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葛藤

夕方になり、真っ赤な太陽が海に溶け込み始める。まるで血のように海が朱に染まっていく。自由時間が終わり、担任が点呼を始めた。皆が疲れと土産をバスいっぱいに詰め込んで騒いでいる中、村川は一人震えていた。寒いのではない。ここは沖縄なのだ。暑いということはあっても寒いということはまずない。彼は恐怖と歓喜で震えていた。村川は、そこだけが自分を許す場所だというようにバスの座席で縮まっている。村川はバックを抱え込んで、生まれる前の胎児のように縮こまっていた。しかし、気にする者は誰もいない。彼はバスのなかでひとりだけ、まるで生まれる前の胎児のように、外界と繋がりを持てずにいた。そうだ、俺は生まれる前の胎児だ。皆はこれか本当の俺を知ることとなるのだ。村川は朱に染まる美しい景色を見ようともせず、自分のバックを見つめていた。村川にバックは重く感じられ、無言の殺意を発しているかのように見えた。バスがゆっくりと動きだし、ガイドが歌を歌い始めるがそんなものは健太の耳に入らない。村川はバックのなかの固い感触を確かめながら、何をするか考え始めた。気分は獲物を見て舌なめずりする狩人だった。バスの中は生徒たちの声であふれかえり、とてもうるさかった。村川は興奮で冷静さを失いつつあった。村川はぼんやりと一人の女の子を思い浮かべる。セミロングでふんわりと包まれた童顔。宮下幸。眉目秀麗、成績優秀。誰にでも優しく、いつも明るい少女。そんな彼女を強姦する自分の姿が一瞬脳裏に浮かぶ。バスが音を立てて揺れ、村川ははっとする。気が付くとホテルが目前に近づいてくる。従業員が列を作って生徒を迎えようとしている。ホテルの従業員の愛想笑いを見た途端、村川の手が震えだした。少し疲れた女将の笑み。母親の笑み。どんなに学校が嫌でもその笑顔に励まされて、今まで通うことが出来た。テストの点が悪くとも、いつまでたっても彼女を連れてこなくても愛してくれた母。家に帰れば暖かい飯を出してくれる母。

「いつかは、お金返してもらうからね」

返してもらうつもりなんてないくせに、そんな風にやさしく微笑む母を、俺は裏切れるのだろうか。村川はふとバックを取り落していた。音を立ててバックが床にたたきつけられる。

その音さえも皆の声にかき消されてしまう。村川は自らの無力さを実感した。手が震える。

村川はさっきまでの思考を頭から掻き出そうとした。バックが毒々しい雰囲気を出している。バックの中で眠る拳銃を今すぐにでもどこかへ放ってしまいたい。そんな感情が溢れ出した。皆がぞろぞろとバスから降り始める。自分の番が迫ってくる。俺はどうするんだ、村川は自問自答を繰り返していた。本当に捨てて良いのか?クラスには殺したい奴がたくさんいる。だが、母親も裏切れない。村川は立ち上がるころには、どうするか決めていた。後でこっそり捨てよう。村川は強く心に決め、バスから降りた。やけに夕焼けがまぶしかった。


 バスから降り、皆でホテルの従業員にあいさつすると、従業員は笑顔で迎え入れてくれた。

村川はひとり孤立しながら、班のメンバーと部屋に向かった。早く拳銃を捨てたくてたまらなかった。磯の香りが強くする。海が近くにあるのだ。部屋につくと、皆は海へ行くと言い出した。もちろん村川は誘われなかったが、今はそんなことを気にしている場合ではなかった。村川は皆に交じってTシャツに着替え、海へ向かった。銃はこっそり腰にさして隠した。腰が少し膨らんでしまうが、村川を気にする者は誰もいない。部屋から出て、皆の後に金魚の糞のようにくっつくのは、とても孤独で辛かった。それでも、自分はひとりではないという確信が持てた。玄関には潮のにおいと波の音があった。海へ出るのは各部屋班長の点呼が必要で、それを終わらせると村川はさっそく海へ出た。磯のにおいのするぬるい風が全身にかかる。そんなことは気にせず、村川は銃を捨てるのに適した場所を探し始めた。皆が海に飛び込んではしゃいでいる中、村川は銃を捨てる場所を探した。皆は狂ったように海へ飛び込んだり、写真を撮っていたりした。村川はホテルの隅に森へと続く茂みを見つけたので、銃をそこに投げた。村川は何かの呪縛から解放されたかのような解放感と快よさを感じた。海へ戻ると、3人のクラスメイトが声をかけてきた。教室ではほとんど話したことのない連中だった。

「よぉ、お前も海入るだろ!」

3人は、そう言うなり村川の体を持ち上げ海へと連れていった。抵抗する暇はなかった。

「いや、ちょ、ちょ!」

有無を言わせず、3人は村川を海へ投げ込んだ。

「それっ!」

一瞬の浮遊感が心地よい。しかし次の瞬間には、しょっぱくてぬるい水が体を包み込んでいた。村川はむせて、海水を吐き出した。

そんな村川を見て、3人をはじめクラスメイトは笑っていた。皆Tシャツをずぶ濡れにして微笑んでいる。少し恥ずかしかったけれど、村川は初めてクラスになじめた気がした。村川も皆にならって微笑んだ。



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