21.ー王宮学院編ー入学
21.入学
1週間前から王立学院の寮に荷物を運び入れることができる。
私は侍女のアンと共に、さっそく寮へ入った。学院では生徒が使用人を一人まで同行できる決まりがあり、アンは私の心強い支えだった。
寮は男女別に棟が分かれており、堂々たる造り。
部屋は個室で、ベッドと机、小さなワードローブに長椅子とテーブルが備え付けられている。横には使用人の部屋もあり、さらにバスルームとトイレまで完備されていた。
食事は一階の大広間でとる。味は平凡だが、並ぶ長テーブルの光景は某魔法学校の映画を思わせ、心が躍る。
大広間の上は談話室で、本や椅子が並び、にぎやかな女生徒たちの話し声が聞こえる。
王立学院は王侯貴族の子弟が集う場だが、表向きは身分を問わず平等に扱われる。
もっとも、幼い頃から茶会や舞踏会で顔を合わせてきた者ばかりなので誰がどこの家の子かはすぐに知れ渡る。見知らぬ者がいても、情報は自然と流れ込み、結局は貴族社会の縮図が形作られる。
とはいえ、生徒会に入るには学力がすべてであり、四年生からの専攻も希望だけでは通らず、成績次第で落とされることもある。ここで振り落とされるようでは、父の後を継ぐことはできない。
忙しい日々のうちに、あっという間に入学式がやってきた。
新しい制服に袖を通す。深いネイビーブルーのワンピースはふくらはぎまで届く丈で、ウエストを同色のベルトで締める。大きな白い襟がケープのように肩を覆い、二本のラインがアクセントになっている。
男子の制服も同色で、丈の長い詰襟の上着にズボンを合わせる。ホックは内側に隠され、すっきりとした印象を与える。襟元から裾にかけて走る白いラインが特徴的だ。
身分に関係なく同じ制服を着ることは、学院の方針を象徴しているのだろう。
胸元のピンには学年章が刻まれており、金色の花の意匠の上に黒いローマ数字が輝いていた。
つつがなく入学式を終えた後、私はロイ様に紹介されたイーディス・ダーウィン先生を探しに向かった。
教員室で尋ねると不在で、魔法学科のある棟にいるだろうと告げられる。
学院は広く、迷いそうになるほどだ。目印を心に刻みながら、西棟へ足を運ぶ。
扉をノックして開けると、赤い髪を一つに束ねた女性がこちらを見た。切れ長の瞳は鋭く、射抜かれるような迫力がある。唇は固く結ばれ、背の高さも相まって威圧感を放っていた。
「ダーウィン先生でしょうか。一年、ステラ・ハワードと申します」
「ロイ・マクラウドから話は聞いています」
厚い書物を机に置き、彼女は立ち上がる。
「ついてきなさい」
その背を追い、西棟の突き当りにある教室へ入る。中はカーテンが閉ざされ、闇に包まれていた。
ダーウィン先生が指先を鳴らすと、魔道具の明かりが灯り、部屋全体が明るくなった。
「ここは…」
教室全体に棚が並び、瓶が所狭しと置かれていた。
中には瘴気を帯びた花や草木が封じられている。
前方には机と椅子が一対並んでいる。
促されるまま腰を下ろすと、向かいに立つダーウィン先生が一本の瓶を取り出した。
「研究のために保管しているものです。あなたには解析をしてもらうと聞いています。…瘴気の中に文字が見えるそうですね?」
「はい」
「では、試してみなさい」
瓶から取り出された百合のような花は、黒い瘴気に覆われていた。
私は深呼吸し、手をかざす。
ロイ様に教わった通り、詠唱の言葉を心の奥から呼び起こす。
「星の記憶よ、花に宿りし闇を照らせ。 月の涙よ、静かに降りて命を潤せ。時の風よ、穢れを抱いて去れ」
光が花を包み、瘴気が静かに消えていく瞬間、文字が浮かび上がり、私はそれを読み取る。
見えた文字は『ᚤ』。何度も繰り返したことで、一瞬の文字を読み取れるようになっていた。
花は瘴気が消えると、白い花弁が蘇り、みずみずしい姿を取り戻した。
ダーウィン先生の瞳が見開かれる。
「これが、無効化…」
彼女は花を手に取り、しばし見つめた後、唇の端をわずかに上げる。
「見事ね。ロイの言葉に偽りはなかったようだ」
緊張が少し解け、胸の奥に安堵が広がる。だが先生の声はすぐに鋭さを取り戻した。
「日にどのくらい瘴気を消せるの?」
胸が少し高鳴る。ロイ様と練習した時の限界は七、八本ほどだった。だが、ここで弱気な数字を言えば、先生に失望されるかもしれない。
私は一瞬ためらい、唇を引き結んで答えた。
「花なら…十本ぐらいは、いけると思います」
言った瞬間、心の中で「ちょっと盛った」と自覚する。
先生の瞳が細められ、口元にわずかな笑みが浮かんだ。
「ふふ……なるほど。調子が良ければ、ということね」
見抜かれた、と胸が熱くなる。だが完全に否定されるわけではなく、試す価値はあると認められたような響きがあった。
「それなら週に二日ほど、時間が割けるかしら?解析と修練を続けていきましょう」
「はい。ありがとうございます」
緊張の初対面は、見栄を張ったまま終わった。けれど、その見えが小さな挑戦心として、私の胸に残った。
寮に戻り談話室を覗くと、すでに女の子たちの輪ができていた。私に気付いた一人が声をかけてくる。
「ステラ。どこに行ってたの?」
腕を絡めてきたのはアデュー領伯爵家の娘、フレイヤ・ルージ。
私より十センチほど高い身長に、ブラウンの髪は肩のあたりで切りそろえられている。
くりくりとした丸い目の愛らしい顔立ちをした少女だった。
前世の記憶を取り戻した後にできた友人の一人で、以前のステラにはいなかった存在だ。
彼女に引かれて長椅子に並んで座る。
「魔法学の先生に会いに西棟へ行ってたの」
「特別に教えてもらえるっていう?」
「そう」
フレイヤは魔力を持っていて、私の力のことも知っている。
「無効化って本当にすごいわ。私の魔法も消されちゃったときは驚いたもの。でも魔法科には進まないのよね?」
「うん。国政術科に行きたいと思ってる」
フレイヤは唇を尖らせる。
「もったいないなぁ。私、ステラと一緒に学べるって思ってたのに」
愛らしい顔に、私は笑みをこぼす。
「私の魔法はみんなの邪魔になりかねないし。それに―」
「「公爵になるため」でしょ」
二人の声が重なり、思わず笑いだす。
フレイヤは呆れたように肩をすくめながらも、目は優しい。
彼女のおかげで、この学院生活はきっと楽しいものになるだろう。




