身から出たサビ、って思ってるワケか?
「……で、何から聞きたい? 詳しくは知らんぞ。」
やけ酒でも煽るように、コーヒーを飲み干していく九龍。胡桃はしばらく考え込んだ後、カップが空になるまでを見計らってから返答する。
「とりあえず、あの世界のコト、全部。」
大雑把な、と愚痴を溢されムスッとした顔で不満を露にする胡桃。仕方ない、といったふうにポケットから携帯端末を取り出し、アプリを起動させテーブルの中央に置いて彼女にも画面が見えるようにする。
「お狐さん、少しいいか?」
『はい、どうぞ。何なりと。』
「うわっ、狐が喋った!?」
デジャ・ビュを感じるリアクションを無視し、狐面のキャラクターに質問を投げかける九龍。
「このアプリ、ひいてはあの世界について、こいつに知る限り説明してくれ。出来るよな?」
『……はい。長くなるため、文章として出力する形になりますが、構いませんか?』
「構わん、やってくれ。」
『──承知しました。』
オーダーを受けると、画面へとすぐに活字の山が出現する。画像つきでまるでプレゼンのような分かりやすくまとめられたそれを一通り読み終えて、胡桃は溜め息を吐く。
「……信じらんない。なにこれ、オカルト?」
「だろうな。俺も未だに半信半疑なのが正直なところだ。」
眉間をつまんで、深く考え込む様子を見せる胡桃。数日前ならば、こんな与太話と一蹴していた。しかし、今の彼女はそれを受け入れざるを得ない下地を作られている。
まだ消化しきれない心持ちを覚えつつ、ぶらりと足を投げ出し、座席にもたれかかる。向かいに座り渋い顔でブラックコーヒーのおかわりを飲む九龍と、彼の携帯端末を交互に見つめる。
「<黒>に<虚>、そしてアプリの<ヤオヨロズ>ね。……マジで意味不明。かといって、あんたがボケかましてるワケでもなさそうだし…」
「…俺も本当のところ、よくは知らない。このアプリも、いったい誰が配ったんだか。ミシェルが言うには、こいつを当初配っていたサイトも凍結済み、サーバーがどこにあるのかもわからないそうだ。」
「……ふーん、あの天才チャンもわからない、ねぇ。」
しまった、と口に手を当てる九龍。犬猿の仲である相手の名前を出されて気持ちがいいわけがない、と申し訳なさげに軽く頭を伏せる。
「いいわよ。そんなのでいちいちキレるほど短気じゃないっての。」
「…なら、いいんだけどよ。」
そういえば、とコーヒーを啜る間に思い出したかのような反応をする九龍。飲み干したカップを皿に置き、僅かに胡桃の顔色を伺ってから尋ねる。
「今度はこっちが質問してもいいか? 勿論、無理強いはしない。」
「…訊きっぱなしもシャクだし、いいわよ。アテになるかは保証しないけど。」
「構わない。お前をあそこに引きずり込んだヤツ…『カーテン』だったか? そいつに覚えは?」
「……ないわよ。ほんとに知らないの。あたしが知ってるのは、帰り道で急に何かが肩に触れたと思ったら、あのよくわかんないトコにいた、ってだけ。」
答えが今一つ納得がいかない、といったように腕を組み小さく唸る九龍。確信が欲しい彼はもうひとつ尋ねる。
「根掘り葉掘り訊くみたいで悪いが、その時一人か?」
「…ええ。アンタと店先で別れたあと、ふたりとも別れて帰る途中よ。あたし、バス通学だから、ちょうど帰りのをバス停で待ってた時、だったかな。」
「バス停…ね。しつこいようで恐縮だが、知ってる人間に、バス通学のは?」
否定の意味を込めて頭を横に振ろうとした、その時。閃光のようなものが彼女の脳裏を走る。今朝の光景が早送りで思い返され、湧き上がるその気持ちを一瞬でも持ちかけた自分を強く責めた。
「…いやいや。無いでしょ。」
手の平を添え顔を被い、横に振りながら俯く。向かい合った先に座りこちらのリアクションに目を光らせるアルビノの少年に悟られないように、小さく呟く。
「…線はなし、か。参ったな。」
気づいていない、とわかったところで溜め息を小さく吐く。徐に目線を上げると、顎に指を添えて思考に耽る九龍が佇む。
ふと、自身の手元にある、透明なグラスの中を見つめる。ドリンクと一緒に満杯まで敷き詰められた筈の氷が、その半分以上が水に変わっていた。
溶ける度にカラリ、と小さくなった氷が音を立てて水底に沈む。次はどの氷が落ちるのだろうか、と予想していた胡桃は、気がつけば口を開かずにはいられなかった。
「ねぇ、青柳。もしかして、なんだけど。」
「……なんだよ。」
歯切れの悪い調子で、空になったグラスの氷をストローでかき混ぜる。一つ混ぜるたび、言葉を選ぶような、そんなふうに話す。
「そいつ、あたしをそのヤバい世界に放り込んだ、なんだっけ、あの変な名前のヤツ……」
「…『張三李四』だな。確か、その辺の、どこにでもいるようなありふれた人、っていう意味だった筈だ。山田太郎とか、名無しの権兵衛とかと同じような意味合いでいい。」
「なんでそんな詳しいのよ?」
「この間、古文の授業で軽く触れてただろう?」
「あたし、古文とか基本寝てるから知らないし。」
おいおい、と肩をすくめる九龍。それを胡桃は無視して話を続ける。
「まぁ、いい。そいつ、もしかして、あたしのこと、知ってたりするのかな?」
「……どうして、そう思う?」
「わかんない。確証なんてない。でも、もしかして、あたしの、今も眠ったままのトモダチの話とも、繋がってたりする?」
「トモダチの話…? この前の諍いの原因だったな。あれが?」
「繋がった、って言うのかな? 犯人はあんたらじゃない、別の、そのアプリのユーザーがやったんじゃないかって。」
「……おい、まさか。」
九龍の背中に嫌な予感が纏わりつく。彼には目の前で何かに怯えているような、震える喉から発せられる言葉の次が自然と想像できてしまった。
「その、『張三李四』? そいつ、今度はあたしの番だって。狙ったのかな、って。」
彼女は顔を俯かせる。今度は震えを堪えるために。
「思い当たる節なら、あるわよ。……言っちゃあ何だけど、あたしはクラスじゃいいポジに居たっていう自覚あるし。それこそ、高校上がる前から、そういう風にしてきたし。」
「……」
同情する要素はない、と冷たい感情が九龍に染み渡る。彼自身、親しくしている一人の少女の顔を思い浮かべれば、眼前の女子高生相手には当然悪感情のひとつふたつはゆうに湧いてくる。
「身から出たサビ、って思ってるワケか?」
金髪染めの頭が縦に揺れる。伏せていて相手には見えないその顔は、今まで見向きもしなかったものを目の当たりにしたことで、ひどい動揺と自己への嫌悪感が滲み出ていた。




