32・ラヴィエル・マカオン・セバージュ
本日は二回更新を予定しております。
その日、とある女の訃報が届いた。それをラヴィエルは淡々と聞き執務を続けた。
その女は傲慢と色欲の権化だった。
人よりも高いスペックを、使いきれない潤沢な財を、ひとつ聞けば三つ以上答えが返せる才能を、公爵令嬢に相応しい場所で余すことなく発揮していた。
あれと婚約させられた第一王子はさぞや劣等感に苛まれたことだろう。しかも公爵父娘に求められている自分は王家の血と傀儡として使える愚かさだ。
並の精神では耐えられなかったはずだ。
どんどんと疑心が大きくなっていく王子を省みることもなく、思うがまま好き勝手してきた女は、とうとう怒らせてはいけない者を怒らせた。
どちらも女が下に見てきた者で自分の所有物、玩具だと思っていた男達だった。
そのせいか現実をつきつけたがなかなか伝わらないし、都合のいいように解釈するし、言ったことも一切本気にしなかった。
相手するのに疲れ、切り上げようとしたところでやっと少し理解を示したようだが、時既に遅く最後まで戦争を回避するために本気で奔走することはなかった。
俺も王子も謝れば戦争は回避するつもりだった。マカオン商会を撤退させ一部の貴族に経済制裁をする。そのために多少安くして取引する貴族も増やしたからだ。
だというのにあの女は開戦を止めなかった。無意識下でも自分やスコラッティ公爵家以外の命は羽根よりも軽いとでも思っていたのだろう。
現に小規模だが戦いが始まった時一目散に逃げ出した。
指揮を執っていた者がうまく誤魔化していたので途中まではまともな戦いをしたが、知られた途端グズグズになり目も当てられない状況になった。
実力差はハッキリしていたのでサクッと終わらせた後は事務処理がてら王子と国王に敗戦国に対しての罰金を投げ渡した。
本来なら国王が退位したり、主犯格の者を公開処刑したりするのが普通なのだが前者は第二王子に戦後処理を任せるには良くも悪くも心許ないのと、後者はこの時点では行方不明になっていたため時代背景を考え、公開処刑のような野蛮なことはユーザニイアは求めないという宣言と共に主犯は戦火の最中に死亡したと報告された。
この告知は民の不満を減らすためのものなので逃げた女がお目こぼしをされたわけではない。勿論女の行方を探した。
見つけた時は何もない寂れた小屋で、食べ物もすることもなかったらしいが、単に何もできない、したくないからアレに走ったのだろうなと察した。
女は腐っても元公爵令嬢。元王子妃が生きるためとはいえ今まですべて使用人に任せてきたことを自分がするということはひどくプライドを傷つける行為だったのだ。
捕まった女は愛する新しい夫と離ればなれにされ、貴族令嬢にはきつい取り調べが始まった。対応した者は女の被害者か女に少なからず恨みを持っている者で休憩はほとんど与えられなかった。
疲れとストレスで意識が朦朧とする中、フェリカ・ドゥルーフとサルベラ・ピイエリドにしてきたことを白状し認めた。
認めたからといって戦争を引き起こした主犯はもう既に死んだことになっている。サルベラもフェリカも関わること自体を恐れているので罰を与えるのは一旦保留となった。
「結局私達の自己満足だったのかな……」
事後処理も粗方終わったという報告を聞きに行った際、王子が呟いた。
「恨みを晴らす時点で独り善がりなことをしてる自覚はありましたね。けれど止められなかったし止めたくもなかった。それだけのことですよ」
あの女はどこかで止めなくてはいけなかった。だからこの戦争で被った被害も、恨みも全部自分が背負うつもりだった。
途中で二人になったがあの女の相手は二人でも骨が折れたことを考えると結果的に良かったのかもしれない。
しばらく俯き考えていた王子は顔を上げ此方を見た。意を決した顔だ。
「彼女の処遇は私に任せてくれませんか?」
ドロリとした濁った目に、この男にもあまり関わらせず早く解放してやった方がいいのでは?と思った。だが王子が口にしたことに水を差すのは憚られ恭しく頭を下げた。
そこからの女の行き先はしばらくわからなかったが、噂と一緒に知ることとなった。
厳重警備に守られ、シスターの格好をした聖女様がいろんな教会で奉仕活動をされている、というものだ。
聖女なんてここ五百年見てないぞ。とつっこんだが、その聖女が例の女だった。
王子は女に自分の罪を自覚し反省させるべく教会の巡礼をさせていたのだ。
身なりは清潔感はあるものの飾り気はなく、髪も香油がないのでパサパサ、馬車も勿論平民が乗るクラスで座り心地は最悪。
厳重警備といっても女を絶対に逃がさないためだし、奉仕活動も多種多様の平民相手に傷を洗い、薬をつけ、処置をするという基本的なことだ。
聖女は癒しの魔法が使えるのだが、それを知っている者はほぼいないので仕方がない。黙っていればシスター服でも品のある貴族令嬢だ。そんなところが聖女に見えたのだろう。
しかし、ずいぶんと大きく舵を切ったなと感心した。噂を耳にするたびにいる場所が違うのだ。王子に聞けば国中を回らせるつもりらしい。
本気か?と驚いたが必ずやり遂げさせるよ、とにこやかに答えた。
だが困ったこともあった。噂が大きくなりすぎて貴族にまで伝わったことだ。
下心ある者が掻い潜って接触を図ろうとしたが、罵声を浴びせたり、物を投げつけたりする者まで現れた。
大半は元貴族や平民に仮装した貴族だったが、中には同じシスターもいて「バミヤンとわたしを一緒にしてくれるって言ったじゃない!」と言って石を投げつけたりもした。
どうやら元ベグリンデール伯爵家の妹ナリアが隠れて女に救済の嘆願をしたらしい。いつ頃女の元に届いたかは不明だが、それは叶えられないまま不満を溜め込んで爆発させたようだ。
「お前なんか聖女じゃない!悪魔よ!!」という的確な指摘に感心したがストレスを溜めていたのはその女もで、戦いのゴングが鳴り響き辺りは騒然となったという。
報告を聞いた王子は頭を抱えたが、俺は腹を抱えて爆笑した。元王子妃、元公爵令嬢の矜持で保っていた表情もこれで終わりを告げただろう。
平民の間でも面白おかしく伝聞された。少々可哀想だったのはあんな女でも聖女だと憧れ、淡い恋心を抱いていた者達だ。この一件によって熱かった恋も一気に冷めたという。
あともう少しで巡礼が終わるはずだったが今回のことで更に噂が広がった。
次は恨みつらみを晴らしたい者、物見遊山、冷やかしの者と更に人が増えるだろう。今回以上に面倒が大きくなる可能性を危惧した王子はそこからほど近い、厳しい戒律の修道院に押し込めた。
ここもここで女の肌に合わなかったらしく、そのことを高らかに叫び改善しろと欲求してきた。
貴族と修道院が癒着していることは割と知られているが、そこの修道院は脅しに屈せず女にひたすら教えを説いた。
落ちても伯爵家ならまだいうことを聞くだろうと思っていた女はショックを受けたが、そのすぐ後に父に向けて援助要請の手紙を書いた。
目が見えないことを忘れていないと思うが、それは勿論見張りの目に止まり没収された。
その後もなんだかんだと脱走するために数少ない使用人の男を誑かしたり、他のシスターを苛めて憂さ晴らしをするので被害が小さいうちにと、その修道院から出されることになった。
修道院を出ると知った女はそれはそれは喜んだという。
どこかで自分はもう死んだことになっていると知ったらしく、新しい人生が待っているのだと、なんなら未だ婚約者も伴侶もいないシームレスとの再婚ができるかもしれないと期待をしていた。
そのせいかドレスが地味だとかこの色はないのかとか、装飾品がないなんてわたくしをバカにしてるのか?とか。
化粧道具が少ない、口紅はこの色じゃない、このブランドを寄越せ、でなければマカオン商会のラヴィエルを呼べ!!とまあ、散々な要望を居丈高に注文してきた。
それらすべてを無視し連れて行った先は男爵家だった。
以前女がサルベラのために選んでくれた特殊性癖を持っている男爵だ。
最初こそ気づかず、まったく好みではない男爵をこき下ろし傲慢に振る舞っていたが、一ヶ月を過ぎた頃には小動物のような大人しい後妻になっていたという。
夜な夜などんなことが繰り広げられていたかは不明だが、男爵が淑女らしく躾けてくれたのだろう。
見た者の話によれば、地味で堅苦しいひと昔前に流行ったドレスを着こなす姿は社交界で燦然と輝いていたあの女だとは思えず、一見では知っている者ですら素通りするくらいの存在感しかなかったという。
社交界嫌いで目も悪い男爵は女が元公爵令嬢、元王子妃だと知ることなく文字通り鎖に繋ぎ夫婦仲良く暮らしたという。
「あれから二年くらいか」
持たなかったなというべきか、元公爵令嬢にしては持ったというべきか。
自分でもいろいろ手管を探求開発していたらしいから、意外とウマが合うかもしれないぞ、と王子に助言したがやはり小娘は小娘だったようだ。
長年研究し突き詰めてきた、ある意味その道のプロには敵わなかったらしい。そして最後は流行り病を拗らせ逝ってしまった。
後から聞けば男爵の方は女のお陰で若返り、また新しい嫁を探すと豪語していたという。
だが、これでやっと被害を受けた者達も本当の意味で解放されるだろう。
「あー。サリーに会いたいな」
ふと、声になって零れた。邸に帰れば会えるがまだその時間ではない。
会ってこのことを伝え抱き締めてやりたい。もしかしたら優しいサリーは心を痛めるかもしれないから。
そんなことを考え浸っていると秘書にコホン、と咳払いをされラヴィエルは仕方なくペンを持ち直した。
◇◇◇
その夜、愛する妻に女……エリザベルの訃報を伝えもう会うことはないと微笑むとその笑みが固まるような言葉が返ってきた。
「あら、わたくしエリザベル様にお会いしましたわよ」
「え?!いつ?!」
「奉仕活動からお戻り……ではなく次のお役目を決めるまで教会に滞在していた時ですわ」
驚きすぎて開いた口が閉じれなかった。
「だ、大丈夫だったのかい?!まさか一人でじゃないよね?!前は名前を聞くだけでも震えが止まらなくなっていただろう?!」
気丈に振る舞おうとしても与えられ続けた苦痛は簡単にはなくならず、長い間ずっとサルベラを苦しめてきた。
その場にいなくてもサルベラを追い詰め続けるエリザベルに、処刑以外助ける術はないのかもしれないと思うくらいにはラヴィエルも心を痛めた。
これで安心させられると思ったらまさか会っていたなんて。
報告しなかったカインを睨み、素知らぬ顔で目を伏せる彼を忌々しく思いながらサルベラを気遣うと、愛しい妻はよく見る笑みを浮かべた。
「ええ。カインと共に行きました。会う前はやはり怖かったですわ。お認めになるかはわかりませんが、あの方はずっとわたくしを憎んでいたでしょうし」
「ああサリー気にしなくていい。あの女は動くものならなんにでも噛みつく躾がなってない雌犬と同じだ。深く考えてはいけないよ」
「……ですがどこかでお会いしなくてはと、ずっと考えていたのです。なので許可をいただけて良かったですわ」
聞けば王子にお願いして会う機会を作ったのだという。アノヤロウ!と内心咆哮したのはいうまでもない。
あいつまさかサリーに気があるんじゃないよな?!隠れて愛を囁いていないよな?!カイン!!!と睨めばニヒルに笑って肩を竦めていた。
嫉妬してる旦那ダセーじゃないよ!死活問題だよ!王子を潰すとなったらガチ戦争免れないだろうが!もしくは絶対に会えない国までサリーを連れ去るしかないじゃないか!!
後で緊急会議だ、と頭を押さえると、具合を悪くしたと勘違いしたサリーが心配してくれたので少し溜飲が下がった。
労るようにサリーの頬に手を滑らせるとその手をとりサリーが己の頬に押し付けた。
「会うだなんて……なんでそんなことを?伝えたいことがあるなら俺にいえばいいのに」
「それはできませんわ。エリザベル様はラヴィに深く強い想いを持っていたのでしょう?ラヴィのことは信用しています。ですが、その、わたくしが嫌なのです」
何もないとわかっていても接触させたくなかったと恥ずかしげに頬を染めるサリーにきゅんと胸が締め付けられる。俺の奥さんが可愛い!尊い!!
「それで、何を伝えたんだい?」
「それは……言いたいことを考えて行ったのですが、本人を前にしたら緊張して飛んでしまって……」
「サリー!」
我慢がきかないラヴィエルを冷たい視線でカインが訴えたが構わずサリーを抱き締めた。
頬を撫でられ照れるサリーも可愛いが腕の中で慌てふためくサリーも可愛い。
「は、恥ずべきことだから言うつもりなかったのに……!も、もう!ラヴィのせいですわ!」
近すぎます!!もう!耳に息をかけないで!
と生娘のように恥ずかしがって逃げようとするサリーに頬を緩めながら目を細めた。
「すまない。サリーが心配で思わず素直になる魔法をかけてしまったよ」
顔を隠すように背を向けるサリーを後ろから抱き締め直すと、わざと耳に唇を掠めてから優しく囁いた。
ビクッと揺らした肩と潤んだ瞳で睨んでくるサリーも可愛いがこれ以上は危険かと謝罪と一緒にこめかみにキスを落とした。
「……い、いいたいことは何もいえませんでしたが……、でも、それでよかったのだと思います」
「どういうことだい?」
熟れた頬を覗き見ながら問いかけると、サリーは小さく微笑み目を伏せた。
勇気を振り絞り会いに行ったサリーだったが、出会い頭からエリザベルに罵詈雑言を浴びせられたという。
それだけで拳が震えたがどうやらあの女はサリーがサルベラだと気づいていなかったらしい。
『どうせわたくしよりも低い爵位なんでしょうから覚えるまでもないわ!』
と自己紹介もさせてもらえなかったという。自分はもう貴族ですらなかったのにどの口がいうのかと呆れた。
しかし、そんなことなどあるのだろうか。
そう考えたがよくよく思い出せば、エリザベルはサリーと真正面から対面したのが卒業パーティーの一回きりで、それ以外では王子と話していた姿を見ただけじゃないか?と思った。
自己紹介をしていれば何かしら思い出せたかもしれないがそれをさせてもらえなかったため、違和感があっても思い出せなかったのかもしれない。
……かもしれないが、それしか会ってないくせに、顔を忘れてしまうほど興味なかったくせに、本当にただの余興か憂さ晴らし程度にこんなにも可愛いサリーを虐げ追い詰めていたのかと思うと改めて怒りがこみ上げる。
「ご自分の不幸を嘆き愚痴を並べ、他人の不幸を願う姿には辟易してしまいましたが、あのエリザベル様にもこんな人間らしい姿があったのだなと感心してしまって……。
あんなに素直に感情を吐露するのを見て、不敬にも、あの方は拠り所にしていた社交界にはもう戻れないのだなと思ったのです」
「……」
「結婚して、子を産んで、わたくしは少し性格が悪くなったのかもしれません。
だってあの方が不幸になってほしいと思っている方の中にわたくしがいなかったのです。
あの方の中にサルベラ・ピイエリドはいないのだとわかって、それに気づいて、心の底からホッとしたのです」
そういってホロリと宝石のような涙をこぼした。嗚咽を漏らさぬように口を手で覆ったサリーを強く抱き締める。
サリーは自分があの女の怨念から逃れられたことに喜び、そして自分だけが肩の荷を下ろしたことでエリザベルに狙われた誰かを心配しているのだろう。
「大丈夫。あの女はもういない。もしあの女の残余がサリーを傷つけようとしても俺が守ろう。
俺だけではなくカインや他の者達も守ってくれるはずだ。恨まれた者達も戦う勇気があれば必ず誰かが手を差しのべてくれる。だからきっと大丈夫だよ」
ゆっくりと落ち着かせるように撫でてやればサリーは体を反転させラヴィエルの胸の中で泣いた。
何も言い返せなかったから弱いわけでも、負けたわけでもないと、俺は考えている。
サリーはどんどん美しく強くなっていった。
侯爵夫人として、マカオン商会のパートナーとして恥じない力と行動を示してきた。時には逆風もあったが見事乗り越えたのだ。
今ユーザニイアの社交界でサリーを悪くいう者はいない。それだけの信用をサリー自身が勝ち取ったのだ。
努力して得た自信によってサリーは内も外も変わっていった。
同じ時間を惰性に使い、昔の感覚のまま不平不満を漏らして過ごしてきたエリザベルとは質も濃さも違う。
そうやって変わったサリーを目の前にしたエリザベルは、名前を変えただけのサルベラに気づけなかったのだろう。
結果としてサルベラだと気づかなかったことに安堵しているが、もし気づいていたら憤死していてもおかしくないだろうなと思う。
それだけサリーは出逢った時よりも、あの頃よりも輝いていて俺の心を掴んで離さないのだから。
読んでいただきありがとうございます。
次は最終回です。(1/2)




