表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無効化令嬢の恋と改革  作者: 鴨治玲


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

20/62

19.決意

王立学院の入試がもうそこまで迫ってきた。

家庭教師たちからは「合格は間違いない」と太鼓判を押されているものの、不安はどうしても拭えない。

この国では、王立学院の出身か否かだけで、将来の待遇に大きな差が生まれる。ましてや、公爵家を継ぐ者としては、王立学院への入学など、難なく果たせて当然とされているのだ。


私が「公爵になる」と決意し、父に後継ぎの意思を伝えた時、返ってきたのは冷たい拒絶だった。

それでも諦めずに食い下がった私に、父が突きつけた条件は―、「王立学院で生徒会役員を五年間務めること」。

そうすれば「考えてもやらんこともない」と言われた。


父もかつて務めていた、生徒会。

生徒会役員は各学年に一人だけ。成績最上位者にのみ与えられる名誉職で、学院内でも特権的な立場にある。

父はその中でも、生徒会長として学院の運営に深く関わっていた。

そんな父に認められるためには、王立学院に入学するだけでは足りない。五年間、常に一番の成績を維持し続けなければならないのだ。


不安を振り払うように、朝から机に向かう。

集中していたせいか、食事の時間だと告げる声が聞こえるまで、時間の感覚すらなかった。ペンを置き、机の上にあるU字型の金属にそっと手を伸ばす。

蹄鉄を見るたびに、胸が高鳴る。

それはルカ様がくれたお守り。いつも、目の届く場所においてある。


彼のことを思い出すたび、頭の中がいっぱいになる。

好意を自覚した時、諦めようとしたこともあった。

でも―、かつての『推し』だったと知って、気持ちはさらに強くなってしまった。


あれからルカ様は以前よりも親しく接してくれている。

座る位置はいつの間にかレン様の隣から私の隣へ。

目があえば優しく微笑んでくれるし、距離が近いせいか、よく頭を撫でてくれる。

その仕草に、私の想いはますます募っていった。


けれど、この恋に進展があるかといえば、また別の話だ。

彼の好意が恋なのか、親愛なのか、それとも別の感情なのか――私にはわからない。


仮に入学が決まれば、学院での生活は五年間。

祝祭の時期に帰省できるとしても、課題に追われる日々になるだろう。

実際、王立学院に通う姉も、祝祭期間でさえ忙しそうだった。

ルカ様も冒険者としての仕事がある。会える機会は、ほとんどないはずだ。


彼は高ランクの冒険者で容姿も優れている。

魅力的な女性が周囲にいることは、容易に想像できる。

いつ結婚してもおかしくない――そう思うと胸が痛む。

それでも、彼が幸せならそれでいい。

そう思おうとしても、心は諦めきれない。


「諦めなきゃいけないのかな」

そう結論づけるたびに、想いは胸の奥で静かに揺れ続ける。

その気持ちに囚われたくなくて、私は逃げるように、また勉強へと集中していった。



「ねぇ、アン」

その夜、お風呂から出て髪を乾かしてもらっている時、ずっと気になっていたことを口にした。


「もし、もしもの話よ?」

アンは私の髪に櫛を入れながら、静かに耳を傾けてくれる。


「アンが身分の違う人を好きになったらどうする?」

「それは、私より上の身分の方の場合ですか?」

「ううん、逆」


アンは侍女とはいえ、男爵家の娘でもある。

「下の身分とはいえ、私自身大した家柄でもありませんし……たぶん、家を捨てると思います。もともと、私には何の期待もされていない家でしたから」

そう言いながらも、アンはきっぱりと続けた。

「とはいえ、お嬢様に仕えている間は、どんな相手であれ結婚を考えることはありません」


以前、なぜ結婚しないのかと尋ねたことがあった。

そのときも、「興味ないので」と一言で片づけられてしまった。

アンは美しく、性格も穏やかで、誰もが好意を抱くような女性なのに。


「じゃあ、上の身分の人が相手だったら?」

「諦めます」

即答だった。


「その人がどんなにアンのことが好きでも?」

「不釣り合いな結婚は、本人たちがよくても周囲から祝福されません。私は、好きになった人にそんな結婚はしてほしくないのです」


その言葉は、胸に深く刺さった。

万が一、ルカ様が私を好きになってくれたとしても―、彼なら、アンと同じ考えになるだろう。


「…そうよね…」


わかっていた。

私の恋に未来はない。

公爵家を継ぐために、私は家を捨てることができない。


「…けど」

アンの言葉が、そこで途切れた。


「けど?」


「…お嬢様なら、身分違いでも祝福される結婚ができると、私は思っています」

振り向くと、アンは少し困ったような顔で、それでも柔らかな微笑みを浮かべていた。


「それは…」

ルカ様への想いに気付いての言葉だろうか。


「さぁ、就寝のお時間です」

アンは私の言葉を遮るように、ベッドへと促す。

何も言わせないように、「おやすみなさいませ」とだけ告げて、部屋を後にした。


月明りに照らされた静かな部屋の中で、アンの言葉が胸に火を灯す。


「私なら、できるのかな」


やっぱり諦めたくない。

胸の内に溢れる想いが、静かに満ちていった。



※※※



赤い屋根に蔦の這う、静かな家ー。

もうすぐ、この家ともお別れだ。


魔法学を学び、無効化の魔法を習得してから、もうすぐ二年になる。

瘴気や魔法を打ち消す力を得たものの、まだ不安定な部分も多い。

それでもロイ様は、「あなたにはまだまだできることがある」と言って、王立学院でも特別に練習できる環境を整えてくれた。

そんなことまでしてもらう価値があるのか、自分ではわからなかった。

けれどロイ様たち魔法師にとっては、それだけの価値があるという。


「無効化はある意味、魔法師にとって脅威でもあるの」

「…脅威、ですか?」

そう、頷くロイ様は張り詰めた面持ちで頷いた。

「すべてを“ないこと”にできるというのは、魔法が通用しないということ。あなたがその気になれば、魔道具を簡単に壊すこともできるし、私から魔法を使わせないこともできる」

「私、そんなことしません」

「わかってるわ」

ロイ様は微笑んだ。


「魔法を正しく使う―それは、魔法師になる前に必ず教えられる基本だけど、意外と人は簡単に道を踏み外してしまう。あなたは大丈夫でも、周囲の人間がそうだとは限らない。これから先、あなたの力を狙ってくる者も現れるかもしれない」

「私の力が、悪いことに利用されるかもってことですか?」

「そうならないように、王立学院でも今まで通り魔法を学んでほしい。ただ、普通の魔法が使えないとなると、魔法科に進むのは難しいと思う」

その通りだ。私の魔法は、普通ではない。

むしろ、他人の魔法を阻害してしまう恐れすらある。


「だからね、学院の知り合いにあなたのことを話したら、通常の授業とは別に学ぶ場を設けてくれることになったの」


そう言って、ロイ様は一枚の名刺を手渡してくれた。

『王立学院 魔法学教師 イーディス・ダーウィン』

「入学したら、彼女を訪ねて。あなたの力を、きっと正しく導いてくれるはずよ」


おいしいお茶とお菓子、レン様たちとの会話、ルカ様への恋心。

楽しかった時間は、もうすぐ終わりを迎える。


でも―、私はもう迷わない。

この想いも、この力も、未来へと繋げるために。

公爵としての道を歩むために。

そして、いつか胸を張ってルカ様に再び会えるように。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ