17 智朗、爆発しかける。
思わず面食らってしまった。
悠がまさか、ニュースを見ながらそんなことを考えていたとは。
『兄さんも私が怖い?』だって?
答えなど決まっている。
全く怖くない。
怖い訳がない。可愛い。いや、可愛すぎて怖い。怖い。
待て待て、悠は真面目に聞いているのだ。ここは俺も真面目に答えねばなるまい。
真面目に可愛すぎて怖いという話は置いておいてだ。
……。真面目に考えても可愛い。全然怖くない。というか可愛い。
だが、これは俺がレベルアップしているからかもしれない。
もし俺がレベルアップしておらず、レベル1の状態で悠の強さを目の当りにしたらどうだろうか。
……。
…………。
……可愛い。
やっぱり可愛いじゃないか!
俺としては何かのはずみで”可愛い”に殺されたとしても本望である。
俺の返答は決まった。
「怖くない」
「……ほんとに?」
「本当だ。全く怖くない」
「……」
俺の言葉が本当かどうか探ろうとしているのか、”可愛い”の目は俺の目をジッと覗き込みつつ、不安そうである。
可愛い。
”可愛い”の目の結膜(白目)に浮かぶ虹彩は金色で、瞳孔は赤い。神秘的である。
「それなら……」
「ん?」
「前と同じように、喧嘩してくれる?」
前とは魔物化する前の事であろう。悠は俺と喧嘩したかったらしい。
「当たり前だ」
「……ありがとう」
照れくさそうに笑った後、後ろを向く”可愛い”。可愛い。
「……」
いかん。
”可愛い”が可愛すぎて俺の血圧が凄いことになっている。
一旦どこかで力を逃がさないと頭が爆発する。
罪悪感。
そうだ。
罪悪感で頭を冷やすのだ。
俺は悠に恨まれこそすれ、感謝されるいわれなど無い外道なのだ。
自分の欲を満たさんがために、魔物化した妹を元の姿に戻そうとしない、外道なのだ。
「……」
悠に対する罪悪感から冷静さを取り戻した俺は何とか爆発を逃れた。
だがまだ血圧は高く、予断を許さない状況である。
「ヒッ・ヒッ・フー」
腹式呼吸により無理矢理自律神経を刺激し、副交感神経をオンにする。
こうして心身をリラックスさせることにより、血圧を下げるのだ。
「ヒッ・ヒッ・フー」
いいぞ、血圧が下がってきた。このまま続けよう。
「ヒッ・ヒッ・フー」
「……なにしてるの?」
”可愛い”が首を傾げた状態で顔を覗き込んできた。可愛い。
いかん。
再び血圧が。
***
その後、肉屋でコロッケを買い、”可愛い”と一緒に食べながら家に帰った。
どうやら悠はダイアナに会いに行きたかったわけでは無かったようだ。本当に気分転換したかっただけなのかもしれない。まさか、俺に「前と同じように喧嘩したい」と伝えることが悠の目的だったわけはあるまい。たまたま、流れであのような会話になっただけだ。
それでも、悠の照れくさそうな顔を見れたのは素晴らしい出来事であった。
こたつテーブルで悠と一緒に食事を取りつつ、目をつむってその瞬間を思い出す。
モグモグモグ
白米が進む。”可愛い”の可愛いしぐさの記憶をおかずに白米を食べる。至福である。
そして目を開ければ、魔物化したせいで未だに慣れない箸使いでご飯と格闘する”可愛い”の姿。可愛い。
やはり俺は今日、死ぬんじゃなかろうか。
ピンポーン
家の玄関のチャイムが鳴った。
こんな時に誰だ。まったく。
箸を止めて立ち上がろうとする悠を手で制し、玄関へと向かう。
引き戸を少し開け、門の外にいるであろう訪問者の様子を伺う。
スーツ姿の男が二人、門の前に立っているのが見えた。一人は背の低い中年男性で、もう一人は長身でサングラスにマスクをしていて顔は見えないが、若そうに見える。
中年男性は背伸びをして敷地内の様子を伺っていて、長身の若者はアタッシュケースを持ったまま立ち尽くしている。
何者であろうか。
訪問販売か? 宗教の勧誘か? 警察か? 悠目当てのゴミ共か?
まあ、何者であろうと、帰ってもらうだけである。
二度と来ないように処置してから。




