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ヤオヨロズ──中道録  作者: 隼理史幸
信頼という木と、恨みという根
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知り合いとは言ってたけど、よりにもよってこいつかよ。

「……また来ちまったかぁ。」


 深々と溜め息が吐き出される。彼の視界に映る、並ぶ街並みは廃墟と化し、人の気配が完全に消え去った、彼自身が常に見て知る世界とは限りなく近いようで、まるで違う異界。


 この異界に金輪際関わりたくなかったと思っていた彼にとって、赤々と輝く月を目にするだけで気分を減退させるには十分すぎた。


『ああ、参考までに。突入成功と同時にタイムリミットが切られました。』

「タイムリミット?」

『はい。この世界は貴方様とは異なるチャンネルの世界。本来ならば合うことのない世界。それゆえ、貴方様は常に<ヤオヨロズ>のアプリケーションを通し観測することで、存在を提起しています。しかし、それは常時展開できるモノではないのです。』

「………だから、タイムリミット?」

『はい。制限時間は六十分。それを過ぎれば、セーフティとしてこの世界から強制排出され、貴方様が元居た世界へ送還されます。』

「……ご丁寧にどうも。」


 心底嫌々ながらも腰を上げて、一歩ずつ進み始める九龍。携帯端末から指し示された座標へ駆け足ぎみに往く彼に向けて、狐面のキャラクターは提言する。


『……念のため言わせて頂きます。強制送還についてですが、それはあくまで緊急措置。この世界に幾らかある帰還可能なエリアで自力で帰還なされるのとは異なり、何処かへとは決定できません。それゆえ、元居た場所へ戻れるかは保証し兼ねます。御留意を。』


 あいわかった、と軽く会釈しながら、赤い月に照らされたゴーストタウンを駆け抜けていく。


 携帯端末が示す座標へは迷うことなく辿り着けた。勝手知ったる街々とよく似た建物の配置から、最短で行ける道もまた同じように存在していた為である。


 あと少し、と走るペースをわずかに上げようとした。そこへ、死んだように静かな廃墟の街並みに、耳をつんざくような何かが響き渡る。


「………! ─────!!」


 この声を、声にならないこれの種類を、九龍は知っている。恐怖に相対した時に発せられる声に、その名前は──。


「……くそっ、どうすればいい!?」


 そう遠くはない、響き渡る恐慌の声。自然と焦燥に駆られる。この狐面のキャラクターの言葉を信じれば、自らの知る人物に危害が今まさに迫っているという。


 しかし、果たして間に合うのか。力なく横たわる、その姿。見知った顔が虚ろな人形と化した様が頭を過り、それが心を乱し「どうすればいい」という問答が堂々巡りし続ける。


『────ふん、何をもたついてやがる、御主人(マスター)!』


 ───繰り広げられた会議は、腹の底までに響くような、厚みのある声によって打ち止めになった。人のモノではない、知性持つ人ならざる者の持つ、耳にするだけでわかる、強く震える声。


「………ケルちゃん!」

『他人をペットみたいに呼ぶなァ!!』


 携帯端末越しから響く、死地を共にした友。九龍が所有する<カミサマ>の一体<ケルベロス>が、狐面のキャラクターを画面の隅に押しやって現れる。そして主の顔色を見るやいなや、苦言を呈する。


『おいおい。俺を忘れるタァ、それでも御主人サマのつもりか?』

「………何が言いたい?」

『何でもいいから、俺をタップしろ! 早く!』

「────ええい、ままよ!」


 言われた通り、画面の越しに<ケルベロス>を思い切りタップする。すると、液晶画面から光の珠が花火のように打ち上げられると、弧を描いて地に降り立つ。


『………来たぜぇ。来たぜ来たぜ来たぜぇえええええ!!』


 光の珠が何十倍も膨れ上がり、まるで風船が破裂するように弾けると、中から四足歩行の雄々しきの佇まいの、ライオンの倍はある体躯の獣が姿を現す。


「け、ケルちゃんが実体化した!?」

「驚くこたぁねえさ。ここは以前戦った所と同じなんだ。俺らは前と同じように操作すれば仮初の肉体は顕現できる。ここに限り、俺らはある程度は自由に動き回れるってことだ。」


 幾ばくかの自由を噛みしめながら、<ケルベロス>は主に背中を差し出して言う。


『乗りな。俺なら十秒も要らねえぞ?』

「……そいつは有難い。感謝するぜ、ケルちゃん。」

『ふん、振り落とされんなよ?』


 主が背に跨がったのを確認してから、後ろ足で地面を深く踏みしめ、さながら陸上競技のクラウチングスタートを彷彿とさせる溜めに入る。


『あと、マジでケルちゃんはやめろ。喰っちまうぞ。』


 後ろ足が跳ねる。<ケルベロス>自身が提言した通り、上に乗っていた九龍も一瞬意識が飛んだ感覚に見舞われる。それほどの加速と、それに伴う爆発的な走行スピードで、目的地へみるみる内に距離を詰めていく。


「────来た! なんか襲われてないか!?」


 九龍が指差すほうには、確かに弱々しい人影に襲い来る泥のような怪物が存在していた。


『ならよぉ、先手必勝あるのみぃ!!』


 主が指示するよりも早くその意図を汲み、さらに爆発的に加速し、跳躍ひとつした次の瞬間には、<ケルベロス>が持つ自らの鋭き爪で泥のような怪物を真っ二つに両断していた。


「いや、まだ一体いるぞ!」

『わかってらあ! しっかり掴まってろよ!』


 もう一体の泥の怪物は、濁流のように勢いよく鉄拳を伸ばす。それをバク転で紙一重で回避すると、伸びきった腕を蛇の尾で食いちぎる。


 怪物の悲鳴が耳朶にこびりつく。聞いた者の脳を揺さぶり、ひたすらに不愉快な気分にさせる狂騒であった。


『うるせえぇっ!!』


<ケルベロス>の怒号に応えるように、彼の肺から口部へ、口から敵へ向け、練り上げたドリルのように回転する火球を放つ。


 螺旋回転する火球は泥の怪物の体を触れた場所から瞬時に蒸発させ、最終的に上半身全てを灰塵に帰した。耳に障る声は、ぷっつりと途絶えた。


『ハッ、この間のヤツの方が骨があったぜ。』


 真っ二つにされた怪物の残骸は、まるで夏の打ち水のように蒸発し、この世界から消滅する。さて、とひとまずの脅威が去ったところで、九龍は襲われていた人影に声をかける。


「その、大丈夫、です…………かっ?」

「………あっ、あんたは……!」


 ────沈黙。九龍はしばし考察を重ねる。どうして、何故、と。押し黙る彼を見兼ねてか、<ケルベロス>が主に代わってこの要救護者の身を案じて声をかける。


『嬢ちゃん、大丈夫だったか? ケガねえか?』

「きゃああ! 犬がしゃべった!?」

『犬じゃねぇってんだろぉ!!』


 ガオーッ、と威嚇する<ケルベロス>の頭を撫でて、どうにか諌める九龍。牙を剥き出しにする彼に心底怯えきった相手の姿を再度目をやり、そして溜め息ひとつ。


「……マジかよ。知り合いとは言ってたけど、よりにもよってこいつかよ。」


 再び脳内で考察が繰り広げられる。しかし、いくら頭を捻れど理由や答えは出ない。ただ、目の前の相手の名をぼそりとこぼす。


「………何でお前が居るんだよ、仏味胡桃。」

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