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ヤオヨロズ──中道録  作者: 隼理史幸
信頼という木と、恨みという根
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何だろう、変な感じ。

「あれっ、青柳? どうしたの?」


 一通りの話を終え、帰路に着こうとするふたりを引き留める声を聞き、ほぼ同時に振り向く。碧色に染めた髪の、今時の風体の少女だった。


「…確か、本出林檎…だったな。」


 九龍は先程までの軽やかな雰囲気から一変し、まるで試合の開始を待つ武道家のような身構えかたをする。


「ちょっ、怖いな。そんなピリつかなくていいじゃん。」

「……癖だ。許せ。」


 やや不満混じりの謝罪も本出の耳にはほぼ届いておらず、彼女の興味は既に隣の少女に移っていた。


「隣のは? カノジョ?」

「そんなわけあるか。後輩だ。」


 刺のある返事を即答で返され、手厳しいなぁ、とのらりくらりとした態度を取る彼女に、九龍は微かな違和感を覚える。


 以前彼を交えた四人の情報交換の折、本出林檎の放った鋭い目線が深く印象に残っていた。それが今日は一切見受けられないことに、なまじ意識的に身構えていたが故に肩透かしのような思いを感じざるを得なかった。


 訝しむ九龍とは対照的に、現れた上級生とは初対面にあたる琥珀はどことなくひりついた空気を肌で感じながら、一歩前へ踏み出し礼儀として言葉を紡ごうとする。


「えっと、自己紹介した方がいいですね。私は───」

「守凪琥珀さん、だよね?」


 びくり、とふたり揃って肩が跳ねる。そして次に反射的に目を合わせ、病院に入ってから交わした会話の記憶を一瞬の間にたどる。が、本出はすぐに答え合わせをするかのように続ける。


「知ってるよ。だってこの間の中間テスト、トップ10に入ってたでしょ。かわいくて頭いいって、話題になってたんだよ?」


 本当か? ともう一度目線を配れば、肯定の意図で小さく頷いて返す。


「あ、さっき言われちゃったけど。わたしは本出林檎。もう会ったかもだけど、胡桃のトモダチ。ヨロシク」

「あ、はい。よろしく、お願いします。」


 ややぎこちなく対応する琥珀とは対照的にフレンドリーな、それでいて本出はまたつかみ所のない態度を取る。そんな彼女に九龍は怪訝な顔のまま尋ねる。


「というか、なんでお前がここにいる。俺より前にお前にノートを持っていってもらおうとしたら、もうフケてたって話だ。先生が愚痴ってたぞ。」

「あはは、それは失礼。ちょっと外せない用事があってね。さっき面会終わりに売店で立ち読みしてたら、あんたたちが現れたってワケ。」


 やや気安く話しながら、本出は指をカメラのように翳すと、九龍と琥珀の距離感を利き手で測る。


「で、君らは何の用? まさか病院デート?」

「違うって言ってるだろう。そうやって何でもかんでもそっちに繋げるな、鬱陶しい。」


 心底厭そうな顔を見せる九龍。琥珀もやや拒否的な反応を示しつつも、その口元は複雑そうな心持ちを表すようにつり上がる。


「じゃあ何の用なのよ?」

「……業腹だがあの女の見舞いだ。今日返却のノートを渡してこいってな。」

「えっ、マジ?」


 口元を細い指で覆い、心底意外そうな顔を見せる本出。野次馬根性を丸出しで興味津々な素振りで九龍の挙動を観察する。


 それに対抗するつもりはないにしろ、九龍の方はあまり機嫌がいいとは呼べない眉間に皺を寄せた顔で答える。


「業腹と言っただろう。本当はアイツと仲いい…加々尾だったか。彼女が持っていけばいいんだが、奴さん今日は休んで事故った仏味に付きっきりでな。で、偶々暇を持て余していた俺に御鉢が回ってきたわけだ。」

「ははぁ。それは申し訳ない」


 今一つ真剣味に欠ける態度を取りながらも、九龍の裏腹など想像する余地のない、好意の欠片もないといった反応を鑑みると、みるみるうちに表情が冷めたものに変わっていく。


「…しっかし、なんだ。はぁーっ。」

「…?」


 琥珀は思わず首を傾げていた。目の前の明るく今時の高校生、といった相手の第一印象がひっくり返るような冷めきった態度に、胸の奥の何処かが引っ掛かるようなものを感じていた。


「…つまんないの。」


 今度は関心があるのかわからない、といった印象を与える返事をしながら、そのまま帰路に着こうと病院の入り口まで歩き始める。


「んじゃ、わたしはこれで。バーイ。」


 口調は明るく、手をぶらぶらと振りながら、しかし決して振り向くことなく、悠々とした足取りで開かれた自動ドアの前にまで着く。


 琥珀は、顎に指を添えて思考を巡らせる。背中を見せ、これから去る相手について。気さくなようで、その実感情は薄味、という感想がまず浮かび上がる。


「何だろう、変な感じ。」


 ぴくり、と本出の眉が動く。発言者からすれば、なんということのない、思わず口を突いて出たという呟き。


 それを耳にした途端、先程まで張り付けていたつかみ所のない顔が変容を見せた。


 自動ドアが閉まる。彼女は気がつくと、自分がドアの先ではなく踵を返して再び発言者へと向き直り歩いていた。


「…変って、何が?」


 さながら逆アルカイックスマイルというべき表情を浮かべ、本出は後輩を名乗る少女へと問う。


 一方の問われた側の紫苑色の髪の少女は、細く綺麗な指でもみ上げをいじりながら、自らの抱いた違和感めいたものを脳内で形容化して答えていく。


「ごめんなさい。その、悪い意味ではなくて。なんだか、あんまり焦ってる風じゃないというか、やけに明るいな、なんて。」

「? 明るいのは確かだけど、それが?」

「いえ。…何て言うべきですかね。明るすぎる、というか。トモダチ、が事故に遭ったのに、……全然、心配してないんですね。」

「……は? 何、どういうこと?」


 本出の表情は忙しく変わり、今度は眉間にしわを寄せ、あからさまに機嫌を損ねていそうな顔が表れる。


 琥珀のほうも、意識してか知らずか、口調が普段と異なっている事に彼女自身が気づいていない。


「あー、いや。違くて。なんというか、本出さんって、意外と冷たいな、なんて。」


 慇懃無礼、という言葉が似合うその語り口に、眉間にいっそうのしわが寄る。口もその心境を反映させたように尖らせる。


「…なにそれ。どういう意味よ。」


 そこへ、静観していた九龍が割って入り待ったをかける。導火線の火をすんでのところで、水を掛けにかからなければ、と修羅場一歩手前に突っ込む。


「ストップだ、二人とも。こんなところでヒートアップしてどうする。」


 数日前も似たようなことがあったな、と内心げんなりしつつ慣れないながらに仲裁を試みる。


 水入りで興が醒めた、といった面持ちの本出は詰め寄る足を止め、多少なりとも先程までの余裕を取り戻して応対の用意をする。


「えっと、本出は、学校の帰りで寄ったってことだよな?」

「…そんなとこよ。別に見舞いで学校まで休まなきゃダメなんてワケないでしょ。」

「…まあ、それはそうですけど。」


 流れる空気は相変わらず剣呑なままであったが、お互いにこれ以上のいがみ合いは避けようという意思は共通していた。どちらも頭を下げることなく、目線も合わせなかった。


「ふん、もう帰るわ。クルミはわりと平気そうだったし、こんな消毒液臭い場所に長く居たくないわ。」


 踵を返し、足取りは不機嫌きわまりなく、端からは近寄りがたく見える雰囲気を隠そうともせずその場を後にしようとする。


「おい、本出。」


 九龍の呼び止めに、自動ドアの先から吹き出す温い風を浴びながら、平時とは似ても似つかない鋭い目線だけを掛けられた声に動かし対応する。


「もう暗い。寄り道せずにとっとと帰れよ。」

「…はーいはい。わかりましたよーっだ。」


 まるで拗ねた子供のように舌を小さく出し、本出は刺々しい気配を撒き散らしながら病院の自動ドアを抜けていった。

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