不信と絶望
「っ!」
「佐倉!」
佐倉が壁に叩きつけられ、磔にされる。その服を壁に繋ぎ止めているものは5枚ほどの・・・トランプカード?
「くそっ!」
身を捻り拘束しているものを剥がそうとする。すると、また新たなカードが追加され、拘束が強くなる。
「・・・うう」
ヴィーネはその姿を見て、攻撃を止める。
「・・・来なくても、十分倒せる。見てなかったのか」
「・・・お役に立ちたいので」
「ふん、珍しいな。いつも大人しくしているくせに」
・・・終わった。
少し離れたところから少年少女がこちらを見ている。少年のほうは数枚のカードを指に挟んでいる。おそらくロヴァインとローク。
魔力を拘束する奴が、いるなんて。
磔の佐倉を見ればわかる。その魔力は抑えられ、物理的な抵抗しかできないでいる。僕も同じようにされ、ヴィーネにとどめをさされる図が、はっきりと見える。僕が捕らえられていたら、おそらく佐倉が助けてくれただろう。だが僕は・・・どうすれば佐倉を助けられるのか、わからない。ただでさえ見たことのない属性、今は混乱して一層うまく思い描くことができない。それをわかってて、あいつは佐倉を拘束した。
・・・死ぬ、のか。この世界で。まともに戦えないまま。
「相馬のほうは、ロークに拘束してもらおうか」
「はい」
彼女が水晶玉を掲げ、そこから出てくる魂のような薄い光状のものが、相馬の身体を取り巻いてゆく。抵抗する気も、起きなかった。光がだんだん黒ずみ、力が抜けてゆく。・・・待てよ。
光状?
薄れていく意識の中で、何かが生まれる。
ひょっとして、光属性と闇属性って近い部類なのか?兄さんも闇だし・・・ああ、じゃあ光を意識したまま闇属性の力を扱えば、もしかすると・・・。
・・・いや、もうどうでもいい。もう、頭がうまく回らない。このままヴィーネにとどめを・・・。
「・・・く、うっ」
佐倉の声?
「まだ抵抗する気ですか?魔力のわりには弱いと思ってはいましたが・・・拘束を解けないようなら、勝ち目はありませんよ」
「・・・っ!」
視線だけ移すと、佐倉がなんとか逃れようと、抵抗していた。
「一応、もう少し増やしますか」
ロヴァインがカードを投げる。
そのとき。
「・・・!?」
1枚のカードの軌道が変わる。そして。
「・・・つ、っ」
佐倉の額にそれが刺さった。
「・・・棘を飛ばしたんですか。しかし1枚の軌道を若干変えただけで、意味はありませんよ。貴方が怪我をしたことくらいです」
「・・・いや、大いに意味がある」
「!?」
「何・・・っ」
佐倉が微かに笑った。その笑みは冷酷で、非情で、背筋を冷たいものが這う。
「元はといえば、お前たちの力を見るためにわざと拘束されたんだ。しかし拘束のみとはな。カードにほとんど殺傷能力はない。おかげでこうして、額に受けても傷程度で済んだ。助かったよ、丁度良い」
はらりと、切れたバンダナが落ちた。そこで相馬ははっきりと見た。
カードの傷の下、額に、火傷のような傷跡がある。しかもそれは彼の髪と同じか、もう少し濃い緑色をしていて・・・要するに、人間の血液では、そんな色は出ない。
「く・・・ローク、そちらの拘束を解いてこちらを手伝え。嫌な予感がする」
「予感は当たってるね。だが無駄だ・・・」
バシュッと音を立てて、拘束していたカードがすべて消える。そして佐倉の魔力がどんどん膨れあがっていく。そう、あのとき・・・ラインと戦おうとしたときと同じ・・・!
ロークが出した魂も消し去り、佐倉は笑う。静かに、笑う。
佐倉のおかげで自分の拘束も解けたが、気分が晴れない。佐倉が、怖い。
「ロヴァイン、ローク、下がれ・・・こいつは、やばい。霊次様に伝えろ・・・!」
「無駄だと言って・・・」
そこから先は聞き取れなかった。聞きたくなくて意識を外してしまったのか、声を出していなかったのかはわからない。
佐倉は双子を、素手で殴って消し去ってしまった。
消えた・・・?いや。
一発で殴り殺した。
佐倉が。
人間であるはずの、佐倉が。
佐倉・・・それはゆっくりと振り返り、相馬を見た。
いつもの佐倉の目じゃない。
声も、出なかった。
「・・・っくそ!」
ヴィーネが佐倉の頭上から氷の柱を降らせる。佐倉はそれを避けようとせず、ただヴィーネに突っ込んでいった。
その身体に柱が降り注ぐ。佐倉は負傷するが、よろけもせず、気にもしない。あっという間にヴィーネのいる場所にたどり着いた。
「・・・っ!」
氷の壁を出し、佐倉の拳を防ぐ。だが佐倉のほうが押していて、ヴィーネは逃げ回りながら身を守ることで精一杯だった。
佐倉・・・を・・・助けなきゃ・・・。
混乱する頭を諫め、精神を集中させる。闇の魔力を使うとき、兄さんだったら・・・。
「な・・・!」
床全面から光が溢れ、蔓状になってヴィーネを捕まえる。
「なんて、魔力だ・・・霊次様・・・!」
最後は悲鳴のようになった叫びに、佐倉の拳が降り注いだ。