1 智朗、プルフェの様子がおかしいのに気付く。
物置の地下への階段を下っていく。
ゴト
俺の靴が床に着き、音を立てる。
それに反応してか、地下室の真ん中に置かれた椅子に座る女性は目隠しされた顔を上げた。
「智朗、そこに……、いるのですか?」
「ああ、いるぞ」
「ふふ、どうせこれも幻聴なのでしょう?」
「何を言ってる」
「本当に智朗なら私に触れてください」
「……お前に聞きたいことがある」
幻聴がどうのと、プルフェの様子がおかしい。放置しすぎたかもしれない。
仕方が無いのでプルフェの肩に手で触れてやる。
「……!」
肩に触れるとプルフェはびくりと体を震わせた。
「ほ、本当に、智朗なのですか?」
「そうだ」
「ああ、良かった。私はまだ、存在しているのですね」
「……」
いかん。
まさか放置され過ぎて自分の存在すら疑う状態になっていようとは、プルフェは気がふれる寸前だったのかもしれない。いくら不死の超常的存在とは言え、視覚と体の自由を奪われて何日も放置されたらこうなるのか。
聞きたいことが出てきた時に、プルフェが狂っていたら困るので、これからは定期的に見に来ることに決めた。
プルフェの肩から手を離す。
「あ……」
「どうした?」
「いえ……」
どうもプルフェはまだ俺に触れていて欲しかったようである。
肩に触れるくらい別に問題ないのだが、今はそんなことをしている場合ではない。
プルフェの様子がおかしかったので勢いを削がれたが、俺はプルフェを問いただすためにここに来たのだ。
「プルフェ」
「はい」
「ファンタシーゾーンが増えることを俺に黙っていたな?」
「え? いえ、別に黙っていたわけでは」
「とぼけるんじゃない」
俺はプルフェのほっぺたの片方を手の指でつまんだ。
「あっ」
プルフェが嬉しそうな声を上げたのですぐにつまむのを止めた。
「あ……」
残念そうな声を上げるプルフェ。そんなに触れて欲しいのか。
「……増えたのですか?」
「ああ」
妹のデートに内緒でついていった俺は、その道中でデパートの地下にファンタシーゾーンが発生しているのを発見した。
最初は霧縞山のファンタシーゾーンが一気に拡大したのかと思った。もしそうであったら大惨事である。レベル5未満の人間たちは、ファンタシーゾーンと建物などの壁の間に挟まれて死んでしまうであろう。だが、スマホでネットニュースを確認しても、そのような大惨事が起こったという記事はなかった。デパ地下のそれは霧縞山のファンタシーゾーンとは別のファンタシーゾーンであった。
SNSで周囲の情報を集めようとしたところ、その場にいた蛇夢が事態に気付き、スマホを取り出してどこかへ連絡を始めた。悠とダイアナは何か力になりたそうな顔をしていたが、蛇夢は二人を家に帰した。そこで悠とダイアナのデートは終了であった。
ファンタシーゾーンが気になったが、俺は悠についていくしかなかった。
家に帰る途中、情報を集め続けていた俺は、ファンタシーゾーンが日本の各地に発生したことを知った。それらしい情報から推測すると、新たに発生したファンタシーゾーンの数は少なくとも三つ。まだ発生したことに気付かれていないファンタシーゾーンがありそうなので、現在日本には4つ以上のファンタシーゾーンが存在しているということである。
今はまだ魔物と遭遇したという情報を見ていないが、その内見ることになるであろう。そして、それらのファンタシーゾーンで一斉にフェスティバロが発生したら、一体どれだけの死者が出ることであろうか。
これはできるだけインフラを破壊されたくない俺にとっては問題である。
「現在のファンタシーゾーンがどういう状況かわかりませんが、魔物が増えすぎたのではありませんか?」
「魔物の数が条件なのか?」
結構魔物は倒しているはずだが、中心部に近い辺りは息苦しくて危険なのであまり行っていない。そこの魔物の数が増えたのかもしれない。
しかし、プルフェは内部の魔物が増えるとファンタシーゾーンが拡大するとは言っていたが、増殖するとは言っていなかったはずだ。
プルフェは何かを隠している気がする。
だがそれよりも、今は増えたファンタシーゾーンをどうするかが先決である。
「ファンタシーゾーンを消滅させるにはどうすればいい?」
「……」
そこでプルフェは黙り込んだ。仕方が無いので持ってきた袋からプリンを取り出す。
「ほら、プリンだ」
「……」
黙り続けるプルフェ。
「おい」
「プリンより……」
「ん?」
「私に触れてください」




