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シニガミノシゴト  作者: セツナドロップ
【case.2 ステイ・ゴールド】
9/10

第八話 ラジカセと仏壇

 


 温かい水の滴る音が遠くで聞こえる。

 それと共に聞こえてくるのは、うら若き乙女の楽しそうな声。


 内容までは聞こえない。ただ、この部屋にもう少し防音機能が備わっていれば、僕もこんなもどかしい気持ちをせずに済むのに。

 そう思いながら壁にもたれ掛かり僕は、膝を抱える。


 一人暮らし用の部屋なのだから、それは無理な相談というものか。一人で住むのに、部屋の中で防音機能は必要ない。せいぜい隣人の声や音が聞こえないような壁にするくらい。


 現在の時刻は、21時過ぎ。


 僕は自分の手を見る。綺麗なピンク色した大きな肉球が「こんにちは」している。


 雨はまだ止んでいない。カーテンの隙間から雨粒たちがはしゃいでいるのが見える。その窓に反射して僕の姿も映し出されていた。

 黒猫だ。黒猫の姿になった僕。


 前にハジメさんが言ってた昔話を思い出す。プライドをこじらせて虎になった男の話。


 僕は一体なにをこじらせたのだろうか。

 大の男が、女の子2人に命を救われたことで自尊心をこじらせた? 

 守ると息巻いたものの結局助けられたことで自尊心をこじらせた? 

 そもそも自尊心こじらせるとは?


 僕はどこまでもおめでたい思考を振り払う。

 そうして、肉球付き手袋を外した。


 黒ローブのヤツを追い払った後。

 泣き崩れてしまったヒヨリちゃんを、僕とメイで近くにあったアパートまで送りに来た。


 そこまでは良かったのだが、彼女は優しさ故に雨に濡れた体では良くないとお風呂を貸すと言ってきた。

 遠慮はしたが彼女は意外と頑固な性格をしていたため、仕方なくお風呂をいただくことになってしまった。


 僕が先にシャワーを借りて上がると、そこに用意されていたものがこれ。着ぐるみパジャマ。黒猫の。

 ヒヨリちゃんは好意で僕の服を洗濯してしまった。喪服を洗濯してしまった彼女に悪意はない。だが、無知は罪だと思ったのは初めてかも知れない。

 翌朝よれよれの服で相談所に帰って、セナちゃんに怒られるのが目に見えているから。


 幸い着ぐるみパジャマは緩めに作られていたから、少しきつい気もするが着ることはできた。これで着ることもできなかったら、目も当てられない。


 こうして今に至る。


 メイとヒヨリちゃんは一緒にお風呂に入っている。

 いつの間に仲良くなったのだろうか。


 部屋を見渡した。


 女の子の部屋というだけあって、清潔感はある。ただ、女の子らしいかと言われるとあまりにも質素。

 16歳なら可愛いぬいぐるみやらなんやらが置いてあってもいいと思うが、テレビにクローゼットにテーブルにベット。必要最低限の家具しか置いてない。


 だからなのか、余計に印象深く目に入ってくるものが2つ。


 テーブルの上に置かれた小さな古めかしい機械。イヤホンが有線で繋がった、カセットプレーヤー。今どきの女の子が持っているにしては随分アナログな代物。


 それから部屋の隅にはこれまた小さな仏壇。正面の扉は閉められている。

 部屋に帰ってくると彼女は何をするよりも先に手を合わせていた。扉を閉めるときにちらりと見えた遺影。


「あのっ、メイさんっ!?」


 洗面所の方からそんな声が聞こえた。足音がこちらに近づいてくる。

 どうやらお風呂から上がったようだ。

 そして、リビングと廊下を繋ぐドアが開く。


「―――ふぅっ。」


 そう言いながらメイが姿をあらわした。

 僕は開いた口が塞がらない。

 いつも結んでいた髪は解かれ、綺麗な銀が彼女の後ろをついていく。

 その火照った体を包むのはYシャツ一枚のみ。


「ちょっ、メイっ。その格好なに?」


「……?」


 メイは首を傾げる。

 首を傾げてる理由が分からない。君に羞恥心はないのかね。


 そんな僕のドキドキをつゆ知らず、メイは手で仰ぎ顔の火照りを冷ましながら、近づいてくる。

 それから、僕の前を通り、横でちょこんと座った。鼻先をくすぐる清潔感のある香り。

 下着は履いているようで少し安心した。


 それからメイは僕の三角に折った脚を勝手に伸ばすと、太もも部分に自らの頭を置いた。

 新手の膝枕。

 乾ききってない髪のしっとりとした湿気が伝わる。


「メイ、なにしてるの?」


「ナナシの体、冷たくて気持ちいい。」


「そんなこと聞いてないんだけど……」


 第二ボタンまでがっつり空いたYシャツの隙間から、赤みを帯びた肌が見える。

 首元には細長い弾丸の付いたネックレス。鎖骨がメイの息で上下する。

 耳元が熱くなるのが分かった。


「おい、メイ。いい加減……あれ、寝てる?」


 メイはすやすやと寝息を立てていた。

 寝るの早すぎ。そんなところで寝ないでくれよ。本当に風邪引いてしまうぞ。

 体を揺らしてみたが、起きる気配はない。


「ま、いっか」


 公園では助けてもらったし、ヤツとは激しい戦いだったし。普段より疲れてしまったのかもしれない。

 シニガミは寝る必要もないというのに、やけに気持ちよさそうに寝てやがる。


「あれ、メイさん寝ちゃったんですか?」


「うん、そうみたい」


 紺色のパジャマ姿のヒヨリちゃん。こちらもメイ同様にピンで留めてた前髪を下ろし、少し大人っぽい印象になっていた。元々自然なメイクなのか、お風呂上りでも整った顔立ちはあまり変わらない。

 ていうか、君は着ぐるみパジャマじゃないのね。


 彼女は僕の隣に座ると、壁にもたれかかる。

 僕の周りは石鹸の香りで包まれた。お風呂上がりということもあるのだろうけど、それだけじゃない気もする。なんというか女の子の甘い感じだと思う。

 くらくらしてきた。2人とも距離が近すぎ。

 僕はとても場違いなところにいるのではないだろうか。


「そのパジャマ似合ってますよ。ナナシさん」


「そう?」


 あまり嬉しくない。


「あのあの、ナナシさんとメイさんって、どういう関係なんですか?」


「僕とメイ? まあ、仕事場の先輩と後輩かな?」


「それだけですか?」


「それだけだけど」


「……そうなんですね。よかった」


「よかった?」


「あ、いえっ、あの、その、あはは」


 彼女はあわあわと両手を振る。

 まだ、風呂上がりの熱が冷めないのか耳まで真っ赤だ。熱めのお風呂が好きなのかな。


「そ、そんなことよりっ。あの、もう一つ聞いてもいいですか?」


 彼女は慌てた様子で話を変えた。

 わざわざ了承を得る必要はないのにと思いながら、僕は頷く。

 彼女は一息呑むと自らの膝を抱えた。


「ナナシさんとメイさんって、何者ですか?」


「……」


 僕は回答に困った。

 彼女が疑問に思うことは当たり前だ。

 ベンチはくしゃくしゃだし、銃は持ってるし、フェンスはへこんでるし。

 目の前であんなことが起こってしまっては、ただの腕利き霊能師じゃ説明がつかない。

 だからと言って、簡単に正体をバラして良い理由にはならない。


「ごめんなさい、やっぱりいいです。聞かなかったことにしてください」


「え?」


「わたし、ナナシさんとメイさんが何かと戦ってるの見てました。何と戦っているかは見えませんでしたけど、必死に守ってくれようとしてるのはわかりました。それだけで、十分です」


 彼女はそう言って、膝に顔を埋めた。


 彼女は気の回る人間だ。それが聞いて良いことなのか悪いことなのかの判断もきちんとできると思う。

 一度その問いを投げ掛けたのは、聞いてもいいことだと判断したからだ。

 つまり、僕なら答えてくれると信じたから。いや、信用しようとしてくれているのだ。

 別にここで本当のことを言ったところで、僕らに有益なことは何一つないだろう。むしろ彼女を危険に晒してしまう場合だってある。


 それでも、彼女には知る権利がある。

 僕はそう思った。


 なぜなら彼女は依頼人だ。それに僕ら(シニガミ)()()()()()()()()しまっているのだから。

 とまあ、御宅を並べているが、僕はどこかで思ってしまっていたのだ。彼女には話してしまっても良いのではないかと。

 だから、自然と口は開いた。


「僕とメイは、シニガミなんだ」


 膝から顔を上げると、彼女は驚いた視線を僕に向ける。当然だ。

 だから僕は、彼女がパンクしないようにゆっくり、確実に言葉を選ぶ。シニガミについて、公園での出来事について話した。

 僕がこっち側でなかったら、失笑していたと思うような話だ。現実では信じられない、お伽話。

 それでも彼女は一切口を挟むことをしなかった。

 彼女の顔を見れなかったので、メイの寝顔を見ながら話す。

 本来なら先輩であるメイが説明すべきじゃないかと、鼻を摘んでやりたくなりながら。


「……信じるかどうかは、ヒヨリちゃん次第だよ」


 全てを話した終えると、その視線をヒヨリちゃんに戻す。

 彼女の真っ直ぐな眼にぶつかった。


「わたし、信じます」


 即答だった。

 ヒヨリちゃんは視線を外さずそう言ってくれたのだ。

 部屋の時計が1秒刻むたびに、ざわついた心が落ち着いていく。


「ごめんなさい。多分、あまり話して良いことではなかったんですよね?」


「うーん、まあね。でも、ヒヨリちゃんになら良いかなって」


 ヒヨリちゃんは、大きく瞳をぱちくりさせると視線を外した。うっすら頬が赤い。

 少し長話になって湯冷めしてしまったかな。風邪引いてないといいけど。


「あの、わたしも代わりに一つ、秘密を教えちゃいます」


 そう言って彼女は立ち上がる。

 仏壇の方は行くと、扉を開き手を合わせた。

 それからお供えされていた何かを掴むと、こちらに戻ってくる。

 その途中でテーブルのカセットプレーヤーを拾った。

 先ほどと同じ僕の隣で座り込むと背中を壁に付けた。


「随分と年代物だね」


「ふふっ、女の子が持ってるのおかしいですよね?」


 照れ臭そうに笑うと、カセットプレーヤーの口を開き持ってきたカセットテープを差し込む。

 仏壇にお供えしてあったものは、カセットテープだったようだ。

 心地の良いボタンが沈む音。きゅるきゅるとテープが回る音。

 それから彼女はイヤホンを片耳だけ僕に差し出してこう言うのだった。


「母の形見なんです―――」


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