大切な人
全治一ヶ月。
病院で手当てをしてもらい、この一大事は一件落着した。
どうやら私は、大量の本と、梯子と、神崎の下敷きになってしまったようだ。そして左足と右手を怪我してしまい、ギプスをつけている。学校には行けるようになったものの、しばらくは怪我によって手紙を書けなかった。
その間も手紙でも、直接言葉でも、何度も神崎に謝られた。けれど私は特に恨んだりしなかった。だって、これは神崎が善意でしてくれたことだったし、神崎は私がクッションになったおかげで捻挫で済んだようだったから。それに今更、私はどうなっても大丈夫だ。
だって私はもうすぐ……死ぬのだから。
怪我をして、暇でぼんやりと天井を見上げていた時、そう言えばこうしている間にも自分の制限時間は刻々と、音もなく減り続けているんだな、と思った。
神崎とのやりとりが楽し過ぎて、頭の中が、神崎の事でいっぱいになっていて、しばらく忘れていた。
――自分には、時間がないのだと。
私は常に、死のカウントダウンをしているのだと。
数日後、やっとギプスを外す事が出来て、ようやく手紙が書けるかもしれない。と、わくわくしていた。手の筋肉を動かすために、右手をグーパーグーパーする。痛いけれど、手紙を書くためなら、と、何とか踏ん張った。
冬が近づいて来た。寒さで窓ガラスが曇っている。今日も、いつもみたいにリハビリを続けた。
――そろそろ、手紙が書けるようになるかもしれない。
そう考えていて、あれ、と思った。
どうして、手紙の事ばかり考えてしまっているのだろう。もしかしたら明日、死ぬかもしれないのに。
そう考えていて、違和感が生じる。
小学五年生の時告げられた言葉は、すんなりと受け容れられたのに、なんで今、右手を使えない事実を受け入れていないんだろう? どうして、今仮に死んでしまい、一生手紙が書けなくなるかもしれない状況下の中でも、こんなに頑張ろうとしているのだろう?
「……」
――子供は、限られた場所でしかもがくことができない。
だから、諦めてた。
なのに。どうして?
何度も自分に問い、答えを探す。けれど、自分の中にはひとつの理由しか思い浮かばなかった。
――大切な人が、離れたくない人が、いるから。
……大切な人って、誰?
そう自分自身に問いかけ、咄嗟に思い付いたのは……
私に優しい笑顔を向ける、あの男の子だった。