらしのない―着崩れた服装でそこに立っていた。
「相も変わらず淫らな姿だ。今しがたまで行為にでも及んでいたか?」
「相も変わらずデリカシーがないわねトール。私の威厳に関ることだから正直に答えるけど、私は貴方達が来るっていうからただ入浴をしていただけよ。欲を言えば、ミョルちゃんとご一緒したかったのだけども」
「止めてくれ。ミョルが穢れる」
まるで庇うように抱いていた私をフレイヤ神から遠ざけたトール様。
その行動がよほど気にくわなかったのか、フレイヤ神はわざとらしく頬を膨らませてぷいっと顔を背けた。
「酷い物言いね。そもそも今回の話を頼み込んできたのはトールでしょ?その報酬としてミョルちゃんとお風呂を一緒にする、それすらもダメなわけ?」
「…そう言われると流石に弱いな。で、準備の程は出来ているか?」
「そうじゃなきゃのんきにお風呂になんて入ってないわよ。まあ思いの他貴方達が来るのが早かったから、急いでお風呂から上がることになっちゃったけど」
そう言ってからパチンッと指を鳴らすと、フレイヤ神の背後からフレイヤ神に仕える天使が姿を現し、フレイヤ神の着崩れた服装を正し始めた。
「それじゃあ早速始める?こっちはいつでも始められるわよ」
再度、フレイヤ神がパチンッと指を鳴らすと周辺の木々がざわめき始め、やがて幾つかの影が飛び出してきた。
「この子たちは私とオッタルが育て、鍛え上げた神獣の戦士達。先の戦いでも大いに役立ってくれた自慢の子供達よ。ほら皆、挨拶なさい」
「お初にお目に掛かりますトール神。我は豹麻」
「同じくお初にお目に掛かります。吾輩は狼漣」
「私は以前にお会いした事がありますが、改めて名乗らせて頂きます。私は華孔雀」
「僕は初めてだったよね?始めましてトール様!僕は猪突!よろしくね!」
豹の神獣『豹麻』、狼の神獣『狼漣』、孔雀の神獣『華孔雀』、そして猪の神獣『猪突』。
各々が名乗りを告げ、示し合わすこともなく揃って頭を下げた神獣達にトール様は「ほぉう良く鍛え上げられている」と感嘆の声を漏らした。
「ウリエルには及ばんが、それぞれが何とか食らいつけるくらいには力を持っている。神獣の中でその序列は高位に位置しているな」
神獣の序列―私達天使と同じく存在する序列、階位は多少異なる。
その階位に高ければ高い程、純粋な戦闘能力が高く知性も高いとされている。
「それで、トール様…神獣達を集めてどうされるおつもりなのですか?」
「そんなのは決まっている。ついさっきイシュタルの所で行なったことと同じことをする。まあ多少は趣向が異なるがな」
趣向が異なる…それはつまり―
「ミョル、お前にはこいつら全員の相手を一度で担ってもらう。いわば多対一、圧倒的不利な状況での戦闘。どのように乗り越えるのか、期待しているぞ」
―自力すら上の、私目線の強者である四名との戦い。
「…マジですか?」
「おおマジだ」
縋る様に不安げな声で私が問いかけるも、トール様は明るい笑顔で端的に答えを返してくる。
相も変わらず意図は読めない、だがそうも言ってはいられない。
この手の無茶な難題は幾度となく課せられてきたから特段驚くことはないにせよ、無事終えた時には私の無茶な要求を幾つか飲んでもらおうと、私は固く決意をしてから戦う為の準備を始めた。
準備を終え四名の神獣と私が向き合った所で判定を行なうのはウリエルに決まり、開始の合図も私がコインを投げ、そのコインが地面へと落ちた時と決定し、私は一度深呼吸をしてから力強くコインを弾く。
宙に舞ったコインは弧を描いて落ちていき、やがて地面へと接触し軽快な音を鳴らす。
まずは数を減らす―そう強く踏み出し駆け出した私だったが、その動きは同じく真っすぐ突進してきたであろう猪突によって阻まれる。
「多対一、この状況下であれば『最速』の称号を持つ天使である貴方でなくとも、そうするのだと簡単に予想できますとも。故に対策も容易…来るとわかっていれば、そこまで怖くはありません。そして、一瞬でも動きを止められたのなら―」
そう告げてから自身の色鮮やかな翼を広げた華孔雀が地面へと杖を付く刺すと、私と猪突の足元から蔦が生えそれぞれの足へと絡みつく。
「ミョルエル…だっけか。悪いな、今回僕たちはチームだからな!遠慮なく全力でやらせてもらう!」
にかっと、どこか見覚えのある無邪気な笑顔を向けてくる猪突は、私が変転我身によって生み出したばかりの剣を叩き落とすと、私の耳にも届くほど強く、固く握りしめた拳を打ち放ち、私の腹部へと衝突させる。
ただの、何の変哲もないただの正拳突き。
それだというのに、私の身体は絡みついてた蔦を引きちぎりながら大きく後方へと吹き飛ばされ、腹部からは風穴を空けられたかのような激しい痛みが全身へと迸る。
やがて地面へと転げてからすでに体勢を立て直し顔を上げるも、その上げた顔目掛けて鋭利な爪を生やした手が放たれており、直感的にその鋭利な爪に触れてはならないと感じた私は、多少無理やりに姿勢を崩し紙一重で躱すことに成功した。
「…!!今のを避けるか、動きもそうだが中々に直感も冴えていると伺える」
「だが、無理に無理は重ねられまい。故に、吾輩のこの一撃は―」
その言葉通り、無理に崩した姿勢はすぐには正せない。
豹麻の攻撃は避けれても、その次に控えていた狼漣の放つ一撃を躱せるほどの余裕はなく、爪を突き立てるようにして開かれた狼漣の手が無防備な私の腹部―それも猪突の正拳突きが殴打した部位へと的確に放たれた。
「―流石に、避けられまい」
ドパンッ!と自身の身体から発せられた物とは考えたくもない音が衝撃となって身体に響き、次いで痛みが全身へと迸る。
痛いなんてものじゃない、あまりにも強い衝撃で身体は満足に言う事を聞かず痙攣を繰り返す。
だが、動きを止めているだけ更なる脅威が襲い来る。
動け!動け!と自分の身体に言い聞かせ、狼漣の追い打ちを何とか避けるも足はおぼつかず、フラフラとした足取りで辛うじて立っている私へと、宣告通り遠慮も手加減もなく猪突が迫りくる。
「猪突猛進」とでも言いたげに―というか叫んでいる猪突のスピードは地を蹴り上げながら加速を繰り返し、ほんの数秒後には私の身体を激突するが、華孔雀がそれを見逃すはずもなく私の足首へと蔦を絡ませ行動を制限させてきた。
「決着ね」
そんな端的な、けれど少し悲し気な声色の言葉が耳に入るも、私は迫りくる猪突を静かに見据える。
タイミングは外せない、その緊張感が身体を僅かに強張らせるも、それによって動きが阻害されていては耳に入った言葉通りになってしまう。
その為、今出来る最大限の行動へと意識を集中させ強張る身体をより強い意思で以て制することで構えを取る。
驚きにも似た小さな息遣いがいつか聞こえるもすぐさま振り払い、激突寸での所で猪突の頭を掴み取り勢いを殺すことなく下方向へと受け流す。
「…何だ、今のは」
猪突が地面へと激突した際の轟音が鳴り響いた後、困惑にも驚きにも聞こえる声が狼漣の口から零れる出る。
だが、それに答えを返す者はいない―それは私も含め、全員が口を閉ざす、ないしは驚きのあまり開いた口から声を発せられなかったからだ。
他ならない私自身も驚愕していたが、不思議と手に馴染むそれの余韻を握りしめ僅かに下げていた視線を上げ、たじろむ華孔雀へと視線を合わせる。
以前として劣勢―その筈なのに、私の中にはとある言葉が鎮座する。
それは揺らぐことのない確固たるもののようで、私の弱気な気持ちを飲み込み失せさせる。
そして、その言葉は―
「この勝負、私の勝ちです」
―無意識に、私の口から静かに告げられた。
何か「小説家になろう」のサイト全体が変わってて
慣れてた分かなり使いにくくなってる印象を抱いてる
まあすぐに慣れるんだろうけど、読む側としてはどう変わったとかあるのかね
もし何かあったら遠慮なく言ってくださいね
特に本文は一文毎にわざと一行空けているので、見にくいとか思ってたら教えてください
多分大丈夫だとは思うけど、自分が読み手に回っていないのでわからんとです
まあそんなこんなで次回の投稿は4/2(火)です
その前日にでも何かできたらいいなって思ってますが、そんなことより統括版のUPをやれと脳内悪魔が喚いています