10 智朗、姿を現す。そして推測する。
「……!」
ダイアナは後ろに飛びのき、角ヒアリと距離を取った。
切断されたはずのダイアナの腕は未だ鉄パイプを握っている。
俺がこっそり回復スキルを行使したのだ。
「ダイアナっ!」
悠が名前を叫びつつ、ダイアナの元に駆け寄った。
切羽詰まった状況だからか、コミュ障の悠が会ったばかりの相手に対して呼び捨てである。
「キシ、キシキシ!」
角ヒアリが二人に向かって行き、体を持ち上げ、腹部の毒針を突き出した。凄まじい速さである。
毒針は”可愛い”を狙っていた。
それは駄目だ。
バキン!
硬い物が折れたような音が辺りに響く。
ザス!
中をクルクルと舞い、地面に突き刺さったのは、折れた角ヒアリの毒針であった。
角ヒアリの毒針を俺がバール+5で叩き折ったのだ。
隠密スキルの存在を勇者達に知られたくなかった俺は、隠密スキルを解除して角ヒアリの目の前に立っていた。
「キシィィィ!」
焦ったようなそぶりを見せる角ヒアリ。虫のように見えるがコイツは魔物である。
高い知能があっても不思議はない。
「ア、アナタハ!?」
ダイアナは俺に会ったことがあると気づいたかもしれない。
それが引き起こすであろう事態を想像する余裕が、今の俺には無い。眠い。
「お、おい、アイツ見たことあるぞ?」「アレだ、ダサい服の男だ!」「あの人ならあの化け物も倒せるんじゃないか!?」
勇者達の何人かも、俺のことを知っている。
「キシキシキシィ!」
毒針を折られた角ヒアリは大きな顎で俺に噛みつこうとしてきた。
バール+5で角ヒアリの頭部の後ろ、細くなっている部分を薙いだ。
ボト
角ヒアリの大きな頭部が地面に落ちる。
しかし、それでも角ヒアリの体は動き続けていた。完全に動きを止めるには、胴体部も破壊する必要があるのだろう。
動いてはいるが周りに何があるのか認識できていないようだし、こちらを攻撃してくることは無いようだ。
放っておいてもそのうち絶命すると思われる。
「う……」
片手をこめかみに当ててうめく。
角ヒアリに止めを刺すべきであるが、体を動かしたせいか、もはや意識を保っていられる自信がない。
ここで寝てしまったら、ダサい服の男の正体が俺だということがダイアナと悠にバレてしまう。
他の勇者達に正体がバレたとしても全員消せば良いが、この二人にバレてしまったら何もかもお終いである。
角ヒアリが完全に絶命すれば、ファンタシーゾーンは縮小するだろう。
やがてここは安全圏になるはずだ。
それでも悠を一人にするのは不安である。だが仕方がない。眠い。
ダイアナの正体についても調査する必要があるだろう。だが今は無理だ。眠い。
俺はその場を離れることにした。
「あの化け物を瞬殺?」「強い」「強いけどダサい」「ダサい」
「マッテ!」
後ろに勇者達とダイアナの声が聞こえた。
だが俺は止まらなかった。
***
「うむむむ……、ハッ!」
見回りで見つけた水の流れていない排水路の横穴で目を覚ます俺。
周りに人の気配はない。
スマホを見る。もう午後である。悠からの着信がたくさん来ていた。
着信音は切っており、バイブレーションで着信を知らせる設定にしているが、振動に気づかないくらい深く眠ってしまったようだ。
これはまずい。
焦っているうちに悠からの着信があった。
「もしもし」
「兄さん?」
「ああ」
「今どこにいるの?」
ファンタシーゾーン縮小の後、悠は学校に戻り、俺の姿が無いことに気づいて電話したのだろう。
何と答えるべきか。
悠の友人二人を学校に避難させた後、何も言わずに外に出てしまった。
下手なことを答えたら怒られそうだ。
俺は嘘をつくことにした。
「町の人の非難を手伝ってたんだ。そしたら疲労のせいか倒れちゃって、介抱されてたんだよ」
「大丈夫なの?」
「ああ、大丈夫。悠こそ大丈夫だったのか?」
「うん」
「今は学校か?」
「うん」
「そっちへ向かうから学校に居てくれ」
「うん」
収納から今朝着ていた服を取り出して着替えると、悠の通っている学校へと向かった。
***
学校に到着すると、学校に避難していた人達が帰っていくところに出くわした。
前回のフェスティバロでは、俺が角ヌートリアを素早く殲滅したので避難指示が出ることは無かった。しかし、今回は一度目のフェスティバロを人々が経験していることに加え、魔物の殲滅に時間がかかったため、避難指示が出てしまったようである。
避難指示が出たので本日の学校の授業は中止になってしまったと思われる。いかん。悠はまだ義務教育の最中である。ただでさえ入院で出席日数が少ない状態なのだ。まだ大丈夫ではあるが、今後もこのような事態が続くとなると進学に影響してしまうかもしれない。
この町から引っ越すべきだろうか? いや、引っ越し先にプルフェを監禁する場所が必要だし、ファンタシーゾーン周辺を見張れるここから引っ越すのは無しだろう。
フェスティバロ発生のたび、ファンタシーゾーン外に出てきた魔物を俺が素早く殲滅すれば問題ないのだが、今回のように俺が思うように動けないケースは今後も出てくるだろう。フェスティバロの即時制圧を任せられるよう、勇者達にある程度レベルアップを促す必要があるかもしれない。
そういえば既にレベル5以上に達した勇者達はあの後どうしただろうか?
ファンタシーゾーンに入れることに気づいた者もいただろう。そいつらはファンタシーゾーン内を調査しようとするはずだ。
スキル取得が可能ならまた違うのだろうが、レベル5程度では数人で協力して戦ったとしても角キョン一匹にかなわないという事がわかっている。無茶して奥に進んで角アライグマに遭遇して全滅させられてたりしないだろうか。
「まあ、ファンタシーゾーンの外に逃げれば助かるし、大丈夫かな?」
フェスティバロを抑えるために働いてほしいので、勇者達にはできるだけ数を減らしてほしくない。無茶する者が居ないかたまに見回った方が良さそうである。
***
学校の敷地内に入ると、悠と悠の友人が迎えてくれた。
「兄さん、心配したんだよ?」
”可愛い”の怖い顔。至福である。
「心配かけてすまん。だけどお互い様だぞ? あの後一体どうなったんだ?」
「お兄さん、悠ちゃん凄かったんですよ」「この動画見てください」
悠の友人がスマホを俺に向け、動画を再生した。
『たあーっ!』
そこには角ウシガエルに体当たりをぶちかます”可愛い”の姿が映し出されていた。
どうやら町の人々が悠の活躍をスマホで撮影していて、それをネットにアップしたようである。
そこには”可愛い”が浮遊している姿がハッキリと映し出されていた。
少し眠って頭がややスッキリした状態でこの事態について考えてみれば、やってしまったと言わざるを得ない。
俺が疲れてフラフラで無かったなら、二度目のフェスティバロ発生と同時に角ウシガエル達を殲滅し、悠を戦わせることは無かったはずだ。
これから悠は浮遊特性について色々なところから質問攻めにされることだろう。
マスコミが家に押しかけてきて、対応を誤ればあらぬ噂を立てられてワイドショーの餌食に……。
いやまあ、そこまでいかないかもしれないが、万一にもプルフェの存在を悟らせるわけにはいかない。
事態の収束までの間に俺は何人の人生を終わらせることになるだろうか。
後悔しても過ぎてしまったことは仕方がない。
粛々と対応するのみである。
ただ、悠が人々を助けるために戦う姿が拡散されたのは良かったと言える。
これにより、悠に対して心無い言葉を投げかける者はいなくなるのではなかろうか。
断りなしに”可愛い”の写真を撮ろうとする者を止めるのも、このような情報拡散の後では無意味だろう。
動画から目を離し、”可愛い”を見る。
「悠、大活躍だったんだな」
「そんなことないよ」
照れる”可愛い”。可愛い。
『ゲゴオオオ!』
変な鳴き声に気づいて動画に目をやれば、角ウシガエルが”可愛い”の体当たりによって吹き飛んでいた。
「凄い威力の体当たりだな」
「怪物化も、悪い事ばかりじゃないみたい」
悠は自分が怪物達と戦える力を身に付けた理由を、魔物化が原因であると考えたようだ。
悠はほとんど未知の敵相手に、命を懸けて戦った。
兄としてはもう危ないことはするなと言うべきであるが、魔物化を肯定的に考えてくれている今の状態を変えさせたくなかったので、言わないことにした。
悠に関する問題については、これからどうするべきかの考えが大体まとまった。
だがもう一つ、俺は大きな問題を抱えている。
ダイアナのことだ。




