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復讐

ずっと前からだった。親友の中村が木下と付き合っているというのは。吉沢は狂ったように茶色が抜けない髪を弄んでいた。中村は確かに大切な友人だった。しかし、嫌いなところはあったし、最近中村は自分に冷たいとも感じていた。修学旅行前に皆からからかわれる二人を見て吉沢の心はずたずたに引き裂かれていった。二人のはにかんだ笑顔は、吉沢を悲しみに暮れた歪んだ笑みにした。皆からのからかいも辛かった。いくつもの夜を泣き明かした。

それに友則だって悪いのだ。思わせぶりな態度をとってキスまでしたのに。吉沢はふとベッドから起き上がった。周りの部屋から笑い声や叫び声が聞こえる。吉沢にはそれが嘲笑のように聞こえてならない。真っ赤な目の下を再び涙が伝った。木下への憎悪は中村への憎悪へと形を変えていく。そうだ中村が悪いのだ。好きな人をとられたというショックと怒りは、外の闇ほどにどす黒い憎悪へと姿を変えていた。吉沢は潰れるほど毛布に包まれたものを握りしめた。それは彼女を憎悪から解放してくれるものに他ならなかった。


窓から入ってくる風が村川の身体を心地悪く撫でていく。皆が奇妙な高揚感に包まれてから一時間、皆は先生のいいつけで仕方なく布団にもぐりこんだ。べっとりと薄い闇が部屋を中途半端に青黒く染めている。海の音はほとんど聞こえなかった。冷静さを取り戻した村川の耳に時折聞こえる見回りの先生の足音はどうしようもなく不安を掻き立てた。きたぞっ、という小さなささやきと共に聞こえ始める足音は廊下に大きく響き、ぼんやりと隙間から入る光と相まって恐怖を感じさせる。足音が去ると、再び部屋に押し殺した声が聞こえ始める。その息のような声は皆を妙な昂揚感と興奮を運んだ。

「知ってるか?……吉沢は木下のこと好きなんだぜ」

「まじかよ……」

「いいなぁ武は、年下の彼女なんて」

「この前、ランドでさぁ」

村川とは無縁のリア充トークが絶えることなく布団の上を飛び交う。村川にも何となくカーストの上層階級の仲が色恋沙汰のせいで悪くなり始めているのはわかる。しかし、今はそれどころではないのだ。消えた銃の行方は今もわからず。村川は焦る一方だった。やはりあんなもの拾うんじゃなかった。村川は暗闇の中、一人涙を流していた。ホテルのテレビは視聴が禁止されているので、ローカルなニュースであるやくざの抗争に関する情報など村川が知る由もなかった。絶望の中、村川はふとすべてを放り投げたい衝動に駆られる。村川は衝動を抑えきれず、ルームメイトの話に耳を傾けた。

「木下どうするんだろうね」

「やばいよな、あいつ」

話にスキャンダルの臭いがほんのりと漂い始める。木下と言うのはリア充を絵にかいたような男で整った顔に加えスポーツ万能で成績もそれなりに良く、まさにリア充の権化だといえた。正直、いい奴として通っているが、村川たちへの扱いは酷いもので、その点でも上層階級的リア充の権化と言えた。一歩間違えばDQNそのものなのに、そのボーダを超えないというそこも卑怯な連中である。吉沢と言うのはカーストの上層階級を占める女子で印象としてはガラの悪いちょっと天然な女子だ。

「吉沢と中村って友達だろ……やばいよな」

村川の頭からゆっくりと銃の事が忘れ去られていく。中村とは吉沢の友人であり、カーストの上級階層の女子の一人である。美人と言うわけでもなく、どこにでもいる女子という感じだったので村川の印象は薄かった。

「木下はどうするんだろうな」

「最近、あいつら仲悪いよな」

「結構吉沢はアタックしてたし、木下もそのこと知ってたんだろ」

途中から話を聞き始めた村川にも、さっきの事と合わせてなんとなく話はつかめた。木下は中村と付き合っているが、その中村の友達である吉沢も木下の事が好きだというのだ。そんなあやうい三角関係を演じる中、中村(もしくは木下)がそれを打破するために強行に出たというのだ。

「吉沢、今頃泣いてんじゃね」

一人の嘲る声が暗闇に響いた。部屋の中が少し気まずい雰囲気になる。

「仕方ねぇよな、恋愛はいつも敗者と勝者が生まれるからさ」

一人がフォローするように言った。こうして誰かの発言をフォローし、そうすることでフォローされ、彼らのコミュニティーは成立しているのだろう。村川は一人察した。しかし、察したからと言って何があるわけでもなく、どうでもよくなった村川は静かに眠りについた。

夜のささやきはまだ続いていた。


 朝、目が覚めると気分が悪かった。皆の髪の毛がぼさぼさになっていて、シーツもぐしゃぐしゃだった。白くて強い日光が部屋を照らしていた。村川は重いまぶたを無理やりあげて皆を見た。皆も同じようにぼんやりしていたり、目をぱちぱちさせたりしている。村川は一人大あくびをした。今は授業と違い誰も咎める者がいないのだ。皆はぼんやりとした様子で食堂に向かった。皆の足どりはゾンビのようにふらふらしていた。

 

 食堂につくと妙にピリピリとした緊張が肌を伝わって感じられた。村川の眼は一瞬にして冴えわたり、すぐに動悸が早くなる。まさかやくざの抗争の事か?周りのひそひそ声が村川の恐怖を肥大させる。それとも拳銃の事か?

村川は席に座ると、教師の顔をチラリと見た。担任をはじめ、教師は全員疲れた顔をしている。中でも中年の体育教師は疲れ果て、呆れたような顔をしていた。皆が席につくと男の教師が重い口を開いた。

「知っての通りだが、昨夜高校生にあるまじき行為をしたものがいる」

数人の男子が一瞬、顔に笑みを張り付ける。

「修学旅行だからと言ってはめを外しすぎない事」

遠くで男子がささやき声で、

「はめを外さないだってよ、はめはめしたからこんなことになってるんだろうが」

皆が笑いをこらえるように必死と言う顔をしている。村川はやっと状況を察し、安堵のため息をついた。しかし強面の体育教師が、

「お前ら、高校生だろ!大人なんだよ。わかるか?やっちゃいけない事とやっていいことの区別くらいつけろ。それに自分のやったことの責任をとれなかきゃダメなんだぞ!」

教師には聞こえないのだろうが、再びささやき声で、

「ダイジョブ、ゴムはつけたから」

上流階層が小さく微笑む。女子の一人がとってつけたように、真剣な話でしょ、と囁いた。クラスの規範にでもなったつもりか?いつも強者にたてつき弱者をいたぶっているお前が。村川は敵意を強くにじませて心の中でつぶやいた。体育教師の話が終わり、食事を始めようとしたところ女の教師が、

「先生、あのことは?」

と尋ねた。ああ、と体育教師は思い出したように頷いた。まだ何かあるとしたらそれはやくざ(のような人)のことに違いない。一瞬で村川の動機は早まり、早く終われと何度も心の中でつぶやいた。ゆっくりと心臓の鼓動で時間が刻まれていく。


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