帰還
「お連れしました」
「ご苦労」
何もなかったかのように、秀は出迎える。霊次との戦闘が、ずっと過去のことに思える。それでも、命の重みは心に刻まれている。
ランド、ミナ、ライン、ヴィーネ、ローク、ロヴァイン、そして霊次・・・。
考えてみれば、随分殺した。霊次を討伐するためだけに、これほど殺すことになろうとは。
王は、彼らの命を尊び、僕らを受け入れてくれるだろうか・・・。
「相馬、佐倉、面を上げなさい」
秀王から言葉が紡がれる。変わらずの透き通った声。
「このたびの働き、感謝している。よくぞ、生きて戻ってきた。我々としても頼もしい」
「はっ・・・はい!」
相馬が反応する。よほど嬉しかったのだろう、その顔には笑みが溢れていた。それを見て秀も微笑む。
「そして蓮」
「はい」
「良き案内役でいてくれたな。感謝する」
「・・・はい」
おそらく、蓮の行動は特に監視されているのだろう。すべての行動を見て、そして出した評価がこれだ。反逆者として処分されるという最悪の事態は、逃れたのだろう。
「蓮は七人隊の一人として、復帰してもらいたいところだ・・・可能か?」
「・・・善処します」
こいつ、復帰しないつもりなのか。さすが自由人だ。
「相馬と佐倉については人間界に還す。数日療養したら、元の服に着替えてここに来なさい」
「えっ・・・」
「・・・何か不服か?」
「いや、その・・・何でもありません」
「意見があるならはっきり言え。言うまで待つ」
秀王がそう言うと、相馬はおずおずと話し出す。
「・・・別れたくないんです。蓮とも、七人隊の皆さんとも・・・。兄・・・秀様とも、もっと話したいことがたくさんあります。それに佐倉だって・・・向こうに戻ったら、もう、会えなくなってしまうかもしれない・・・」
「相馬・・・」
「仕方のないことだ」
相馬の感情を、王はばっさり切る。
「ここにいたら本格的に向こうには戻れなくなる。ずれが少ないうちに戻ってほしい。人間界でその手はずも・・・整えてある」
「・・・そうですか」
兄と別れたくない、その気持ちを本人である秀王自身が切り捨てる。少々、残酷であろうか。肉親と世界を違えて暮らすのは・・・この歳の女の子には、辛いだろう。秀王自身が、どんな理由があろうとも・・・それを、望む。それが更に堪えるのだろう。
許されるのならば、悲しい顔ひとつしない王を、一発殴りたい。
「秀様」
「なんだ、蓮」
「教えていただけないでしょうか・・・人間界との鎖役、一体何者ですか。相当な有力者とお見受けしますが」
広間全体が息を呑んで、王を見た。
「・・・悪いが、それは誰にも教える気はない」
「七人隊の有力候補でしょうか。それとも、次期王候補・・・?」
「確かに有力者だが、そのどちらにも該当しない。どちらにも就かせる気はない」
「・・・わかりました」
そう、謎の存在だ。人間界で僕らの情報を集め、魔界にいる王のもとに伝達した。その結果として僕らはここにいる。一体誰が。
そして、相馬はともかく、人と一切接触しない僕の情報を、どうやって入手した・・・?
「さて、相馬、佐倉。長話は無用だ、療養するといい。類次」
「はい。お二方、こちらへどうぞ」
類次に案内され、僕らは王に一礼すると客室のほうに向かう。
「蓮は私の部屋へ来なさい」
「・・・はい」
残された蓮は秀に連れられ・・・違う方向に消えた。
「生きていてくれて、よかった」
「え?」
「あ、いや・・・何でもない」
ぽつと呟いた紀伊知の言葉に、首を傾ける。雷需がくすりと笑う。
「兄さんは、ずっと心配していたのですよ」
「こら、雷需!」
少し顔を赤くして、紀伊知は弟をたしなめる。
「珍しいな、紀伊知が照れるなんて。市民にはいつも歯の浮くような台詞ばかり言っているのに」
「新斗さん・・・やめてください、もう」
「毎日僕に生存確認を聞きに来るのに、言っても全然信じてくれなかったですからね」
「留実くん・・・」
珍しく散々言われる紀伊知に助け船を出したのは、類次だった。
「何にしろ、全員無事でよかったです。霊次討伐は大仕事でしたからね」
「そう、とにかく無事でよかった!」
「ご心配おかけしました」
「心配してくれて、ありがとう」
「俺は心配してなかったがな」
「流、謝罪するか俺の部屋へ来るか」
「・・・すみませんでした」
はは、とみんなで笑う。兄弟仲良さそうで、よかった。そういえば最初は仲悪かったんだよな、なんて思い出す。
平和だ。
「一度使用されましたのでわかりますね?同じ部屋を用意してあります」
「うん、ありがとう」
「ありがとうございます」
七人隊のみんなと別れ、部屋に入るとすぐベッドにダイブした。
久しぶりに、落ち着ける。
とりあえず、久しぶりの私服に袖を通して、幸せな時間をたっぷり味わった。
「蓮」
「何でしょう、秀様」
「せっかく私の部屋まで来たのだから」
「・・・わかったよ、秀」
相対する秀と蓮。そこに王と部下の関係はない。
「うん。無事に帰ってきてくれて、本当によかった。おかえり、蓮」
「・・・ただいま」
暫く無言の時が流れる。
「で」
切り出したのは蓮だった。
「俺を殺すのはやめたのか、秀」
「今回の討伐で反逆心がないことは理解した・・・周りも納得してくれるだろう。当分、処分は保留していられる」
「それでいいのかよ」
髪に付けた二色のリボンを解く。赤茶色の長髪がするりと下りる。
「あいつが・・・ラインが残したものだ。俺にとって彼は死んでも捨てられない存在、親友だ。霊次にもちょくちょく会っていた。秀なら知っているだろ?」
「・・・勿論」
「兄を手にかけたことの後ろめたさがあいつを助けることを望ませ、あいつ自身への仲間としての戸惑いが戦闘を放棄させた。王城側には都合の悪い存在だと思うが」
「でも・・・加担も、しなかった。親友と仲間が殺されることになろうとも」
「・・・まあ、そうだが」
秀はどことなく悲しい笑顔を蓮に向ける。
「それだけで、十分だよ・・・」
「・・・秀、やっぱりお前は、俺を守るために・・・」
「違う。蓮の反逆の有無を見るためだ」
「俺に怯えながらも、守りたかったってか。いくら幼少から世話していたからって、感情で王はやっていけないぜ?俺は殺されるべきだ」
「反逆の証拠を掴むことはできなかった。処分は保留する」
王としての秀の視線と、世話係としての蓮の視線が絡む。そこには、誰にも入れない空間があった。
「・・・ま、秀がそう決めたのなら、俺は逆らわない。で、人間界との連絡役は誰だ」
「それは教えない」
「今更隠すこともないだろうに」
「・・・教えられないんだ、ごめん」
「教えられない・・・?」
ぴく、と蓮が反応する。秀がこくりと頷く。
「悟って」
「・・・わかるかよ」
そう言いながらも、蓮は思案に耽る。その姿を見て、秀が微笑む。
「緤さんがいてくれたら、どうしてたんだろうなあ」
「・・・大切な者の死は堪えるよな、お互い。特に、どうしようもない場合は」
「そうだね・・・」
緤、元七人隊、霊次、莠耶・・・先代の有力構成員は多くが命を落とした。血の繋がりでは近しい者が何人か残っているが、彼らの栄光を間近で見ていた者は、ほとんどいない。
ここにいる数少ない存在は、秀と蓮だけ。昔に思いを馳せて、二人、部屋で無言の会話を続けた。




