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ワールドアパート1/ハムレットの笛吹き少女   作者: ジント
7F ハムレットの笛吹き少女
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707

 明かりのついてない閉鎖空間。 月明かりのみが場を照らし出すその中心で徐々に視界が利くようになり、意識もそれにつられてはっきりとしてきた時、背中の感覚と周囲の環境から、自分が今どこにいて、どういう状況にあるのか把握するまで、それほど時間はかからなかった。

 右を見れば心電図と点滴。 左を見れば、いつからそこにいたのか、月明かりだけが光源の薄暗い病室内で、眼鏡をかけた中年に見える男がパイプ椅子に座ったままじっとこちらを見続けていた。

「入室を許可した覚えはないぞ?」

「病室っていうのは、医者の格好をした者の入室は拒めないのさ」

 そう話す男の格好は確かに白衣を纏い、傍から見れば場慣れした医者に見えなくもない。 しかし、月も高く上った夜に、明かりも点けず病室に居る医者など、不審者としてナースコールを呼ばれても仕方が無いほどに異様だ。

 結果、目の前の男は白衣と言う隠れ蓑を纏った医者以外の何かという事になる。

「では、何か用か? 正直、起きたばかりで体がいう事をきかない。 横になったままでいいなら相手をするが」

 全身が気だるさに包まれている。 一体どれだけの時間こうしていたのか……。

「別にこちらは構わない。 動き回られても、逆に困る」

 眼鏡の男はそう口にして立ち上がり、窓際まで歩いて秋も終わろうとしている澄んだ夜空と街並みを一望する。

「僕はウィリアム・フレイザー。 那須厚貴、貴方の今際の際を見取りに来た」

「……ふっ」

 近頃はよく殺害予告をされるものだと、那須は苦笑した。

 だが、最近見知った少女に言われた時と同様、特別恐怖などといった感情は湧いてこなかった。

 しかしそれは、工場内の時の様に自らの優位性からくるものではない。 言うなれば、これは悟ったというよりも、受け入れたという方がしっくりとくる。 有り体に言ってしまえば諦めたとも言えるだろう。

 この男の言う事は本当で、もうすぐ自分が死ぬことは、もう避ける事が出来ない。

 避ける事が出来ないのなら、無様に狼狽えることも無い。 もとより、自分は身動き一つとれないのだから。

「どこまでも貪欲に利益を追求していこうという姿勢は素晴らしい。 他者を利用し、他者から奪い、他者を顧みない。 本来、生きるという事はそういうものだと思う。 ただ、既にシステムとして社会が成り立っている以上、その考えを押し通すことは難しい。 どうやったって世間から弾かれてしまう。 それを個人プレーだけでこうまで成し遂げてしまうというのは、尊敬に値するよ」

 ウィルの称賛の言葉に、しかし那須は特に関心を示さなかった。

「専心するとはそういう事だ。 世の中にこれだけ物や情報があふれ、そこへさらに人間関係などと言う不確定な要素が含まれれば、それは信念を貫くうえでノイズにしかならない。 私は、自分の信念に従ったまま行動したに過ぎない」

 後悔した事など一度もない。 孤独を感じた事もない。 それは自分にとって要らないもので、要らないものに態々《わざわざ》近づこうとも、得ようとも思わないのは当然の事だ。

「そして、その為の手段が、フランクとその娘にあったというだけの事。 別に、こだわっていた訳ではない。 もっとも自分から近い手段という要素が、たまたまその二人だったというだけの話だ」

 感慨などない。 必要だから使った。 それ以上でもそれ以外でもない。

 研究仲間だから、その娘だからと言って、自分は手段を変える事などない。

 いつのころからなど、覚えていない。 だが、フランクと知り合ったころには、自分はもうそういう人間だった。

 無意識化に変わっていったのか、何かきっかけがあったのか……。

 ただ、自分はずっと、自身を曲げずに生きてきた。 それだけは、確かだった。

「経営者というのは顧客創造に目的がある。 その実、あなたにとってそれは利益を得るための手段でしかなかった」

 顧客創造が目的……。 それは、若いころ読んだ経営学者であるピーター・ドラッカーの言葉だったろうか。

「なるほど、確かに、自分は一般的な経営者とは、違うかもしれないな」

 そう口にして、一体何が可笑しかったのか分らないが、気付けば、自然と口から乾いた笑いが漏れていた。

 ウィルは横になったまま笑う那須の姿を見て、眼鏡の奥にある瞳が笑みの形に変わり、釣られるように笑った。

 そうして、ひとしきり笑いあった後、幾許かの沈黙が流れる。

 たった、十秒にも満たないその時間。 那須はその僅かばかりの時間で自分の半生をふりかえっても、これだけ自分の事を話したのは初めてだという事に気が付いた。 そして、たったこれだけしかなかったのだと、再び笑った。

 気付けば、自分のすぐ隣に、ウィリアムと名乗った男が立っている。 

 

 ――頃合いになったのだ。


「あなたはただ、人付き合いが苦手なだけの、どこにでもいる純粋な資本主義者だった」

 どこからともなく取り出したヘッドフォン。 工場内で見た青年が装着していたものによく似ている。

 それを静かに那須の頭部へと装着させる。

 聞こえすぎる周囲の音が多少緩和され、ほんの少しだけ、那須は安堵の表情を浮かべる。

「何を聞かせてくれるんだ?」

 その問いかけに、ウィルは微笑みを湛えたまま、そのスイッチに手をかけた。

次話 エピローグ

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