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狂気

「バカはてめぇじゃねえか」

あいつってほんと馬鹿だよねー、と叫ぶ女子に村川が呟いた。まぶしい太陽、青い海、活気のある人々。そんな沖縄の風景に対して、村川の顔は曇っている。

なんで夏真っ盛りなのに、修学旅行が沖縄なんだよ……。うっとうしく輝いている太陽を見上げて村川は思う。村川は皆と離れて一人、ため息をついた。飛行機とバスの退屈な長旅が終わり、皆が盛り上がっている中、村川だけが仏頂面をしていた。一人ぼっちで自由行動とか最悪だな…。2年たっても友達はできず、修学旅行を迎えてしまって、この状況と言うわけである。村川は土産売り場が並ぶビル街を見渡す。ほのかに磯の香りがする気がする。ここは人が多いな…、皆が居ないような場所に行って、時間を潰そう。ぬるい汗をワイシャツの袖で拭う。ソーダかアイスを口にしたかった。

 村川は目を細めて、クラスメイト達を見た。それぞれのグループができている。

スクールカーストの最上位・上流層。上流層にごまをすり、媚を売りながらも適度になれなれしくすることで上手い距離を保つ中流層。上流にも中流にも加われなかった最下位、下流層。それぞれがきれいに分かれている。その中で村川は下流層の一人ぼっちだった。村川の他にも、クラスには数人そういう輩がいる。

 速く動いてくれ…。村川は皆の方を眺めながら心の中で呟く。人が集まっているせいか、心なしか暑さが増している気がする。本当のことを言えば、村上はあふれる人の中で、一人だけ孤立しているというのは何とも寂しく感じていた。早く家に帰りたい。村川は強く思った。ここは地獄、いや煉獄だ。友達100人出来るかなと、希望を胸に高校に入学したはいいが、待ち受けていたのは怖い体育教師と、中学とは違う厳しい社会。

いじめも校内暴力も、無視さえもない。しかし、居場所もない。話し相手もいない。

高校2年間、「2人組つくれー」「パソコン得意?」「勉強できそう……だよね」

そう笑顔で言う輩が何とも残忍に見えた。

一人ぼっちで暇だから勉強が進み、頭が良くなるか?

いや、そう言う奴もいるのだろうが、俺はそうはならなかった……

 村川はそんなしょっぱい思い出を思い出しながら、皆が動くのを待った。

少し待ち、皆が動き始めるのを見て、村川もどこに行くか考え始める。

そうだな…海でも見に行くか……。どうせお土産ならいつでも買えるだろ…多分。

村川はしおりを取り出し、小さく舌打ちした。結構長いじゃん……。村川は肩を落とし、海へ行く方向に向かって歩き出す。村川は少し歩き、バスに乗った。ビル街が遠ざかっていき、重い気持ちも抜けていく。古びた宿屋や民家が見え始め、観光地としてではなく人の生活が普通に行われる沖縄が見えてくる。それでも、なぜだが美しく見える。海はもっときれいなんだろうな…。窓に肘を置き、ぼんやりと思う。運転手に訊く勇気もなかったので、防風林が見えてきたあたりで村川はバスを降りた。みんなは今頃…。人が見ていないので遠慮なくため息をつく。ふと脳裏に浮かぶのは、手が届くはずのないクラスメイトの少女。ため息をつき、今は海、と無理やり考えて防風林に足を踏み入れた。どこからか波の音と潮のにおいがする。防風林は長かったが、クラスから隔離された空間であるからか、村川は不思議とクラスの事を忘れていた。時間を気にしながら進んでいると、単調な景色に異様なものがあることに気が付いた。

「ん……?」 

茶色と緑の中に目立つそれは、人間の腕だった。

村川は驚いて近づいた。

「あっ……!」

木に隠れて気が付かなかったのだが、それは腕以外真っ赤に染まっていた。

もともと薄い青だったはずのワイシャツは赤黒く染まり、茶色く乾いていた。

「し……した……」

あまりに驚いたので呂律がうまく回らない。そのまま、後ろ歩きで退いてしまう。

「やっやば……けっ警察」

携帯電話を出そうとする手が震える。

「えっと警察の番号は……」

携帯電話を弄る村川の手がふと止まった。そのまま死体を凝視する。

死体を一瞬見たとき、村川の目に映ったのは、映画やゲームでしか見たことのない拳銃だった。

「これは……」

村川が死体に駆け寄ると、血の匂いと腐敗匂が微かにした。

鼻をつまんで死体を見ると形相が悪く、指がたくさんの指輪で光っていた。

「やくざか……」

村川は息を荒く死体を見つめた。多分、抗争か何かで殺されたのだろう、と村川は推測した。

「じゃ……これは本物?」

再び死体の握っている拳銃を見る。村川は指紋の事など気にせず、思わず手に取ってしまった。ずっしりと重い。無駄のないフォルムは、ぎらぎらと光り、無言の殺意を発している。持ち手の部分が木でできていて触り心地がいい。

「これは確か…コルトガバメントだよな…」

銃をなでながら、村川はぼんやりとゲームで覚えた名前を口にした。

「弾は何発なんだ……」

そう口にしたとき、自分で銃を握りながら、この重い金属の塊に自分の運命が握られている気がした。拳銃を見つめると、こらえていた情景が脳裏を駆け巡った。拳銃をあの娘に突き付ける自分。村川は一瞬浮かんだ情景を振り払うかのように頭を振った。しかし考えないようにしても、良からぬ妄想は止まらない。村川は荒く息を吐きながら、銃を強く握りしめた。

指示を仰ぐかのように、村川は拳銃を見つめた。銃のフレームに村川の顔が映る。眉をよせどうすればよいかほとほと困りきっている。ワイシャツの裏を汗が気持ち悪くつたう。

銃は新たな血を求めるかのように冷たく輝いていた。



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