ここは異世界
「ファイア!」「ウォーター!」「サンダー!」「ヒール」「えーっと……ストーン……」
右手を前に突き出し、俺はそう唱えていた。
辺りは木々に覆われており人の気配などどこにもない。こんな成人を超えて、恥ずかしいセリフを吐いても誰も見ていない。
「くっそ! 使えねぇじゃねぇか!」
怒りに身を任せそこらに転がっていた石を蹴り飛ばす。
「異世界って言ったら魔法だろ!」
誰に言うまでも無く口に出す。そもそも人はいない。この世界に来てからまだ人を見ていない。幸か不幸か魔物の存在も見ていない。余計に魔法が使える可能性が下がる現実だ。
「とにかく、人を探さないとすぐに餓死する。それは、なんか嫌だ」
傍らに落ちていた木の棒を拾い、剣と見立てて歩き出す。
普段からかなりの距離を歩いている俺でも長いと思うほど歩いた頃、一軒の家を見つけた。周りに人は見当たらない。家の中からも物音はしない。警戒しつつも扉の前に立ち、ノックする。
「こんにちは。誰かいますか?」
返事はない。
少し悩んだが、その扉を開けてみることにした。せめてもの礼儀だと思いこう言う。
「おじゃましまーす」
部屋の中は想像よりも整理整頓されて今でも誰かが住んでいるようだった。
「あれ? 土足で入っていいもんか? 玄関も無いし。いっか」
一歩家に足を踏み入れる。すると後ろから声が響く。
「動くな」
野太い男の人の声だ。指示に従ったわけではないが、恐怖で体が固まる。
「何をしようとした」
冷静な声。対して俺は半パニック状態だ。
「人に会いたいなって」
「ん?」
俺の素っとん狂な返答に男も困惑してしまったようだ。
「真面目の答えろ。それなら、町に行けばいいだけだ。どうしてこんな——」
「町があるんですか!」
喜びのあまり体が動き出した。振り返り男の手を取る。
「どこら辺にあるんですか?」
男は答えずに顔を歪ませる。男は想像よりも年老いた見た目をしていた。顔はしかめっ面で頑固そうな、職人気質の性格を思わせる。ぼさぼさの髪に、片手には斧が握られていた。しかし、そんな表情も俺の奇怪な動きによって失われてしまった。
「おぅ……って、動くなって言っただろ!」
握った手を振り払われる。その勢いが強くて、悲劇のヒロインのように俺はしりもちをつく。
「わりぃ。いや、なんで謝ってるんだ」
彼は頭を掻き、ため息を吐いた。俺を助けようとせず、横を素通りして家の中に入る。一度振り返り手で合図される。
「もういい。入れ」
俺は何事もなかったかのように立ち上がり、彼について行った。




