7-5 落ちた橋
わたしたちはやがて谷に掛かる吊り橋に到着した。
ディオンさんは馬車が通るギリギリの橋をみんなと一緒に慎重に進んでいった。わたしとお兄ちゃん、そしてキースさんは谷のこちら側で後方警戒だ。
お兄ちゃんはちょっと不満そうだけど、これだって大事な仕事だし、わたしが馬車の側にいても邪魔なだけだからこれでいいと思う。
するとロープがブチブチッと切れるような音がする。それからすぐにみんなの悲鳴が聞こえた。吊り橋はやっぱり馬車の重さに耐えられなかったんだろう。だってあんなに重かったもん。
って思っていたら、馬車が宙を飛んでいった。ディオンさんも馬車にくっついて飛んでいく。うわぁ、コーディさん凄ーい。あの重い馬車を投げることが出来るんだ。小さな子がお人形を振り回すのに似ている。そんな風に見えてしまった。
でもあれを見るとなんか向こう側は平気そうな気がしてきた。ならわたし達はこっち側の人を助けなきゃね。
そうやっていろんなことを考えている内に、キースさんがサッサと行動していた。手持ちのロープを降ろして下にいる人を引き上げている。
誰がいるんだろう。もしかして谷底に落っこちてしまった人もいるのかなぁ? それだと助けるのは大変そう。
とにかくキースさんの様子を見ていると、下に向かって声をかけているので誰か上がってくるのは間違いない。わたしの力じゃ引き上げるのは難しいから、上がってきた人を介抱することにした。最初に上がってきたのはリーブさんだ。キースさんはすぐロープを降ろしているからもう一人はいる。それはきっとクーナさんだと思った。
お兄ちゃんと二人でリーブさんを安全なところまで連れてくる。リーブさんは崖の方から目を離さない。クーナさんのことが気になるのだろう。
リーブさんの息は荒く、全身汗でびっしょりになっている。とりあえず助かったのだけれどちょっと間違えれば谷底に落ちていたんだから当然のことだよね。
ざっと体を見てみるけれど、大きな怪我は無さそう。革鎧の背中部分に新しい擦り傷が沢山ある。きっと崖にぶつかったときに出来たのだと思う。詳しくは鎧を脱がせT見ないと判らないけれど、骨とか内臓はたぶん平気だと思った。
お兄ちゃんが水筒を取り出してリーブさんに渡そうとする。そうだよね、まずは水でも飲んで落ち着いてもらわなきゃ。さすがお兄ちゃん。
けれどその水筒を受け取ったのはクーナさんだった。
わたしもお兄ちゃんも目が点になってしまった。目の前にいたのはリーブさんのはずなのに、今ここにいるのはクーナさんで間違いない。
そしてその事に驚いているのはクーナさんも同じだ。もしかしたら一番驚いていたのはクーナさんなのかも知れない。ボウッとしていたせいだろうお兄ちゃんから受け取った水筒から中身が落ちていく。そしてそれはクーナさんの膝を濡らしていった。
ハッとしたようにクーナさんが崖の方を向いた。それに釣られてわたしもそっちの方を向く。
視線の先にキースさんがいた。ゆらりと立ち上がるとこちらを振り向いた。わたしにはゆっくりと動いたように見えた。振り向きを追いかけるようにふわりとローブが回転する。茂った木々が風にたなびくような自然な動きで思わず見とれてしまった。
もっと見ていたいと思ったけれどそれは続かない。なぜなら辺りが一瞬で闇に包まれてしまったからだった。