黒幕と愛情
「これはどういうことか説明していただけますか、ホノカ様」
「えーと、バニラを助けに……来たはずだったんだけど、何か元気そうだな」
「お元気そうかなど問わずとも分かるでしょう、ホノカ様。姉様は私と一緒におられたのですから」
ヴァラニディアをホノカから奪った黒幕だと考えていた相手、シャーロットの元にホノカがカチコミをかけ、シャーロットがヴァラニディアを着せ替えさせようとするのを目撃したのは数分前のこと。現状は襲った方は毒気を抜かれ、見られた方は羞恥に耐えながらの話し合いの体をなしていた。
場所はシャーロットに与えられた庭の一角。たった数分でテーブルとイスが用意され、手でつまめる簡単なお菓子と、鎮静効果を持つ薬草をブレンドしたお茶が並べられていた。侍女三人組の面目躍如である。
ただし、この話し合いの席で主導権を握っているのは攻撃を仕掛けたホノカでも、仕掛けられたシャーロットでもなく、本来なら一介の侍女でしかないはずの美女だった。
「ホノカ様、ちゃんとご説明ください。シャーリー、ホノカ様に失礼な態度を取ってはいけません。それに今、私は侍女なのですから姉と呼ぶのは止めなさい」
ヴァラニディアは花も恥じらう様な笑顔を見せながら、背後からは冷気漂うという荒業をなしていた。
「お、おう。悪い」
「申し訳ありません」
幼少から付きあいのある王子や宰相、同じ職場で働くカトルナータ達は知っていた。ヴァラニディアは笑っている時の方が怖いという事を。
(こっちの方がよっぽど氷の笑みだよ)
氷刃と呼ばれるほど冷酷だと噂される、毎夜自分の下に訪れる男の事をホノカは考えた。ホノカと一緒にいる時だけ王子は感情をよく表に出しているのだが、ホノカはそんなこと知る由もなかった。
カトルナータ達はさっさと自分たちは身を引いている。この時ばかりは助けてくれというホノカの視線に、全力で謝罪の意味を込めた視線を返していた。助けるつもりはないらしい。
(後でどうなるか、覚えてろよ)
心の中で悪態をつくものの、とりあえずこのまましゃべらないわけにはいかないと思って、ホノカはここに来るまでの事情を話した。
朝急にヴァラニディアの代わりだという侍女が来た事。これがホノカを暗殺するために仕組まれた者なのではないかという事。ゴルディオンとの模擬戦の途中で、後宮の方角から感じ覚えのある殺気を感じた事。
ホノカだけが知っていた事も纏めて報告する。
殺気だけで個人を判別できるという事に、侍女三人組は驚愕していたけど。(シャーロットは戦闘に関する知識が零なので、殺気がどうとかの話はまずよく分かっていない)
「いや、ここに突撃したのは、バニラが捕まっている可能性もあったからなんだよ。それでそういった場合……あれだ。お、襲われるのがお約束だから、早い方がいいかと思って」
最後の方は言っていて自分で恥ずかしくなっているようだった。
転生前のゲームでは性行為を禁じてはいたけれど、例えば盗賊討伐クエストなどで時間をかけてしまった場合、捕まったNPCがあられもない格好になっているという事はあった。その映像がサイトにあげられており、ホノカも観たことがあった。追記するとその女性NPCは巨乳だった。
「……ここは一応後宮で、男性の立ち入りは禁止されているのですが」
「あっ」
その懸念へのヴァラニディアの冷静なツッコミに、ホノカはハトが豆鉄砲を食らったような顔をした。そして、
「ごめん」
簡潔に謝った。
わざわざその勘違いで女装までして連れてこられた二人のことを、カトルナータは不憫に思った。
「まあ、いいですわ。私を思っての行動という事ですし、無茶をしてでも連れ戻そうとして頂けるなんて侍女冥利に尽きますわ」
その時だけは、確かに優しい笑顔をヴァラニディアは浮かべてみせた。
しかし、それも一瞬の事。空気はすぐに冷たく固まる。
「それではシャーロット。あなたもどうしてこういう事をしたのか教えてくれますね」
標的がホノカから、暇そうに髪をいじっていたシャーロットに移った。
その顔にはまた氷の笑みが張り付いている。
「あ、姉様……」
「質問があるんだけど、何でシャルはバニラのこと姉さまって呼んでんの」
「まず、そこからですか、ホノカ様」
やれやれといった表情を浮かべるヴァラニディア。背後でも侍女二人、やっぱりかという顔で嘆息している。
「そんなことも知りませんの、白薔薇様は。と言いますか、誰がそんな愛称で呼ぶことを許可しましたか」
得意げな様子になってから、突如怒り出すという面白……難しいことを行ったシャーロットは、ホノカにどこからか取り出した赤い鳥の毛が印象的な扇を突きつけた。
美しいが故にますますそのきつめの顔は相手を委縮させてしまうため、シャーロットの中で扇を眼前に突きつけるという行為は敵を追い払うための技のようなものであった。今回もこれでホノカをビビらせてやろうという心づもりであった。
な、何であなたは笑っていられるんですの!
シャーロットはその内心の怒りを気付かせぬように――若干表情は引きつっていたが、ホノカだけには気づかれていない――、扇をバッと開いて余裕といった風にパタパタと自分を扇いでみせた。
「ほら、シャル。どういう訳なんだよ」
ホノカはボスモンスターを除く個体として最強であるドラゴンがいきなり眼前に飛び出して来ようが、全く気にしないような人間である。その程度の事で怯むはずもない。
しいて考えたことは、扇の取り出し方を見て暗器の使い方が上手そうだという感想ぐらいである。
「だから、シャルと呼ばないでくださいまし。まあ、いいですわ。私と姉様の話でしたね。そう、あれはある雪の日から――」
「私とこのシャーロットは実の姉妹なのです。母は違いますが」
とても長くなりそうだったシャーロットの話を、ヴァラニディアが一瞬で纏めてみせた。というか、聞いておきながらホノカもそうであろうとは予想していたのだが。
「殿下が私の本名を教えてしまったと聞かされておりましたから、てっきり分かってらっしゃるとおもっておりましたのに」
そう言われて、ホノカは二人の名前を並べてみる。
ヴァラニディア・フラムフォールン。
シャーロット・フラムフォールン。
確かに同じ家名であった。
「姉様! 私と姉様の愛とラブに満ちた日々をそんな簡単に語らないでくださいませ」
愛とラブは意味が同じだろ、というツッコミは流石のホノカもしなかった。
「いや、気付かねえよ、そんなこと。まあ、本物の姉妹ってことか。それで、シャルはどうしてヴァラニディアを奪ったんだ」
ヴァラニディアからさらに追及されそうだったホノカは、口を挟んできたシャーロットに乗っかる形で話を逸らした。
シャーロットは一瞬話すかどうか迷うそぶりを見せたが、覚悟を決めたようだった。ここで認めるという事は、つまり何かしらの刑に処される可能性があるのだ。
「私の目的は……」
皆の注目がシャーロットに集まる。
小さく整った唇がそっと言葉を吐きだした。
「姉様に側に居て欲しかった。あんな服やこんな服を着せたり、一緒に紅茶飲んだりお話したり、同じベッドで寝たり。そう言う事がしたかったのですわ」
シャーロットはまるでそれが至上命題であるかのごとく、それを言いきった。
「それは、何だ。あんまりにも、あれだ。意外だな。……でもそれなら俺が感じた殺気はどうやって説明するんだ。本当は俺を殺して、成り上がろうとしたんじゃないのか」
拳を握ってヴァラニディアを賛歌し始めたシャーロットに、ホノカは落ち着くよう話しかける。
真っ赤なドレスに合わせるように、シャーロットの顔は興奮で赤くなっている。どうやらかなりのシスコンであるようだ。ヴァラニディアについて語る時の熱意がおかしい。
「殺気ですか? そんなものを出した記憶はありませんけど」
それは意外な答えだった。ホノカ達は首を傾げる。
「確かに本来なら登城した際に姉様を私の侍女に取り上げる予定でしたのを、全てぶち壊したあなたはかなり憎らしいですわ。ですが、私はそれだけのことで人を殺そうと思うほど浅はかではありませんわ。ただ……」
何か思い当る事でもあったのか、最後言葉が出てこない。少し待っていると、地獄の底から湧きだすような声がした。
「ただ、あの男を目にしてはこの暗い感情を抑えることなど無理でしたわ。解消されたにもかかわらず、姉様の婚約者の地位を得ようとしているあの男!」
シャーロットからオーラが漂っているようだ。知らない人でも分かる。これは嫉妬だ。
「なるほど。あの殺気は俺じゃなくて、ゴルディに向けられたものだったのか」
てっきり囮になっている自分へのモノだと、完全なる勘違いをしていたことが判明した。
「あのごつい男が姉様の近くにいるというだけでも嫌ですわ。ですから、姉様は私の侍女になればいいのですわ。後宮まで男は入ってこれないし、完ぺきですわよ」
本当にシャーロットは姉であるヴァラニディアが好きなようだ。何の紛れもなく、今回の事件はシャーロットの行き過ぎた姉愛からきている。
「つまり、今回の件はホノカ様を狙っている敵の仕業ではなかったのですね」
大山鳴動して鼠一匹とはまさにこれの事であった。
ヴァラニディアに危険が及ぶことも無いと分かり、ホノカは安心した。
安心するとお腹も減る様で、今まで手を付けていなかったお菓子に手を伸ばす。
クッキーのようなそれは、上品な甘さだった。
お菓子を味わいながら、そこからは本当の茶会のように話に興じるのであった。
「本当にヴァルに何もなくてよかったな」
「ええ、本当に。でも、何か忘れているような……」
給仕はヴァルに任せた二人は、何とかうまくまとまった姿に安堵していた。
安堵しながら、何か忘れているような気がしていた。
「ああ、まだですか。ホノカ様!」
どんどん数を増してくる女性衛兵に囲まれて、ネルドとペリデュイは未だ慣れない短剣を構えて叫んでいた。




