4-2 依頼
暗殺者。この仕事に身を投じてから二十年以上経過している。その間、一度だけここから抜け出すチャンスがあった。姿を変え、名を変え、足跡を消し、誰にも悟られない場所へ行き、農民として生きていこうとした。
だがそれは叶わなかった。一度染まってしまえば、もう抜け出すことは許されない。ターゲットを殺すか、それとも自身が死ぬか。選択は二つしか無い。ここはそう言う世界だったのだ。
最後の選択を迫られたとき、結局自身の命を選んだ。たとえ自身がこの世から消え去っても。別の誰かがターゲットを消去しに来る。それを知っているからこそ、命を捨て去る意味を見いだせなかったのだ。
生を選択した結果、命は失わなかった。代わりに魂を失った。今生きているのか、それとも死んでいるのか。それすら曖昧になっている。全ての過去が数旬前の事であり、全ての未来は一瞬後のことに感じる。
もしかしたらすでに命を失っていて、幻想の中で死を求めているだけなのかも知れない。判らない。何も感じない。
死に神のように感情を持たず、ターゲットの命を奪う。それが得意だからするのでは無い。それしか出来ないからやるだけ。
凄腕暗殺者の名誉、殺戮に寄り添う狂気、報酬で得られる贅沢、今日を生きる喜び。そんなものは無い。
やれることは一つ。そう一つだけだ。
とある声が聴覚を刺激した。
「今回のターゲットは、グェン・クム・ディセウ」
ここは町外れにあるスラム街。そこにある朽ちかけた廃屋の中。暗殺依頼は人気の無い場所で行われる。ただし同じ場所が使われることは少ない。極秘裏に事を進めるためだ。今回も届けられた符号を頼りにこの場所に来た。
目の前にいる人物も、以前何度かあったことはあると思うが、名前も顔もお互い知らない。
「確認した」
「ターゲットの行動はこちらで調べておいた。資料に書いてある」
「……」
「まぁいい。仕事さえきっちりやって貰えるならそれでいいんだ」
依頼が発生した以上、それを断る選択肢など無い。それが暗殺者という生き方。だから答えは一つ。
「契約は果たす」
「判った。後は任せたぞ」
依頼内容、それだけ確認すると小さなあばら屋を後にした。誰が依頼者であるとか、何のために依頼したとか、それは関係ない。
いつもと同じ。ただ殺す。それしか出来ない。
闇から闇へと音も無く移動していく影。深くかぶったローブによってその顔を見ることは出来ない。濃灰色のローブは背景に溶け込んでいてその姿を認識することは難しかった。
あばら屋からその姿を見ていたもう一人が畏怖と感嘆を込めて呟いた。
「ダークネス」
闇を司り死を招く。それは最高の暗殺者につけられたコードネームであった。




