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ヤオヨロズ──中道録  作者: 隼理史幸
信頼という木と、恨みという根
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ハッキリとしていることがある。

 思い出した、と言いたげにミシェルが先程借りた黒い手帳をひらひらとはためかせ、昨日聞かされた出所について確認をとる。


「そうだ、この手帳、確か用務員室で拾ったって、クロウ言ってたよね?」

「ああ。多分、昨日出たチカンの持ち物だと思う。」

「チカン? あの、鳥居さんが打ちのめしていた……」


 一瞬、不憫そうな顔をする九龍。名前も知らない相手の悲惨な目に遭っていたことを思い出し、他人事ながら同情しつつ、今話していることに意識を向き直す。


「最初、届けるかどうかで悩んでいたんだが、こんな仕込みがあるってわかったら、変に外へ出すと危ない気がする。」

「うん、ボクもそれがいいと思う。万が一、誰か変な輩に渡ると面倒なことになるよ。」


 話しているうちに、九龍はふいに思い出す。今まではいくら悩んでも答えが出ない事故、頭の片隅に棚上げしていた問題が、こうして説明を受けたことにより明確な違和感として浮かび上がる様を感じたからである。


「おい、キツネ。俺が昨日遭遇したユーザー…確か<張三李四>だったな? あいつも、ひょっとして<平行移動>のインストールをされてるって考えていいんだよな?」

『……左様に。あの方は<平行移動>を用いることで、貴方様の知人を意図的に<虚>に招来させたと思われます。』


 初出の情報に首を傾げ、ミシェルは挙手を以て問いを割り込ませる。彼女の記憶が正確だったとするならば、青柳九龍という人物の持つ人脈はそれなりのものであり、果ては生徒会長とまで縁がある程である。


「クロウ、知人…って誰の事?」


 些細な疑問に、一瞬言葉を詰まらせる九龍。もしこの場で助ける事となった者の名を出せば、確実にこの浅葱色の髪の少女の機嫌を大きく損ねる事となる。それを避けるため、はぐらかすように返す。


「……まぁ、ただの知り合いだよ、知り合い。それより、昨日のコトだよ昨日の。」


 無理矢理な舵の切り方だったと自嘲しつつも、ミシェルの側もそれ以上は話の腰を折ることになるため、空気を読んでか鎌をかけてくることもなく流した為、話を続けることに成功する。


 九龍はそうして昨日あった事を、知人の名を伏せた上でつまびらかに話す。その上で、あらためて追加された機能についての質問を投げ掛ける。


「とにかく、そいつがホントなら、この機能を使えば、あのやべぇ世界に人を放り込めるんだな?」

『……はい。本来、このアプリケーションはユーザーとして登録された方のみがご利用できるプロテクトがかけられております。しかし、<平行移動>に関してましては、例外的にそのユーザーの許可した方を<虚>に招待も可能とします。』


 それを聞いた三人は、皆々同じような想像が頭を過った。九龍は唾を呑みこみ、ミシェルは忌々しげに舌打ちし、琥珀は思わず立ち上がる。


「──待ってください。その知人さんもしかして……、」

「想像の通りだ。<ヤオヨロズ>なんてまったく知らないやつだ。」

「……そんな。じゃあ、その人、何も知らない誰かに、あんな危ない場所に……!」


 琥珀の声に、身体が震えが走る。脳裏に浮かぶのは、目の前で化け物に襲われる人。あの時刻み込まれた恐怖を思い出し、あれと同じような目に遭わせた何者かへの怒りが、震えとして現れている。


 その気持ちを汲み取り、痛みがどれほどのものかと理解できる九龍も今はそれを伏せて、幼子をなだめるような口調で語りかける。


「……琥珀さん。落ち着いてくれ。あん時の気持ちは、こっちにだって伝わってる。」

「………はい。」


 歯を噛み締め、立ち上がった勢いで倒れたパイプ椅子を立て直して座る。こほん、と咳払いをして場を仕切り直すと、話の結論をつけようとする。


「正直、何が起きているのか、俺には何がなんだかさっぱりだ。ただまぁ、ハッキリとしているコトはある。そいつは、この機能は、実に危険なモノだっていうこと。そして、少なくとも俺ら以外に一人、これの機能を使えるヤツがいるってコトだ。」

「ああ。クロウの言う通り、そんなのを野放しにしていたら、何が起こるかわかったもんじゃない。」

「ええ。そんな人、許せません。必ず捕まえないと。」


 そうと決まれば、と方針を定めんとする三人。


「んー、持ち主っぽい、あのチカンは今何処にいるかはわからん。鳥居さんがサツに引き渡して、それっきりだからな。」

「そうなると、接触も難しいですね。どうします? いっそ、この手帳処分してしまいますか?」

「安全を考慮するなら、ね。でも、まだなんかある気がするんだよね、それ。」


 そう言って、ぱらぱらとページを流し見するミシェル。まだこれに何かあるか、と狐面に訊くが、首を横に振られる結果に終わる。


「天才のカン、ってやつか?」

「そんなんじゃない。ただ、なんかしらキーアイテムであるのは確実だろうね。」


 パタン、と手帳を閉じる。ちょうど予鈴のチャイムが鳴り、昼休みも終わりが近いと告げていた。


「こいつ、ボクが預かってていい? 叩けばホコリが出てきそうだからね。」

「ああ、頼む。俺よりか、お前のほうが何かわかりそうだからな。」

「ご期待に添えるよう善処するよ。」


 それで一応の話の決着がついたようで、皆々が席を立ち、生徒会室を後にしようとする。


「……?」


 そこへ、ふと扉のくすんだガラス越しに何かのシルエットを見つける九龍。シルエットは咄嗟に逃げるように消え去る。


 一番先に席を立ったミシェルもまたそれに気付き、その挙動を不審に思えた彼女は急ぎ足で唯一の出入り口に立ち、ドアを勢いよく開くのだった。

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