33・ありがとうと言える幸せ
(2/2)本日は二回更新しております。
ふと、思い出したことに眉をひそめると持っていたカップをソーサーの上に置いた。
「ねえ。あなた達は恥ずかしくていいたくない話ってある?」
唐突に質問を投げれば近くに控えていたカインとシエラが何度か瞬きをした。
サルベラの背側とポット側に控えていた二人は素早く目配せをしてシエラだけが首を傾げた。
「逆に質問するけどそういうのがまったくない人っているの?」
「え、いないの?」
ラヴィなんか完璧すぎて何もないではないか、といえばカインが恥ずかしい話しかありませんよ、と返してきた。
「え!どんなの?!知りたいわ!!」
「詳しく。内容によってはアタシも気になるわ」
「全部お嬢関連だけど?」
「……あーじゃあいいわ。アタシパス」
「シエラ?!」
それだけでわかってしまったの?!なんで私のことなのに私だけ知らないの?!と愕然とすると、
「奥様って旦那様のことになるとどしがたい阿呆……じゃなかった、天然になるわよね」
とぼやいた。
「旦那様も天然な上にポンコツになるからたまに本気で殴りたくなる時があるぞ」
「わかりみしかない」
「……あなた達、あまりラヴィを苛めないでね?」
自分がいわれるならまだしも主人であるラヴィエルの文句は女主人として見逃すわけにはいかない。本人の前でそういう言い方をしてはダメよ、と威厳をもって伝えたが、
「そうやって甘やかすから旦那様が鬱陶しくお嬢に纏わりついてくるんですよ。控えてください」
と苦情つきで諭されてしまった。
「それで、何でそんなことを聞きたくなったんですか?」
「それがね。今ふっとエリザベル様に内緒で会いに行ったのに何もいえずに帰ってきたことがあってね。ラヴィに素直に伝えてしまったことを思い出して苦い気持ちになっていたの」
「恥ずかしいんじゃなくて?」
「その時は物凄く恥ずかしくて穴があったら入りたかったけれど、今思い出すと情けなくて……あの方を恐れていたのは確かにそうなのだけれど、あれから自分が積み上げてきたものや身を守れるだけの自信があったのにそれを全部忘れてしまったのが情けなくて」
「その人悪魔みたいな人間でトラウマだったんでしょう?仕方ないんじゃない?」
「お嬢をずっと苦しめ続けた人ですからね。でも会いに行こうって思えたのも成長した結果じゃないですか?前までは出来なかったことでしょうし」
確かに前は名前が出ただけで軽く恐慌状態に陥り、落ち着くまでラヴィに抱き締めてもらっていた。それを考えればかなり前進したといえるだろう。
ぱぁ、と顔を輝かせればそれを突き落とすようなことをカインが宣った。
「まあ、面と向かって言い返すにはもっと鍛練を積まなきゃならないでしょうけどね」
「うっ……」
「あれ?でもその人とはもう会えないとこに行っちゃったのよね?」
「ううっ……」
これは詰みですね。というカインに項垂れた。
「シエラ~!!シエラきて~!」
「旦那様飽きられるの早過ぎません?……はぁーい。今行きますよ~」
少し離れた場所ではしゃいでいた息子が、遊び相手に任命したはずの父親ラヴィを放って満面の笑みでシエラを指名した。
「シエラはきれいにお花をつむかかりね!」といわれて納得した。シエラは花束や花瓶に飾り付ける花を彩るのがうまいのだ。
我が息子ながら先見の目があるわね、と感心していると隣に乱暴に座ったラヴィが「カインお茶」と雑に伝えて、だらしなく背凭れに寄りかかった。
「子供相手に情けないですね。それでもSクラスですか?」
「言うなよ。ナメてたんだ……子供に負けるわけないって。三十路ってこんなにも子供に振り回されるんだな……」
「落ち着いてラヴィ。あなたは今そちらの依頼を受けていないでしょう?それで少し体力が落ちてるだけよ。以前のように仕事を受ければすぐに戻せるわ」
「うぅ……サリーの優しさに涙出そう」
「だから甘やかすなっていってるでしょう?そっちの仕事を受けなくなったの坊っちゃん生まれてからですからね?
俺が守る!とかいって遠出したくない、日が暮れたから帰る!って駄々こねて減らして減らしてなくなったんですから自業自得です。むしろ坊っちゃんに鍛えてもらえばいいでしょうが」
「親の威厳まったくなくなるじゃん!!」
「……わりかしもうないですけどね」
ぼそりと呟かれた声をしっかり耳に入れたラヴィはジト目になって「絶対負けないからな!」と子供みたいに拗ねた。
息子もラヴィが父親だとわかっているし慕ってもいるはずだが、実は彼よりもカインに息子は懐いていた。
今日の休みもゆっくりするはずが我が子との交流とカインへの対抗心に火がつき、全力で遊んだ。
てっきり疲れ果てて眠る息子を抱いて戻ってくると思っていたが結果はラヴィの方が疲れていた。
サルベラもうっかり忘れていたのだがマカオン商会は冒険者ギルドに登録している者がほとんどだ。
ラヴィに然りカインに然り。大伯母も登録しているし、なんならこの邸の使用人も登録している。
強さは個々それぞれだが登録すらしていないのはサルベラとシエラくらいだろう。そんなわけで息子はできる冒険者が周りにいて毎日遊んでもらっている。
そのお陰で普通の子供よりも色々長けた子供になってしまったようだ。
危険なことはさせたくないししてほしくないが、身を守る術を覚えられる環境があるのは良いことだろう。
いつか父親よりも強くなるのだろうか、と花を摘んで満面の笑みを見せる可愛い息子を見て想いを馳せた。
「わたくしも臆せず冒険者ギルドに登録して鍛練を積めば、エリザベル様にもちゃんと言い返せたのかしら」
「え???なに?どうしたのサリー??え?どういうことだカイン?!」
「ああ、それならキャットファイトしても負けませんね。お嬢の勝ちです」
「いやいやいや!俺は見たくないよ?!たくましくて強いサリーは魅力的だけど、今より強くなったら俺の居場所なくならない??」
父親の威厳なくならない?と慌てるラヴィにそんなことはないけどなぁ、と思った。
適材適所というか、ラヴィがいてくれるから私も自由にできるのだし。
「良かったじゃないですか。完璧な女主人の誕生ですよ。うちのばばぁ……祖母も喜ぶでしょうし。そしたら旦那様はたくさん依頼受けて体力も金も稼いでくれば最高じゃないですか」
「それと引き換えに息子に忘れられて家の居場所もなくなりそうだから却下!!ていうか、サリーは冒険者登録しちゃダメだかんね!怪我とかしたらどうするの!
そうでなくとも二人目いるんだからそういう心配になることはさせません!」
全体的にクールなカインと違ってラヴィは感情豊かなのだと結婚した後に更に知った。
もう、氷の微笑を携える貴公子なんて思い出せない。勿論格好よくて尊敬していて愛しい。その評価は今のところ変わっていない。
砕けた喋り方にも慣れてきたが最近は慌てるとその口調が出やすいことに気がついた。ごく親しい友人同士の会話に聞こえて、その輪の中に自分もいて嬉しくなる。
「えっちょっとなんで笑ってるの?!ま、まさかサリーも出稼ぎに行ってこいって思ってる??俺邪魔?」
「違うわ。二人は本当に仲がいいわね、て思ったの」
「……まー、仲は悪くないけどそう言われると」
「複雑ですね」
男の子同士の友情ってこうなのかしら?二人の実年齢的に男の子というのはくすぐったい通り越して胃もたれしそうな気もしなくないけど、それでもなんだか羨ましい気がする。
「貴族同士では見られないでしょうから。それがラヴィとカインだから嬉しいのかもしれないわ」
なんともいえない顔で見合わせたラヴィとカインは、片方は神妙な顔で項垂れ、もう片方は耐え難い顔で体を掻いていた。
そこまで変なことはいっていないと思うのだけど。
「母さま。カインはどうかしたのですか?」
嗚呼、今ラヴィの心に一発入ってしまったわ。
花束を抱えてやってきた息子に笑顔で受け取り礼をいうと、息子は照れて抱きついてきた。でもお腹に気づき慌てて離れた。
しょんぼりする息子のために隣に椅子を持って来させ、そこに座るよう手を差し出した。
ちょこんと隣に座った息子の頭を撫で、サルベラのお腹に耳をあてさせると大きな瞳が更に大きくなった。
「おなかのなかにいるの、赤ちゃん?」
「ええ、そうですよ。この子が生まれてきたらあなたは兄になるの。弟か妹かはわからないけれど、わたくしがあなたにしてきたようにあなたもたくさん可愛がってあげてくださいね」
「……はい!」
細かくはよくわかってないみたいだが、わからないなりに不安を感じてるみたいで拗ねている表情を見せることがある。
こればかりはどうにもできないのでもどかしいが、聡い息子は心配かけないように微笑んだ。
お腹に話しかける息子を愛しく見つめ、そして顔をあげるとラヴィと目が合った。氷など簡単に溶けてしまうくらいあたたかな微笑みにサルベラも笑顔で返すと空いてる方の手を繋いだ。
「ラヴィ。わたくしは幸せ者ね」
嬉しそうに微笑み指を絡め握る温かさに少し泣きそうになる。肩越しに振り返ればカインがこちらを見ていた。
「ありがとうカイン。あの時あなたが来てくれなかったらきっとわたくしはあそこで諦めてしまっていたわ」
暗い未来にしかならないのならと鋏を自分に突き立てていたことだろう。
あの時のことを思い出したのかカインは眉間に皺を寄せたがすぐに戻し「俺のできることをしたまでですよ」と肩を竦めた。
そしてシエラにも礼をいい不思議そうに見上げる息子の頭を撫でた。
「わたくしが幸せ者だと思えたのはあなたのお陰なのよ」
「?そうなのですか?」
「ええ。生まれてきてくれてありがとうユバルイン。あなたを愛しているわ」
額にキスをすれば面映いのか息子は照れ臭そうに身じろいだ。そして椅子の上に立ち上がるとサルベラの頬にお返しのキスをしてくれた。
「ラヴィ?」
手を繋いだまますぐ隣まで寄ってきたラヴィを見れば、反対側の頬にスタンプされ吹き出してしまった。なにもこんな時に張り合わなくてもいいのに。
「ありがとうラヴィ。わたくしにとってあなたは最高の旦那様だわ」
「私はその最高の地位を守れるように、この先もずっとサリーを愛し続けるよ」
「わたくしも愛しているわ。ラヴィ」
少し気恥ずかしくなってしまって照れ隠しに微笑めば素早く唇を奪われ、驚くサルベラにラヴィは悪戯が成功したように笑ってまたキスをした。
そのキスは温かくて幸せの味がした。
読んでいただきありがとうございました。
本編はこれにて終了です。お疲れ様でした。
後日番外編を更新する予定です。
よろしければもうしばらくお付き合いください。




