第三幕 第三場
「私達の学校が謎の武装集団に占拠されてしまった」委員長が言った。「この状況を打破出来るのはあなたしかいない。以上」
「……え。説明はそれだけ?」
「そうよ」
「手短すぎるだろ。もっとちゃんと説明してくれよ」
「とても長くなるわよ」
「どのくらい?」
「三十時間」
「長過ぎる!」
俺はつい大声になってしまった。
「要点だけ押さえて三分で頼むよ」
「そんなこと言われても、日本語難しいからまとめるの苦手なんだけ」
「そこをなんとかがんばってくれよ委員長」
「わかったやってみる」
委員長は目をつむり大きく深呼吸する。どうやら考えをまとめようとしているようだ。
俺は祈るような気持ちで委員長を見つめた。ブラとスカートだけという半裸の状態で正座をし、黙考するその姿はとてもそそられるものがあったが、状況が状況だけにそんなやましい気持ちを頭から締め出しす。
数秒後、委員長が目を開けた。「説明するわね」
「頼む委員長」
「私達の敵であるヤツらは悪い宇宙人で、ちやほやされている地球人にむかついたから地球を滅ぼそうとしている。そのためにヤツらは貧弱な自分たちの肉体から魂を取り出し、それを地球人の肉体に取り憑かせる事でその体を操っているの」
「そんなことができるのか」
「とても簡単に出来るわ。ヤツらはその方法でいつくもの星で現地の星人の肉体を乗っ取り、火種をまいて同士討ちさせて滅ぼしたの。おそらく今回もまったく同じ事をするわ」
委員長はニュース番組が映ったホログラムを手で指し示す。
「なおテロリスト達は」ニュースキャスターが言った。「米ドルで百億ドルの身代金と収監されている仲間達の即時解放を要求しており、指定した時間までにこの要求が通らない場合は、駐留アメリカ軍最高司令官の息子でこの高校の英語教師を務めているジョン・スミス氏をはじめとする人質全員を射殺すると予告しています——」
「射殺だと!」
「ヤツらは大国であるアメリカと敵対するテロリストを演じ、火種をばらまこうとしている」
「それならどうして日本で、しかも俺達の学校でこんなことをするんだ!」
「この星へ派遣された私達への当てつけなんでしょうね。だから日本で私達が通うこの学校が標的になってしまった」
委員長はそこで唇を軽く噛み締める。
「ごめんなさい。私達のせいであなたたちに迷惑をかけてしまった」
委員長のすまなさそうな顔を見て俺の心がうずく。
「委員長達のせいじゃないよ。悪いのはヤツらなんだろ。だったらあやまらなくていい。だからお願いだみんなを助けてくれ!」
「ごめんなさいシンゴ君。くやしいけれど私達にはそれができないの」
「そ、そんな……」
深い絶望が俺を襲った。
「このままじゃみんなが、世界が大変なことになってしまう」
「私達にはどうすることもできない。だけどあなたならこの状況を打破出来るわ。お願いシンゴ君。世界を救う救世主になってちょうだい」
「お、俺が?」
突然の指名に俺は戸惑ってしまう。
「どうして俺なんだ?」
「ヤツらは肉体から魂を取り出して、現地の星の住人に取り憑くと説明したわね」
「ああ」
「だからヤツらに取り憑かれている肉体を捕らえたとしても、ヤツらはその肉体を捨てて別の肉体に取り憑いてしまうの。次から次へと肉体を乗り換えるヤツらを、生身の私達が捕らえることは不可能。だけど究極の透明人であるあなたなら可能だわ」
「どうしてだ?」
「あなたの体はどんなものでもすり抜けると同時に、どんなものでも触れる事が出来る。それが今のあなた。透過率をコントロールした究極の透明人間だからこそできる芸当よ。あなたは取り憑かれている人間の肉体をすり抜け、ヤツらの魂を直接捕らえる事が出来る」
「そんなの無理だよ。だって俺はまだ物体にさわってすらいない。出来るわけないよ」
「シンゴ」ユウスケが言った。「僕の顔を殴ったじゃないか」
「あっ!」そういえばそうだった。俺はユウスケを殴ったんだったけか。
「強い感情を持って相手に触れようとすればいいんだよ。一度それが出来てしまえば、あとは簡単にコントロール出来るさ」
「本当か?」
「本当だとも。試してご覧よ」
「わかった」
俺はユウスケの顔へと両手を伸ばし、その耳にかけられた眼鏡のつるにそっと指を触れてみる。すると指先に感触を覚えた。俺はそのまま眼鏡のつるを掴むとゆっくりと持ち上げ、そして手にした眼鏡をためつすがめつ観察する。
「簡単だろシンゴ」
「本当に簡単に出来るんだな」
俺は視線を手元の眼鏡からユウスケへと移す。
「ユウスケ、もしかしてお前、わざと俺を怒らせて殴られたのか?」
「さあね」
ユウスケが楽しげにウインクする。
「シンゴのご想像におまかせするよ」
やっぱりそうか。こいつはわざと殴られたんだな。委員長の胸にさわれなかった俺のために自分を犠牲にする。そのくせそのことについて一言も語ろうとしない。
「ユウスケのくせにカッコつけやがって」
「えっ、なんだって」
「なんでもねえよ」
「なになにちゃんと聞かせてよ」
ユウスケがおもしろがるようにして、俺の顔を覗き込んでくる。
「うるせえ」俺はユウスケから顔をそらした。「なんでもねえって言ってるだろうが」
「これでわかったでしょシンゴ君」
そう言って委員長が俺の手から眼鏡を取り上げた。
「いまのあなたは究極の透明人間。そしてヤツらに対抗できる唯一の存在」
そこで眼鏡をかけると、くいっと持ち上げ俺の顔を見つめる。
「ヤツらをこのまま野放しにすれば、地球は滅びてしまう。お願いシンゴ君、私達に力を貸して。世界を救う救世主になってちょうだい」
「俺が……世界を救う」
あまりにも現実離れしたお願いに、戸惑ってしまう。
「俺に救世主になれなんて本気なのか?」
「ええ、もちろんよ」委員長は真顔で言った。「私はいつだって本気で言っているから」
「俺が彼女を……みんなを救う。それは究極の透明人間である俺にしか出来ない事。そうなんだろ」
「そうよシンゴ君。悪い宇宙人であるヤツらから、メチャワル星人の魔の手からみんなを助けてあげて」
「えっ?」俺は眉根にシワを寄せた。「メチャワル星人?」
委員長は真顔のままでうなずいた。
「メチャワル星人。私達の敵であるヤツらの名前よ」
「……毎度毎度、あまりにも安易なネーミングだな委員長」
「ヤツらの名前を日本語に翻訳するのが難しいのよ。その説明をするだけで二十九時間五十分以上かかってしまうわ」
「長いよ!」
俺は思わず声をあげる。
「さっき状況の説明に三十時間近くかかるって言っていのは、ほとんどヤツらの名前についてかよ!」
「いちから説明をしま——」
「いいよ! そんな悠長な時間はないだろ」
「理解が早くて助かるわ」




