9 智朗、妹の恋を目撃する。そしてデレる。
「こいつら全部を相手にするのは無理だ、全員撤退しろ!」
山形は周りに居る勇者達に撤退を指示した。
「でも、このままじゃ町が!」
抗議する香ちゃん。
「諦めろ! 今を生き残って、こいつらがバラバラになったとこを確固撃破しか道はねえ!」
山形の判断は正しいと思われる。
「ウォーン」
角キョンの一匹が、足をすくませて動かない勇者の一人に突進した。
「うわあああ!」
だが、角キョンの角がその勇者を貫くことは無かった。
「逃げて!」
角キョンと勇者の間に入り、角を受け止めたのは”可愛い”であった。カッコイイ上に可愛い。
「たあーっ!」
角キョンの群れに突進する”可愛い”。無謀可愛い。
「よし、ここは任せたぞ!」
山形は両手に怪我人を複数抱え、町に向かおうとする。
「おっさん! あの子だけじゃ無理だ!」
香ちゃんが異を唱える。
「怪我人が優先だ!」
「私は残るぞ!」
「ああくそっ!」
「あーっ!」
可愛い声に二人が目をやれば、”可愛い”が角キョンの群れに頭突きでお手玉されていた。可愛い。
お手玉されている”可愛い”にほとんどダメージはないようだが、念のため回復スキルは構えておく。
「今助ける!」
金田君が角キョンの背中に飛びついた。
が、すぐに振り落とされる。地面に倒れた金田君を、角キョンの踏み付けが襲う。
「ぐわーっ!」
みるみる傷ついていく金田君。回復スキルを行使してやっても良いのだが、眠いのでやめておく。
「くそっ! やめろ!」
香ちゃんが体を捻り、角キョンの足に蹴りを見舞う。
だが角キョン達は気にせずに金田君を踏みつけ続ける。
「ぐわーっ!」
このまま金田君は角キョン達に踏み殺されてしまうのか、そう思い、眠いながらもワクワクしたその時である。
ドキャッ!
角キョンの一体が吹き飛び、錐揉みしながら地面に落ちた。
地面に倒れたまま動かない角キョンの様子を見れば、首があらぬ方向に曲がっており、絶命していた。
「ワタシガ アイテダ!」
高い声で発せられた片言の日本語。声の主を見てみれば、まだあどけない少女の姿。
金髪を三つ編みにされ、白いシャツに肩ひものあるズボン、白いスニーカーを履いているが間違いない。
ファンタシーゾーン内で出会った、あの少女である。
その手には鉄パイプが握られていた。
「はあ、はあ。ダイアナ、離れないでって、言ったでしょう、はあ」
少女の後に、スーツ姿の女性が走ってきた。手を膝につき、肩を上下させている。
ファンタシーゾーン内に居るという事は、この女性もレベルが5以上あるということだ。
「ジャムサン、オソイ!」
少女はダイアナと言う名前のようだ。俺はダイアナに観察スキルを行使した。
レベル:10
装備 :鉄パイプ+1
俺は目を疑った。
ダイアナのレベルが10と高かったのにも驚いたが、ダイアナの持つ鉄パイプが強化されていることに何よりも驚いた。
ダイアナは武器強化の方法を知っている。それが何を意味するか。
ダイアナは状態確認の方法も、スキルの取得方法も、アイテム作成の方法も、知っている可能性がある。
これは俺にとって非常にまずい事態である。
あの時、ファンタシーゾーン内で会った時、ダイアナを殺しておくべきだった。
今すぐに殺すべきか。いや、彼女の正体がわかるまでは殺すべきではない。
それに、武器強化の方法等の情報を誰かに伝えたかについても吐かせる必要がある。
情報を持つ者を全員殺せば、魔物化解除薬が作成されることはない。
「ハアアアッ!」
ダイアナをどうするか考えていたら、ダイアナは角キョンの群れに突っ込んでいき、鉄パイプ+1で角キョン達をなぎ倒し始めた。
みるみる数を減らしていく角キョン。
そしてダイアナは跳躍すると、角キョン達にお手玉されていた”可愛い”を空中でキャッチした。
これは……、
お姫様抱っこである!
地面に着地したダイアナは”可愛い”を見つめて言う。
「ダイジョウブ?」
「あ……、ありがとう……」
顔を赤らめて礼を言う”可愛い”。いかん。
「ぬわーっ!」
胸を抑え、倒れこむ俺。
今、悠が見せたのは、これまで一緒に生きてきた俺が一度も見たことの無い表情である。
あれは……。
あれは恋だ。
妹が恋に落ちる瞬間を目撃してしまった。
頬を赤らめた”可愛い”の想像を絶する可愛さに、俺の心臓はヘビメタのドラムのようにビートをうんぬん。
同性愛だとかそんな細かいことはどうでも良い。
俺だってもしダイアナが少年で、危機を救ってくれて、お姫様抱っこされたとしたら、恋に落ちない自信は全く無い。
恋する”可愛い”、あんなものを見せられてしまったら、もうそれ以前には戻れない。
”可愛い”がこの先、あんな表情を見せるのは、ダイアナしかいないかもしれない。
それを見ることが出来なくなる可能性がある以上、もはや俺にダイアナを殺すことはできない。
俺はどこで、何を間違った?
ダイアナが悠を地面に下ろした。
「タテル?」
「う、うん……」
”可愛い”は顔を赤くしたままダイアナの顔を見つめ続けている。可愛い。
ダイアナにジャムと呼ばれていたスーツの女性も特殊警棒を取り出し、角キョンと戦っていた。
あの特殊警棒、痴漢撃退グッズかなにかだろうか。
「おい、しっかりしろ!」
香ちゃんが金田君を引き起こした。
「うぐぐ……」
今にも死にそうな金田君に、こっそり回復スキルを行使してやった。
ワクワクで俺の眠気を多少なりとも飛ばしてくれたお礼である。
「もう駄目だ……、痛みを感じない……」
金田君は傷が治ったことを勘違いしたようだ。
「痛みが無いってそれ……、おい、死ぬなーっ!」
香ちゃんは金田君の胸ぐらをつかんで揺さぶりたおした。
脳を揺さぶられ、白目を剥く金田君。
俺が回復スキルを行使していなかったら、金田君は本当に死んでいたかもしれない。
山形は怪我人を逃がすように、他の勇者に指示を出していた。
「サガッテテ」
「あ……」
ダイアナが悠に背を向け、角キョン達に向き直った。
「ハアアアッ!」
ダイアナが鉄パイプ+1を振るい、角キョンを蹴散らしていく。
それをジッと眺め続ける”可愛い”。可愛い。
「ウッ!」
「あっ」
ダイアナが被弾した。それを見て口を手で抑える”可愛い”。可愛い。
意を決した表情になると、空中へ浮かび上がる”可愛い”。
「たあーっ!」
”可愛い”は叫び声と共に、ダイアナと対峙しているキョンに向けて突っ込んでいった。
***
ダイアナと”可愛い”の活躍により、角キョンの群れは全滅した。
「やったぞ!」「信じられねえ!」「あの子超可愛い!」
今度こそ勝利したと、勇者達が湧く。
そんな中、”可愛い”はダイアナと対面し、まごまごしていた。可愛い。
「ワタシ、ダイアナ・ザーディ、アナタハ?」
「あう……、ゆ、悠です……」
ダイアナとの会話で、コミュ障ぶりを遺憾なく発揮し、うつむく悠。
悠の恋の前途は多難そうである。
ともあれこれで二度目のフェスティバロによる騒動は収束する。
そう考え、ほんの少し気を緩めてしまった俺は一瞬意識を手放した。眠気の限界である。
バキバキバキ!
大きな音に、俺の意識が引き戻される。
「キシキシキシ!」
木々をなぎ倒し、顎から不快音を発生させつつ、巨大な何者かが姿を現す。
六本の細い足、頭には角と、こん棒状の触覚、大きな顎、赤茶色の体だが腹部は黒く、毒針が生えている。
それは見上げるほどに巨大なヒアリであった。
恐らくこいつがファンタシーゾーン内に出現した大型の魔物であろう。
「な、なんだよこれ」「でか過ぎる……」「もう勘弁してくれよ」「い、EDF……!」
勇者達が絶望を口にする。
だがダイアナは臆さず、鉄パイプを角ヒアリに向かって構えた。
「ワタシガ、アイテダ!」
「駄目!」
悠はダイアナを止めようとした。
だがダイアナは角ヒアリに向かって走り出した。
ダイアナの動きは速かった。
角ヒアリとの間を一瞬で詰め、大きな頭部を鉄パイプで殴りつけた。
だが角ヒアリの方がもっと速かった。
ぬるりと鉄パイプを避けたかと思うと、大きな顎でダイアナの腕に噛みついた。
ほとんど抵抗なく、ダイアナの腕は切断された。




