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辛口令嬢は辺境で花開く〜妹に婚約者を奪われ追いやられたので無口で不器用な伯爵と子育てをはじめますからお好きにどうぞ〜  作者: リーシャ


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03 ディートリッヒの口から出たありがとう

 ある夕暮れ時、ルカスと城の庭を散歩していた。夕陽が庭園を赤く染め上げ、美しい光景が広がっている。

 その時、遠くからディートリッヒがこちらへ歩いてくるのが見えた。


 珍しい。いつもは執務室にこもりきりなのに。ディートリッヒはそばまで来ると、いつものように感情のない声で言った。


「ルカス、体調はもう良いのか?」


 ルカスは少し驚いたようにディートリッヒを見上げた。おそらく、ディートリッヒがルカスの体調を尋ねるのは初めてのことだったのだろう。ふーん、と目が座る。


「はい! もう元気です、父上!」


 ルカスは嬉しそうに答えた。その声には明らかに喜びが混じっていた。


「そうか。無理はするな」


 ディートリッヒはそれだけ言うと、背を向け、城の中へ入っていこうとした。


「あら、ご立派なことですこと。今更、父親らしいことを言ってみたところであなたがどれほどルカスを放置してきたか、私は知っているんだから」


 思わず口から出た毒舌にディートリッヒの足が止まるとゆっくりと振り返り、冷たい目で見た。


「私のやり方にあなたが口を出す必要はない」


「ええ、その通り。だってあなた、何もしていない。私はただ無責任な父親に代わってこの子を育てているだけ。感謝してほしいくらい」


 ディートリッヒの目がほんのわずかだけ揺れたように見えた。それはすぐに消え去り、彼は何も言わずに城の中へ消えていった。


「フロラティア様、父上は、し、心配してくれたのかな?」


 ルカスが不安そうに顔を見上げた。

 手を取りその小さな手を強く握る。


「どうかしら。あの朴念仁のことだから、社交辞令かもしれない。少なくともあなたが元気になったことは嬉しいと思っているんじゃない?」


 ルカスを励ますように微笑んだ。たとえ、ディートリッヒの本心がどうであれ。ルカスが少しでも父親の愛情を感じられるなら、それでいいと思った。


 翌日。ディートリッヒの執務室を訪れた。もちろん、彼に何かを期待しているわけではない。ただ、少しだけ彼の考えを探りたかった。


「何の用だ」


 ディートリッヒは顔を上げずに言った。


「あなた、もう少しルカスの相手をしてあげたらどう? あの子は、あなたのことをとても慕っているし」


「それがどうした」


 ディートリッヒの言葉に、苛立ちが募る。


「どうした、ではないから。あなたは本当に子の心を理解しようとしない。あなたにとってルカスは単なる次期当主候補に過ぎないの?」


 ディートリッヒはペンを置き、まっすぐ見つめた。いつもより少しだけ深い光が見える。


「私には私なりの考えがある。あなたに全てを話す必要はない」


「あら、秘密主義者なのは結構。それでは誰もあなたのことを理解できない。まあ、理解されたくないのかもしれないけれど」


 毒づいたがディートリッヒは何も言わなかった。じっと見つめているだけ。視線に少しだけ居心地の悪さを感じた。この男は一体何を考えているのだろうか。相変わらず氷のように冷たいけれど、時折見せるわずかな変化の兆しが心をざわつかせた。


 ディートリッヒの執務室から戻った。なんだか釈然としない。彼のあの、わずかに揺れた瞳は何を意味していたのだろう。考え込んでも仕方がない。結局のところは朴念仁。


「フロラティア様、見てください!」


 明るい声に思考が中断された。ルカスは小さな紙の束を手に、駆け寄ってくる。


「これは……折り紙?」


 ルカスの手のひらには、色とりどりの紙で折られた小さな花がいくつも乗っていた。どれも少し不格好だが、一生懸命折ったことが伝わってくる。


「はい! フロラティア様が以前、故郷には紙を折って遊ぶ文化があるって教えてくれたでしょう? 図書室にあった紙を少し分けてもらって、練習してみたんです」


 ルカスの言葉に驚きと感動で胸がいっぱいになった。前世の日本の文化を何気なく話しただけなのにルカスは覚えていて、実践してくれていたのだ。優しくて頑張り屋。


「上手。特にこの椿は色合いがとても素敵」


 褒めると、ルカスが照れくさそうに笑った笑顔はどんな美しい花よりも輝いて見える。


「これを、父上にもあげたいんですけど……えっと」


 ルカスはディートリッヒの執務室がある方角を、ちらりと見た期待と不安が入り混じった光に心を締め付けられる。


「そう。きっと喜ぶと思う」


 励まし、ルカスを連れてディートリッヒの執務室に向かった。扉をノックすると中から低い声で「入れ」と返事が。

 執務室に入るとディートリッヒは書類の山に埋もれていた。顔を上げようともしない彼に毒舌が疼き出す。


「ごきげんよう、ディートリッヒ伯爵。お忙しいところ申し訳ないけれど、この子があなたに話があるの」


 皮肉にディートリッヒはゆっくりと顔を上げた。ルカスは手のひらの花を見せようと、一歩前に出る。


「父上! これ、僕が折ったんです! フロラティア様が教えてくれた、紙の花なんです!」


 ルカスは緊張した面持ちで、小さな紙の花を差し出した。ディートリッヒの視線がルカスの差し出した花に注がれる。彼の表情は相変わらず、無表情だったが。灰色の瞳の奥に、わずかな戸惑いが浮かんでいるように見えた。

 ディートリッヒは無言でルカスの手から花を受け取る。不格好な花を宝物でも扱うかのように、そっと机の上に置く。


「……そうか」


 ディートリッヒが発した言葉はそれだけだった。それでも、ルカスは嬉しそうに顔を見上げる。彼の心には確かにディートリッヒの気持ちが届いたのだろう。


「ずいぶんと素っ気ない。せっかく息子が一生懸命作ったものなのに、もう少し気の利いた言葉でもかけてあげたらどう? あなたの人生には、感動という言葉ある?」


 すかさずディートリッヒに皮肉を浴びせた。ディートリッヒはこちらをまっすぐ見つめ、口を開く。


「……感謝する。ルカス、ありがとう」


 ディートリッヒの口から出た「ありがとう」という言葉に、目を見開いた。

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