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冤罪で悪役令嬢になりましたが、幸せになることを行使したいと思います!  作者: 佐古鳥 うの
本編

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31/51

31・身代わり令嬢は命を所望する

ちょっと長いです。

 



 サルベラ・ピイエリド。名前の是非について考えたことはなかったが、家名への執着は年々薄れていった。

 特に学院時代以降はピイエリドという家名が自由を奪う枷にしか思えなかった。かといって家名を、両親を捨てるという考えなど微塵もなく、そんな選択があることさえも知らなかった。



 変わったのはユーザニイアにやって来てからだ。

 ラヴィと過ごし、カイン達家の者や領内に住む人々、マカオン商会やそれに携わる人達に触れてなんとなく見方が変わって。ラヴィと結婚して決定的になった。


 サルベラ・セバージュと名乗るようになってから、思っていた以上に名前を愛しくて、あたたかくて、そして大切にしたいと思えるようになった。


 バミヤンとの結婚でも家名が変わったが実感することもなく自覚することもなかったから、誰かに嫁ぐということはそういうものなのかもしれないと初めて思った。



 だからというか、両親がやってきて離縁して別の貴族と結婚しろと言われた時は本当に憤っていた。

 絶対に離縁なんてしないし、なんなら実家と縁を切ったっていい。そこでやっとそんな風に思えた自分に気がつき驚いた。


 私は無意識にピイエリド子爵家に相応しい自分にならないといけないと思い込んでいた。

 子供は自分しかいなかったので結婚するにしても婿を取るしかなかったし、そういうものだと思っていた。


 だからバミヤンとの結婚が許された時こういう選択もあるんだ、というのと同時に跡取りとしての自分はいらないのかと、そんな喪失感を抱いた。




 ◇◇◇




「え、身代わり?」


 以前会った時は少々、いや結構険悪そうな雰囲気をラヴィが出していたが、『サリーに手を出さないと約束させた』という報告と共に王子と共闘する話が持ち上がった頃だった。


 再度王命に従う旨が書かれた勅命が来た時、これは逃げられないと踏んだ私はバミヤンの時のように逃亡覚悟で嫁ぐのはどうかとラヴィに相談した。



 本当は嫌だが、相手は王家。他国でも逆らえない強さがある。それに拗れてラヴィに、ユーザニイアに迷惑をかけたくはない。

 必ず帰ってくるから一度離縁することを許してほしいと訴えるとラヴィは反対することなく頷いてくれた。


 ただし、嫁ぐのは身代わりの人間でサルベラ自身は行かせないと言われた。


「え、でも、どの家も難有ですしそんな家に無関係な人を巻き込むわけには」

「嫁いだ後は早めに難癖つけて救出するつもりだからそこまで心配しなくてもいいよ」


 そうは言われても不安には違いなかった。後日王子を交えて話した時は貴族籍があった罪人を使うと言われた。

 送り込む予定の家は一番見張りやすく、すでに疑惑案件があって手を入れやすいという理由だったが、その分危険度も高く、保険を兼ねて罪人を使うことになったらしい。



「危険といっても手が早いとか暴力とかそういうのだけど」

「それはかなり危険だな」

「そんなわけでセバージュ夫人を利用するわけにはいかないんだ」


 だが罪人とはいえ自分の代わりをするのだ。気にするなといわれても気にしてしまう。

 しばらく悩んだが王子に頼んでその罪人と会う約束を取りつけた。





 後日、内密に指定された教会に向かうと随分と横柄な女性が面会室でどっかりと座っていた。


「ばっかじゃないの。なんで身代わりの奴にわざわざ会おうとか思うわけ?」


 背や顔立ちもわりと近く髪の色もほとんど同じ女性は、わかりやすく呆れた表情を顔に出したので驚いた。本当に貴族だったのか?と疑問に思うくらいには表情が豊かで圧倒された。


「あんたアタシが罪人だって知ってるんでしょう?怖くないの?」

「罪といっても夫に暴力を振るっただけでしょう?」

「……いや、それが重罪なんだってば。なに?あんたも旦那とかに暴力振るわれたわけ?」

「わたくしは最初の夫に嫁いだ日に殴られて白い結婚と正妻が他にいると言われ部屋に閉じ込められました」

「なにそれ!!よく殴り返さなかったわね!」


 どんだけいい奴なの!と驚かれ、そいつ殴ってあげるわ!と同情された。



 名はシエラ。元伯爵令嬢で政略結婚で同格の家に嫁いだ。しかし夫が流行り病で早世して実家に帰ることになってしまった。

 次に結婚したのは随分と羽振りのいい男爵家で後家として強引に嫁がされた。

 実家となんら変わらない生活水準に驚いたが羽振りのいい理由が違法動物の売買だったことに気がつき憤ったという。


 正義感が強かったわけではないが、小さな檻に閉じ込めるのも不衛生な場所に押し込めるのも不快だと思ったようだ。

 何より小さくともモンスターと、危険度が低くても大柄な動物を戦わせてお金を取り喜んでいるのだ。どちらも死んでしまう可能性があるのに。


 そんな痛みがわからない男爵をシエラはボッコボコに殴り倒し、閉じ込められていた動物達をすべて逃がした。

 残ったのはもぬけの殻になった倉庫と顔がパンパンに腫れたまま気絶している夫、そしてシエラ。

 事情をよく知らない警備員は過剰暴行でシエラを捕らえ牢に入れた。


 取り調べで違法動物を監禁し、闘技場で戦わせていたことを述べたが男爵の方が一足早く、証拠になるものをすべて消していた。

 そして使用人達に口裏を合わせるように指示し、シエラに不利な証言をした。

 役人にも金を握らせシエラの反論をすべて棄却させると、罪人が行くというこの教会に入れられたという。



「なぜ、受けようと思ったのですか?」


 聞く限り真面目に奉仕していればいつかは出られそうだと思ったが「あんたバカ?そんなの金に決まってるじゃない!」と豪語された。


「ここで生きていくにも、いつか出ていくにも金が必要なのよ。なんか沢山くれるみたいだし?」

「……それだけ危険だとは思わなかったのですか?」


 ニヤリと笑う彼女にもしかして事情を詳しく聞いていないのでは?と不安に思った。なにも知らないまま利用するなんてそれこそ心が痛む。


「あんたって本当にバカね。その話をしてアタシが嫌がったらどうすんのよ」


 困るのはあんたじゃない!と指摘され尤もだと口をつぐんだ。けれど。



「……でも、やはり他人を、無関係な方を危険に晒すのはどうしても気が引けて」

「だからその分お金を払ってもらうんでしょう?そしてアタシはOKした。それでいいじゃない」


「………」


 それはそうなのだけど。でもそれでもしシエラが自分以上に嫌な想いを、怪我をしたらと思うと胸がぎゅっと痛くなる。

 ラヴィ達を信用しているけれど絶対にうまく行くかは保証できない。もしかしたらフェリカのように恐ろしい目に遭うかもしれないのだ。


 私が勝手に不安がっているだけだけど、ここに来る前は罪人なのだから身代わりにしてもいいよね、とそれを確認したくてシエラに会いに来たのだと気づき、自分を嫌悪した。


 人となりを聞いて私が勝手に迷っているのだ。


 シエラが決めてしまったように計画はもう動いてる。私がどうこう言うべきではないのかもしれない。そう考えていると目の前から、はあ、と溜め息を吐く音が聞こえた。



「ならあんたの名前を頂戴」

「え?」


 突拍子のない提案に目を瞬かせれば実物があるものかのようにシエラがずいっと手を差し出した。


「アタシら貴族にとって名は命の次かそれよりも大事なものでしょう?それを人に渡すってことは命を差し出すってことと同義だと思わない?

 そんなにアタシが心配ならあんたも命を差し出せばいいって思うのよ」


「命を……」


 命といわれて胸に手をあてた。服越しに響く心音が手に伝わる。ここを刃物で貫けば鮮血が吹き出し、やがて死に至る。

 それほどまでに貴族にとって名は大切なものだと、忘れていたつもりはなかったが改めて考えた。



 両親の前で啖呵を切った時、早々に籍を抜くかと思われたが今もセバージュ侯爵夫人のままだし、貴族籍も残っている。


 ピイエリド子爵の一存でセバージュ侯爵との繋がりを切ることは出来ないのだから当たり前の話なのだが、サルベラにとってはそれも可能にしてしまうくらい親の発言は絶対で、娘として許されない我が儘だと思っていた。


「いっとくけど、貸すんじゃなくてアタシに譲るのよ!今回のことが成功したらアタシは自由になれるからその時に使う名前が欲しいのよ。

 あんたの家子爵でしょ?しかも商会やってるんだっけ?うちやあの男爵家よりは劣るでしょうけどいいわよね?

 生活が落ち着くまではあんたの名前を使って豪遊するからよろしく!勿論支払いは全部あんたの親にさせるから!」


 どう?良くない?と言われ首を傾げた。



「はぁ~これだからイイコちゃんは。あんたの一回目?の結婚は親が決めたやつでしょ?そんだけおかしな奴なら少し調べるだけで埃もあれやこれも出てくんのね。

 それを知らないなんてことは絶対ないの!んで、知ってて嫁がせたならそれはもうアウト!マジふざけんな!ぶっ飛ばす!!ってくらいのことをされたのよ!」


「は、はい……」


「どーせ今回のも親が断れなかったとか借金のかたにとられたとかそういうのでしょ?

 だったら泣き寝入りしてないでとれるものは根こそぎ全部とっちゃえばいいのよ!だってそれだけのことをあんたがされたんでしょう?

 他人からは賠償金とれるのに家族からはとれないなんておかしいわ!」



 エリザベルに貶められて家名の偉大さを忘れかけていたけれど、あっても公爵ならともかく子爵なんてって思ったけど。


 でもそれまでは私を守る盾だったのは間違いない。ピイエリドだからこそ安全と安心を、平穏な幸せと未来のために踏み出せる勇気を得られたのだ。



 二度とピイエリドを名乗るつもりはなかったけど、また私の元に帰ってきてしまった。


 もういいじゃないか、手放しても。

 結婚して新しい家名を受け取った私は歩みだした。ピイエリドという過去から受け取るものも、差し出すものもない。


 サルベラ・ピイエリドの役目はもう終わったのだ。


 残りの役目があるとしたら、目の前の女性を守ることだろう。公爵位に比べたら全然役に立たないけれど、でも、少しでもシエラを守る盾になれるのなら。



「……でも使うのはシエラさん、ですよね?」

「あったり前でしょー?だってアタシも被害者だもん!正当な権利があるわ!!」


 もうサルベラ・ピイエリドになったかのような言い回しに思わず吹き出した。

 身勝手な物言いだが嫌いにはなれない人だな、と思った。

 この人なら私の名前をあげてもいいかな、なんて思ってしまった。



「少なくともあんたよりは人生経験も豊富だし結構強いのよアタシ」


 そういって力こぶを見せ……服の上からなのでよくわからなかったが、力強く自信満々にいうのでなんだかサルベラも大丈夫なように思えてきた。


 妙に緊迫感がないままその日は別れたが、計画が決行した後はそれなりに心配した。



 そして。





 ◇◇◇





「ええうっそ!!王子来てたの?!アタシも行けばよかった!!」


 本邸に戻りゆっくりしていたところで墓参りの話をしていたら侍女のお仕着せを纏ったシエラが嘆いた。

「残念だわ!玉の輿が~!!」と大袈裟に叫ぶので隣にいた専属侍女のメリッサがにこやかに青筋を浮かべている。


 サルベラの代わりに難有りの伯爵家に嫁いだシエラは、見事仕事をやり遂げて帰ってきた。

 だが危険だったことに変わりなく、下男にストーカーされたり祖父にいやらしい目でじろじろ見られたりと夫ではない者達からの嫌なアピールが多かったそうだ。


 見張りと護衛で連れていった使用人と協力し、多少怪我は負ったもののうまく死を偽装したシエラは隠れて待っていた王子に連絡し伯爵家に突入。無事伯爵家の者達を捕縛した。



 サルベラの元に来た時はまだ怪我が治ってなくて、傷を見た途端号泣してしまったが「アタシ女優の才能あるかも!初めて死体役やったけど全然気づかれなかったわ!!」とカラリと笑うので泣き笑いしてしまった。


 はじめは傷を癒すためにここで療養していたけど、『アタシ、ここが気に入ったわ!』と宣言して勝手に侍女見習いになっていた。

 教育係のメリッサは大変苦労しているようだがカインとは割とウマが合うらしい。


 ただ、シエラが貴族令嬢だったということを頑なに信じようとしなかった。彼曰く、

『あんな女が貴族様なら平民の女達は全員淑女ですよ』だそうだ。



「そういえば、あんた……じゃなかった奥様。奥様の親を見たわよ」

「え?!どこで?」

「アタシの墓ができたっていうから前にこっそり見に行ったのよ。そしたら先客がいてさ。

 どうしよっかなぁ~って思ったらいきなり泣き出してさ!誰も入ってない墓の前でわんわん泣いてるの。ドン引きしてすぐ帰ってきたわ」


 うん。あなたの名前でもあったけど私のお墓よ?それも正確ではないのだけど。

 なんともいえない顔で微笑めばメリッサが笑ってない目でじっと食い入るようにシエラを見つめていた。メリッサ、シエラに穴が空いてしまうわ。



 それにしても両親は何を考えているのかしら?あの墓地ってユーザニイアに一番近いところを王子が選んで、ラヴィが用意したお墓、ということになっている。

 伯爵家に身代わりとして入ったシエラも、名前の持ち主であるサルベラもピンピンしているので棺桶の中身も空だ。

 それらすべてを知らないとはいえ、子爵領からそれなりに遠いはずの両親がやってきている。どういうことだろう?


「あれきっと〝大事な娘を失った可哀想な親〟アピールだと思うわ。だってアタシが来た途端泣き出したんだもの!

 それまでは墓石に向かって罵倒したり蹴ったりしてたんだと思うわ。サ……奥様っアタシのお墓大丈夫だった?!無事??」

「えっと、特に倒されてたり傷がついてたりはしてなかったわ」

「ふぅーっよかった~」


「……シエラ。あのお墓はわた…サルベラ・ピイエリドのお墓よ?シエラの名前ではないのよ?」

「アタシのお墓でもあるじゃない!そのお墓に何かしてたなら次に会ったら張り手くらいしなきゃと思ったのよ!」



 そうでなくてもあんたの親は二、三発殴られても文句いえない立場だけどね!と腕を組み鼻息荒く頷いていた。


 シエラはたまに此方がぎょっとするような過激発言をするから心配になってしまう。

 しかも両親が話題になる時はいつも冷たい視線を送ってくるメリッサも諌めず大きく頷いているので不安が二倍だ。


「でも、その必要もなさそうよ。社交界にも出られずに商会も閑古鳥が鳴いてるみたいだし、これからは細々と領地運営をしていくしかないでしょうね」


 社交界は元々気後れしていた部分があってサルベラがエリザベルに目をつけられてからは更に肩身も狭く、スコラッティ公爵家が関わらないパーティーしか出られなくなっていた。


 まあパーティーに出る目的もダンスや貴族らしい品のある自慢大会でもなく商会の宣伝だったので、毛嫌いしているマカオン商会や商売敵が多いそちらよりは居心地が良かったようだが。



 その商会の方も、元々怒髪天を衝いていた大伯母が今回の件で堪忍袋の緒が切れて、商会と親族の縁を切った。

 これは大伯母のみに留まらず親族全員から爪弾きにされ、商会もマカオン商会や大伯母に睨まれたくない者、両親と元々繋がりが薄い者らが一斉に手を引いた。


 生活をそこそこ潤わせていた商会がうまくいかなくなり、狭い領地経営をせざるを得なくなった両親は不便があるもののお荷物だった娘がいなくなって少しは気楽に過ごしているものと思っていた。


 しかし実は現状に耐えられなくなった両親が、遠い墓地までやってきて、娘の死を嘆く姿を演出し、同情して助けてくれる人を探している、だなんてさすがの実の娘も思いつかないだろう。



 ここにカインがいたら『え?今更??大人しく領地経営したら?』と言っていたに違いない。




「前々から思っていたのだけど……やっぱりあなたにはサルベラよりシエラの方が似合うと思うわ」


 お墓に興味あるのかまだ名前を使いたい理由があるのかわからないが、見れば見るほどシエラはシエラだなと思う気持ちが強くなっている。

 名前を譲った仲なのでサルベラの名を気に入ってくれてるなら嬉しいが彼女が考えていることを見抜くのはなかなか難解だ。



「ありがと。まあそこそこ?気にいってんのよね。この名前。あんた……奥様は前より今の方がそれっぽく見えていいと思うわよ」

「?前のは似合わなかったってこと?」


 ふんわりとした言い回しに首を傾げればシエラは私にないエクボを作って笑った。



「今の名前の方がこの国に合ってるってことよ」



 サリー・セバージュ。とってもいい名前ね!と笑えばメリッサに「不敬ですよ。なにを当たり前なことを」といってポカリと叩かれていた。

 ええそうね。私もとても気に入っているわ。



「それは最高の褒め言葉だわ」



 嬉しくて笑みを見せればシエラ達もつられて笑ったのだった。







読んでいただきありがとうございます。

次回は2話(本編最終回)更新予定です。

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