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ヤオヨロズ──中道録  作者: 隼理史幸
信頼という木と、恨みという根
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お見舞い?

「ねえ、狐さん。いいかな?」


 質問を述べようとするミシェルに『はい、なんなりと』と狐面は受け答えの準備の是非を告げる。


「もしかして、その、反応を示したとか、というログって残ってない?」

「ログ、というと?」


 それを聞き、鸚鵡返しで問う琥珀。


「琥珀ちゃんの端末は、その事故現場に居た、女? に反応したんだよね。」

「確証は、無いですけど。」

「狐さん、その、<ヤオヨロズ>にすれ違い通信? そういうののログって見られるのかな?」


 その質問に対し、琥珀の端末の狐面は暫しの沈黙の後、その回答を示す。


『……確認しました。すれ違い、ユーザー反応です。ユーザー名<アノニマス>』

「<アノニマス>ね。それが、琥珀さんが見てたやつってことか?」

『肯定します。守凪様の今日まで感知なさった、フレンド以外のユーザーはその方のみでございます。』


 名前を聞くと、顎に指を添えて首を捻るミシェル。何が腑に落ちないのか、と思い琥珀は質問を投げ掛ける。


「どうしましたか? 何か聞き覚えが?」

「いや。ただ変な名前だな、って思っただけ。」


 九龍と琥珀のふたりは首を傾げる。このユーザーの名前はただのカタカナの名前にしか見えない、といった様子である。一人だけ訳知り顔な様子が引っ掛かり、次は九龍が質問を振る。


「変って? どういう意味なんだ?」

「確か『匿名』って意味だよ。ハンドルネームのことを指すなら、言い得て妙かもね。」


 匿名。その意味を聞き、ふと九龍の脳裏に甦るものがあった。


「…ちょっと待て。俺に一回襲ってきたやつも、似たような意味の名前だった。確か、『張三李四』ってやつだ。」


 それを聞き、また顔をしかめるミシェル。パズルのピースが揃っているのに、それをはめ込む下地が無いといった煮え切らない様子でただ唸るのみであった。


「…はぁ、『匿名』に『どこにでもいる人』ねえ。」

「偶然、にしては妙に引っ掛かりますね。」

「確かに、なんか繋がりがあるかもだ。クロウが出くわしたのも、こいつも、アプリを悪用してる。」


 そこまで述べたところで、深く溜め息を吐くミシェル。雲をつかむような、目に見えるようで核心がわからない、というもやが掛かった気持ちを吐く息に思い切り込めていた。


「……その意図はわからない以上、根拠の薄い仮説を重ねる程度しかできないのは歯痒いけど。」


 意図。それを掴む為の要素さえ分かれば、次に何が起こるかを想定できる、とミシェルは思考に耽るも、取っ掛かりを見つけられず出来ることはため息を断続的に零すのみだった。


「少なくとも、次のターゲットがわからないのが気掛かりですよね。先輩の知人が狙われたと思ったら、今度はバスの運転手。前者なら兎も角、後者はちょっと……」

「……」


 今度は九龍が唸り声を上げる。腕を組み、あーでもないこーでもないと、達磨のように左右にぶらぶらと揺れている。


「正直、解せねえ。今までの仮定だと、この学校の生徒、それも女だろ?」

「そうなるね。何か引っ掛かるものが?」

「…なんか、腑に落ちないっていうか。話の蒸し返しになるんだが、やっぱターゲットに一貫性がないというか。動機がわかんねえっていうか。」

「……まあ、そうだよね。分かりやすいので言えば、気に入らない先生とか、カースト上位の鼻持ちならないヤツとか、そういう人間に害を及ぼすなら、まぁ、理解はできるよ。」


 理解はできると口にしつつも、その言葉はオブラートで過剰包装した上で発言されている。九龍もそれ汲み取っているため、あまり踏み込んだ話題には発展させず次にもっていこうとする。


「でも、あの人はただのバスの運ちゃんだぞ? そんな、恨み買うような柄じゃない筈だ。それこそ、俺らと同じ年代の女子になんて、縁なんてあるか?」


 動機は何か、その考察の最初の回答として琥珀は徐に挙手した後に述べる。


「ちょっとイヤな理由ですけど、<ヤオヨロズ>のことを知ったから消した、とかですか?」

「断言はできないが、線は薄い。あの人は俺の知る限り電子機器の扱いは疎い。<ヤオヨロズ>のことなんて知ってる訳ない。」


 フイに終わった、と思われたその次に、今度はミシェルが述べようとする。が、目の定まりが悪く、珍しく言い淀む様子が余計に気掛かりになった聞き手のふたり。


「どうしたんです? 顔を伏せて…?」

「いや、さ。あんまり、考えたくないんだけどさ。理由とか、無かったりして。」


 九龍の目つきが豹変する。追い求めようとしている人物像に、おおよそ考えうる限り最悪の要素が当てはまると理解してしまったからである。


 まさか、という表情を浮かべ、歯をぎりぎりと鳴らすその姿から、彼の胸中が伺える。


「ボクらはさ。この<ヤオヨロズ>が怖くって仕方ないじゃない。でも、全員が全員そう思ってる訳じゃない。使い方次第じゃ、これを使って誰にも知られず嫌なヤツを消すのだって……。」


 その先は九龍の制止で打ち切られた。彼の放つその圧力に、押し黙るしかなくなった。


「……おい、じゃあ何か。今回のそいつは、特に理由なく人をあんな場所に放り込める畜生だってのか?」


 詰め寄りながら顔を近付け、その眼を見ながら問う九龍。その姿はあまりに剣呑とした、理不尽に対する怒りに満ちており、照り付ける太陽の暑さを忘れるような冷たさが背中を駆け巡っている。


「お、落ち着いてよ。ボクだって全部がわかってるわけじゃないんだから。」

「…すまん。」


 血の昇った頭を引き、先程とは売って変わって大人しくなる九龍。しかし、握り締める拳は解いてはおらず血が滲んでいる。


 夏が近づいてくるというのにも関わらず、空気が刺すようなひりひりとしたものに変わっていく事に、耐えきれなかった琥珀が流れを叩き切るように挙手をする。


「……その! お見舞い行きませんか!?」

「「…お見舞い?」」

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