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ヤオヨロズ──中道録  作者: 隼理史幸
信頼という木と、恨みという根
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……『張三李四』って、これが相手の名前か?

「ケルちゃん! あんまり怖がらせるんじゃないの!」

『だからぁ! ケルちゃんって呼び方はやめろって!』


 ごわついた<ケルベロス>の毛並みをまさぐり窘める九龍。そんな中で、胡桃は尻餅を着いたまま自らの置かれた状況の処理が追い付かない様子で、金髪染めの髪を掻きながらうわ言のように繰り返す。


「な、なんなのよ。なんなのよここは……!?」


 頭を抱えて踞り、半ば恐慌状態に苛まれる胡桃に、九龍は「くそっ」とこぼしつつも、彼女の肩に両手を置き、しっかりと相手に聞き取れるとよう語りかける。


「落ち着け。俺の声が聞こえるな?」

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

「息を整えろ。ゆっくりでいい」


 呼吸があるべきリズムに戻り、それが混乱した思考を正常に戻す助けにも繋がる。極度の緊張から発した汗も、今はひとまず止まり、彼女の身体をじっとりと包み微かな不快感を覚えさせる。


「……もう平気か?」


 優しく掛けられる声に頷く。それを確認した九龍は彼女を<ケルベロス>の背に乗せて、その後すぐに自分も乗り込む。


「すまない。安全なところまで頼むな?」

『ったく、調子の良い奴だ』


 巨躯をもって番犬は疾風のごとく駆ける。目まぐるしく変わる景色を呆然と眺めながら、


「──ねぇ、あんたさ…」

「何だ?」

「あんた…、なんなの?」


 首を傾げる。要点を得ない質問には答えられない、という雰囲気を汲み取ったか、喉元まで来た言葉を呑み込み、彼の顔を見ずに言う。


「ごめん。忘れて。今まだ、ちょっと頭ごちゃごちゃしてるから」


 それきり、九龍と胡桃との会話は打ち切られた。駆け抜ける<ケルベロス>の受ける風はどことなくじめじめとして、同時に乾いたような感触がし、この世界の空気は自分に合わなそうだとこぼす九龍。


 そんなことを噛み締めていると、ふと先程怪物達をあっさりとあしらった<ケルベロス>に向けて、湧いて出てきた疑問をぶつけることを試みる。


「しかしケルちゃんよ。あの怪物、普通にぶっ潰してたけど平気なのか?」

『その呼び方やめろって。……ああ。別に大したことない。あのヘドロ野郎は言うなれば出来損ないよ』

「出来損ない?」

『そうだ。俺らはお前らの持つアプリで<カミサマ>という形に精錬されたおかげで、こうして独立した存在としてここにいる』

「精錬される……ね。もともと残滓だったモノを原石として、それを綺麗に研磨して、美しい宝石にする……みたいな?」

『まあ、大体そんな感じだな。んで、あの泥人形どもは違う。自我のない、亡霊紛いの出来損ない。戦闘の必要すらないザコだな。』


 成程、と会釈しつつ赤々とした空を呆然と眺める九龍。廃墟の谷間を駆ける<ケルベロス>の身体に受ける風を感じつつ、不愉快に感じている空気に微かながらストレスを覚えていた。


「……とにかく、早く元の世界に帰らないとな。安全なエリアまで急いでくれ」

『ヘイヘイ、ウチの契約者は<カミサマ>扱いの荒いこって』

「久々に走り回れたから良いだろ?」

『不完全燃焼だっつの。一時間制限とかふざけてんのか』


 文句を垂れながらも<ケルベロス>は頼まれた仕事はこなす、と言いたげなのか、いっそうの加速をつけて駆け抜ける。彼にしがみつきながら目まぐるしく景色が移り変わる様を眺めていた九龍に、抵抗のつもりのぼやきを溢す。


『ったく、何だって俺がこんな使いっ走りを。俺はどこぞの<アナンタ>みたいなタクシーじゃねぇんだぞ』

「おっ、尻尾が蛇なのに掛けたギャグか?」

『ギャグだとォ!? 御主人(マスター)と言えどあんまり舐めた事ぬかすなよ!?』

「ああ、わかったよ。わかったから。……取り敢えず前見てみろ、前を」


 九龍に促され、<ケルベロス>はしぶしぶ前を向けば、先程一蹴した敵と同様の相手が群れをなして現れる。これを見るやいなや、急に肩をならして俄然やる気を見せる<ケルベロス>。


『ちょうどいいぜ。ここ最近は暴れ足りなかったんだ。ザコでも何でも、ぶち転がしてやるぜ!』


 オオーン!! と狼もかくやという雄々しき咆哮を上げて、臨戦態勢に移る。冥府の番犬の二つ名に相応しいその荘厳な姿に、その番犬に跨がっている九龍がいちばん背筋が凍りついていた。


 甲高い叫び声で耳鳴りが酷い頭を振りながらも重荷になるだろうと慮り、<ケルベロス>から降りると、唐突に携帯端末に通知が届く。


『………青柳九龍様、他のユーザーの反応、ありました』

「──なんだと?」


 状況の把握に努める九龍。ポケットから端末を取り出し画面を見てみれば、そこに簡単な地図のようなものに一点のマーカーが印され、相手の名がしっかりと刻まれていた。


「…『張三李四』って、これが相手の名前か?」


 その疑問に答えるかのように、泥の怪物の軍団は道を空けるように道の隅に寄り、中央から何かが彼らに向けて歩み寄る者が見えた。


 現れた謎の人物をじっくりと観察する九龍。従えている<カミサマ>と比較して小柄に見え、ともすれば自分よりも背丈が低く見えるその黒いフード姿の相手であるが、それを思わせないような雰囲気に、息を呑む。


「……あんた、なんのつもりだ?」


 問いかけに対して、無言を貫くフード姿の相手に九龍は眉をひそめる。新しい脅威に蹲る胡桃の肩に手を置き「大丈夫だ」と声を掛ければ、黒フードの姿を見るや否や、血の気が引いて顔色が蒼くなり腰が引けてしまった。


「おい、しっかりしろ! 怖いのはわかるけど───」

「あいつよ……!」


 すがり付くように胡桃は九龍の後ろに隠れ、覗き込む形で立ちはだかる相手を指差し、震える手で指し示しうわ言のように繰り返す。


「あ、あいつよ………。あたしをこんなイカれた場所に引きずり込んだ………!」

「……!」


 広がる驚愕。ふと九龍が件の相手のほうを向けば、フードから覗ける口元をにやりと歪ませて白い歯を露にしていた。顔の上半分は見えなかったが、彼の目には『張三李四』が悪辣な笑みを浮かべているように見えてならなかった。


『成程なぁ。道理で契約者でもない小娘がこんなとこに居るわけだ』

「………<ケルベロス>、まさかこのアプリケーション、そんな機能まであんのかよ!?」

『何だ、知らなかったのか。あの狐ヤローも言ってただろ? どう使うかはユーザー次第ってな。あのフードはそう使った、ってわけだ。』


 ───九龍は言葉を失ってしまう。泥の怪物らが一歩、また一歩と詰め寄るなか、暫しの間頭を垂れて最悪の想像に支配される。


「……まさか、会長の言ってた昏睡の原因って……!」

『……出来損ないでも、ニンゲン相手じゃ無敵だ。契約者でないヤツは餌だ。なぶられ、魂を喰らわれる』

「………!!」


 ───彼の背筋が凍った。アプリケーションの機能ではなく、ヒトをさも当然のように、笑みを浮かべながら、嬉々として害することができる、フードの相手…『張三李四』に戦慄を覚えた。

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