第三幕 第四場
「そんなことよりも委員長、そのメチャワル星人が昨日学校を占拠してから何時間経っているんだ? 時間はあとどのくらい残っている?」
「じつを言うとねシンゴ君、あなたが昨日と思っているのは今日の出来事なの。まだ放課後にヤツらが学校を占拠してから四時間ほどしか経っていない。現時刻は日本時の午後九時十五分よ。そしてヤツらの要求タイムリミットが午後十時よ」
俺は渋い顔つきになる。
「残り四十五分か。急いで学校に向かわないと」
「その必要はないわ」
「どうして?」
「この部屋は学校の地下に隠されているの」
「この部屋が学校の地下に」
俺は事件が起こっているであろう、地上を思い描きながら天井を見上げる。まさかこの部屋が学校の地下にあるとは想像もしなかった。そしていま、この頭上ではメチャワル星人によって学校のみんなが危機に瀕している。
「メチャワル星人が学校を占拠しようとしていることを事前に察知した私達は、早急に手を打たなければならなかった。そのため学校の屋上でたそがれているあなたに事情を説明して透明人間になってもらった」
そこまで言うと委員長の顔がくもる。
「でも自暴自棄だったあなたはろくに話を理解もできずに、私達が半ば無理矢理的に人体実験したことに違いない。ごめんなさい。傷心だったあなたを利用してしまった。この報いはうけるわ」
「やっぱり真面目なんだな委員長は」
俺は委員長にやさしく微笑む。
「あやまる必要なんてないよ。これは俺が望んだ事なんだから」
「シンゴ君……」
委員長の目が涙で潤み始める。
「ありがとう」
「それじゃあ、行ってくるよ」
俺は立ち上がると、背後に転がっていた黒い玉を拾い上げる。
「これがこの部屋の鍵だったな。どう使えばいいんだ?」
委員長とユウスケの二人も立ち上がった。
「シンゴそいつを貸してくれ」
ユウスケが手を差し出し、黒い玉をよこすよう手振りで示す。
俺は黒い玉をユウスケに渡した。
ユウスケは黒い玉をいじり始める。すると委員長が現れた時と同じようにして、部屋の壁の正方形が両開きの扉のようにして開いた。開かれた扉の闇の奥には、ぽつんと光る小さな明かりが見えた。目を凝らしてみると、それはハシゴを照らす投光器のようだ。
「さあ、こでれ道は開かれたよ」
ユウスケがいつになく真剣な表情で俺を見つめる。
「ごめんよシンゴ。こんな役を地球人の君一人だけに押し付けてすまないと思っている」
「気にするなユウスケ。友達のために一肌脱ぐのはあたりまえだろ」
俺とユウスケは笑みを交わすと拳を握り、互いの拳を軽く叩き合わせる。
「ありがとうシンゴ。君の勝利を信じているよ」
「まかせときな」
「シンゴ君」
今にも泣き出してしまいそうな委員長が言った。
「無事に帰ってきてね」
俺は委員長の頭の上に手を載せると、髪の毛をくしゃくしゃにするようにしてなでる。
「ちょっとシンゴ君。何をするのよ?」
「泣き顔は似合わないぜ委員長。笑ってくれよ。そのほうがかわいいぜ」
委員長は照れくさそうにしながら、にっこりと口元の両端を持ち上げる。
「こうかしら」
「ああ、その笑顔とっても似合っている」
「ありがとう」委員長は頬を赤く染めた。
「それじゃあ行ってくる」俺は扉へと向かって歩き出す。
「まってシンゴ君!」
俺は振り返る。「どうした委員長」
「あ、あのねシンゴ君」
委員長はそう言うとうつむいた。
「私その、あなたに……」
「俺を透明人間にしたことなら、もう気にするなよ委員長」
俺は委員長の気持ちを察して、やさしい言葉をかけてあげた。
「違うの。そうじゃないのシンゴ君」
「だったらどうしたんだよ委員長?」
「シンゴ君あのね……」
そう言って顔をあげた委員長の表情には、恥じらいの色が見えた。
「宇宙人が地球人に恋するなんて信じられないと思うけど、私は本当にあなたの事が好きなの。さっきは照れ隠しでふざけて言っていたけど、この気持ちは嘘じゃない」
そう言うと、そこで一呼吸間を置いた。
「私はあなたの事が好きです」
俺はその言葉に複雑な感情を覚えた。委員長は俺の事を好きだと言ってくれた。その気持ちに答えてあげたい。だけどいまだ俺の心には彼女を思う気持ちが、前田ケイが好きだという気持ちが消える事なくあり続けている。だからこそ俺は彼女を救うため、この部屋から出て行こうとしているんだ。
「……ありがとう委員長。けど俺は——」
「それ以上は言わないで」
委員長が俺の言葉を遮った。
「今はケイちゃんを、みんなを助ける事だけに集中して。答えはそのあとに聞かせてちょうだい」
「ああ、わかったよ委員長」
「あとそれと委員長という呼び方やめて」
「……委員長?」
委員長は首を横に振った。
「私のことは名前で、ミヨって呼んでちょうだい」
俺はうなずいた。
「ああ、わかったよミヨ」
委員長もとい、ミヨはうれしそうに笑った。
「初めて私の名前呼んでくれたね。本当にありがとうシンゴ君。ずっとあなたにその名前で呼ばれたかったから、とてもうれしいわ」
ミヨの笑顔は俺に罪悪感を抱かせると同時に、愛おしいと気持ちを覚えさせた。今すぐミヨを抱きしめてあげたい衝動に駆られてしまう。気持ちが大きく揺らいでしまっているな。俺はいま、前田ケイと同じぐらい松本ミヨのことが好きになってしまっている。
「だからシンゴ君」委員長が話を続けた。「この戦いが終わったら、絶対に答えを聞かせてね」
「わかったよミヨ。この戦いが終わったら真っ先に君の元に返ってくるよ」
「約束だよ」
ミヨは右手の小指を俺に差し出す。
「この戦いが終わったら、私の元に帰ってきて答えを聞かせてくれるって」
「ああ、約束だ」
俺はミヨと指切りを交わした。
「この戦いが終わったら、答えを聞かせるよ」
それがすむと、出口に向かって歩き出す。
「がんばれよシンゴ!」ユウスケが言った。「お前なら出来る。この世界を救ってくれ。そして自慢させてくれよ。僕の友達は救世主だって」
「ああ、まかせとけ」俺は背を向けたまま手を振った。
「シンゴ君! 私にも自慢させて。私の大好きな人は世界を救った救世主だって。そして出来る事なら大好きな人ではなく恋人として自慢させ……。ごめんなさい。別れ際にこんなことを言うなんて卑怯よね」
俺は部屋の出口で立ち止まり、その先に広がる闇を見据えた。この部屋を出たらもう後戻りは出来ない。おそろしい宇宙人との戦いが待っている。だけど逃げ出す事は出来ない。好きな人を助けるために、そして……。
「気にするなよミヨ」
俺は振り向かずに言った。
「俺の事を好きな人が、俺の帰りを待っていてくれているってのは悪い気分じゃないぜ。勇気づけられる」
「シンゴ君……」
「それじゃあ二人とも行ってくる。またな」
俺は暗闇に向かって走り出した。不思議と恐怖は消えさり、好きな人のためにこの世界を救うという使命感が俺にアドレナリンを分泌させる。体中からやる気がみなぎり、気分が高揚してくる。
「俺は究極の透明人間、渚シンゴだ!」
俺はがむしゃらに走る、暗闇の先に見える明るく照らされたハシゴに向かって。そしてハシゴにたどり着くと、それを上り始める。
世界を救う戦いに赴くために!




