表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
辛口令嬢は辺境で花開く〜妹に婚約者を奪われ追いやられたので無口で不器用な伯爵と子育てをはじめますからお好きにどうぞ〜  作者: リーシャ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/8

05花束をあなたに。幼い頃から孤独を強いられ、感情を押し殺して生きてきたのかもしれない

 渡されたのは明るい黄色の花が中心のもの。ディートリッヒに渡されたのは、落ち着いた青や紫の花が中心のもの。きっと二人のイメージに合うように選んでくれたのだろう。


「ありがとう、ルカス。とても素敵」


 花束を受け取り、ルカスを褒めたルカスは嬉しそうに微笑む。ディートリッヒはルカスから差し出された花束を、少し躊躇うように受け取った。

 花をじっと見つめる。表情は相変わらず無表情だったが瞳の奥に、ほんのわずかな感情の揺れが宿っているように見える。


 その時。ディートリッヒの口元が、微かに緩んだのが見えた。ほんの一瞬の本当に小さな変化だったが、確かにそれは笑顔。


「……ありがとう、ルカス」


 ディートリッヒの声はいつもの冷たさの中に温かさを含んでいるように聞こえた。ルカスは笑顔と声に驚き、満面の笑みを浮かべる。


「父上!」


 ルカスは嬉しさのあまり、ディートリッヒに抱きついた。ディートリッヒは一瞬戸惑ったようだがルカスの小さな背中を、そっと抱きしめ返す。様子を見て胸に何とも言えない温かい感情が広がった。


 ピクニックでの出来事は私たち三人の間にごくわずかな変化をもたらした。

 ディートリッヒは相変わらず口数が少なく、感情をあまり表に出さない。ルカスに対する彼の視線には以前のような冷たさはなくなっていた。時折、ルカスが楽しそうに話しているのを、静かに見守る姿を目にするようになる。


 もちろん、妻に対する態度は変わらない。依然として政略結婚の相手としてしか見ていないようだし。こちらも彼を「朴念仁」と呼び続けている。


「あなた、もう少しルカスの相手をしてあげたら? あの子、あなたともっと話したいと思っているから」


 夕食の席で相変わらずチクリと刺すような言葉を投げかけた。


「私にはやるべきことがある」


 ディートリッヒの返答はいつも通り。


「ご立派なことですこと。でも、それではいつまでたっても親子の絆なんて深まらない。あなたいつまでそうやって、孤独を抱え続けるつもり?」


 ディートリッヒの手が一瞬止まった。彼は顔を上げ、じっと見つめる視線はいつになく鋭かった。


「……あなたに何がわかる」


 低い声で言ったディートリッヒの瞳の奥に、初めて深い悲しみのようなものを垣間見る。


「ええ、何も分からない。あなたが何も話さないのだから。でも、ルカスはあなたの息子。少なくとも、そのことだけは忘れないでほしい」


 言い放ち、ルカスを連れて部屋を出た。ルカスも空気を読んで声を発さない。あの時のディートリッヒの表情が心に引っかかった。何か彼の中にも深い事情があるのかもしれない。彼が語ろうとしない限り、何も分からないのだ。時間を待つしかない。


 数日後。ルカスは城の庭で、ディートリッヒから貰った花束の花びらを一枚一枚丁寧に押し花にしていた。健気な姿を見て、胸の奥が温かくなる。

 ディートリッヒが初めて見せたあの笑顔は、ルカスにとってどれほど、大切なものだったのだろう。


「フロラティア様、見てください! これでずっと残しておけます!」


 ルカスが嬉しそうに見せてくれた押し花は、まるで宝石のように輝いて見えた。


「うまくできた」


 ルカスと一緒に押し花を挟むための小さな絵本を作ることにした。ルカスが描いた絵と書いた詩を添えて。それは、二人にとってかけがえのない思い出の品。


 城の図書館でヴァルター伯爵家の古い資料を読んでいた。何気なくページをめくっていると、一枚の絵が目に留まる。それは、幼いディートリッヒと、彼の母親らしき女性が描かれたもの。

 女性はディートリッヒとよく似た灰色の瞳をしていて、優しげに微笑んでいた。絵の隅には小さな文字で日付が記されている。


 それは、ディートリッヒの母親が亡くなったとされる年よりも、わずかに前の日付だった。さらに資料を読み進めていくとディートリッヒの母親は、彼が幼い頃に病で亡くなったことが分かった。

 その死後。ディートリッヒはすぐに城から離され、厳しい騎士団の訓練所に預けられたという記述。


 幼い頃から孤独を強いられ、感情を押し殺して生きてきたのかもしれない。あの冷たい態度は彼が自分を守るための鎧だったのだろうか。

 夜ディートリッヒにいつもより優しい声で話しかけてみた。


「あなた、幼い頃にお母様を亡くしたの」


 ディートリッヒは食器を持つ手を止め、ゆっくりと顔を上げた。その目は鋭い。


「……なぜ、それを」


「図書館で古い資料を見つけた。あなたは、ずっと一人で戦ってきたの」


 過去を詮索するつもりはない。ただ、孤独を少しでも理解したかった。ディートリッヒはじっと見つめたまま、何も言わなかった。瞳の奥にほんのわずかな動揺があるような、ないような。


「過去など、どうでもいい」


 ディートリッヒは再び食事を再開。彼の声にはいつもの冷たさの中に戸惑いが混じっている。気がするけど。

 彼の過去を知ったことで、少しだけだが、ディートリッヒに対する見方が変わった。

 ただ冷たいだけの男ではなかったらしい。深い傷を抱え、それを隠すために心を閉ざしているのだ。


 ディートリッヒの過去を知ってから、彼の存在は朴念仁から少しだけ複雑なものへと変わっていた。相変わらず冷たい態度は変わらないけれど言葉や表情の端々に、幼い頃に負った傷が透けて見えるかもしれない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ