霊次
「・・・いつからそこにいた」
木により掛かっている少年を見つけたのは、今し方。
「二人の様子を見に、ね。しかし、魔族として弱いとはいえ、ミナが人間に殺されるなんてねえ。その分じゃランドも始末したんだろ?」
「ああ。ランドは佐倉が、ミナは相馬が始末した」
「・・・人間のくせに結構な魔力持ちやがって。どうせ秀の野郎が魔力分け与えたんだろ」
「・・・その通りだ」
蓮と少年は鋭い目つきで互いを警戒し合っていた。ランドやミナと相対するときとは違う、真剣な眼差し。
「相変わらずだな蓮、向こうで上手くやれているのか」
「まあ、ぼちぼちな。お前さんも相変わらずだ、ヴィーネ」
「・・・蓮。随分と親しいようだが・・・」
佐倉が口を挟む。
「・・・言ってなかったな。俺も独自で霊次を調査する一人でな。敵さんともちょっぴり交流があるってわけだ」
「・・・なるほど」
佐倉はすっと目を細める。蓮はそれをちらっと見て、ため息をついた。
「蓮、俺らの邪魔をするな。死にたくなければな」
ドス、と音がして蓮のいた場所に氷の柱が降り刺さる。蓮は僅かに動いてそれを避けていた。
「ああ、もう俺の役目はほぼ終わりだ・・・こいつらの魔力を目覚めさせたからな。あとはお前さんたちとこいつら、どちらが生き残るか、それだけだ」
「ふん、ばかばかしい」
ヴィーネは鼻で笑い、地を蹴った。冷気が彼の身体を宙に浮かす。
「霊次様に報告しなければならないからな。俺は帰る」
そう言うと、局地的に吹雪が起こり、いつの間にか彼は忽然と姿を消した。
蓮は佐倉の方に身体を向ける。
「佐倉」
「・・・何か」
彼は少し頬を掻き、佐倉から視線を逸らした。
「お前は少し理解力がありすぎる」
「相馬を、守らなければならないからな」
相馬ははっとして顔を上げた。佐倉はこちらを向かない。
「・・・そうか」
頼んだぞ、と言って蓮は歩き出した。
相馬には、何のことだかよくわからなかった。
霊次の城では、ヴィーネが相馬たちの様子を報告していた。
「蓮が・・・加勢?」
「はい」
「弊害にならなければ構わない」
落ち着いた声で話すのは、ヴィーネとは歳が離れた銀髪の青年。
「ですが、少し度が過ぎているような気がします。二人の人間は、予想より強い魔力を持っていましたし。霊次様とはいえ、蓮に加勢されてしまっては流石に厄介かと・・・」
「そうか」
乱れた銀髪を掻き上げる。少し量が多く、長めで、ウエーブが掛かっている。
「まあ、いいじゃないか。魔力が強いとはいえ流石に、魔界に来たばかりの人間二人では荷が重いだろう。それに・・・」
「・・・何でしょう」
霊次と呼ばれた青年は椅子から立ち上がり、窓から外の景色を眺めやった。
「・・・いや、何でもない。下がれ、ヴィーネ」
ヴィーネが戸を閉めると、霊次は歯を食い縛る。こんなところは、誰にも見せたことがない。
「莠耶さん・・・。緤・・・。そして・・・」
前方をキッと睨み付ける。
「秀!」
秀がいなければ、何も起こらなかった。莠耶さんがあんな気持ちを抱くことも、死ぬことも、何も・・・!
だから、蓮は、大切な道具なんだ。秀をおびき寄せることができる、便利な道具。秀を殺すまで、間違っても死なせてはならない。
「莠耶、さん・・・」
貴方はなぜ、死を選んだのですか。
「入りますよ、霊次様」
そう言って戸を開けたのは薄い茶髪の天使。青と白の作業着のような服が、いつもながら似合わない。
「ラインか。どうした」
霊次は椅子に座る。
「ロークが、彼らの情報を」
「言っていたのか。・・・で、そいつらは?」
「既にお聞きしているかもしれませんが、蓮と共にいるのは二人の人間です。一人は七瀬佐倉という少年。属性は木です。もう一人は少女で・・・」
「女なのか!?」
「・・・はい。宮野相馬という、属性が光の娘です」
「光・・・あの幻のか?それは本当なのか?」
「確かなようです」
「そうか・・・厄介だな」
霊次は考え込む。その前で、ラインが微笑んだ。
「貴方様にも厄介というものがあるのですか。そう・・・それからその少女の兄ですが、宮野秀、この魔界の現在の王、みたいですよ」
「・・・秀・・・。・・・秀の、妹・・・」
「はい」
ラインは優しく笑う。その笑顔はまさに、天の使い。しかし、その口から紡ぎ出される言葉がそれを否定する。
「見せしめにして秀を誘い出すのにはまたとない好材料です。我々と戦わせるのに力のある存在を選んだのでしょうが、かえってこちらには都合が良い。人間は死体も残りますから、蓮とは違い、間違って殺してしまっても大丈夫です」
「お前が言うと似合わんな、堕天使め」
「・・・私は今の自分を、気に入っています」
「嘘付け」
ラインから笑みが消える。
「お前に蓮を傷つけられるのか?」
「・・・必ずや」
彼は寂しそうな顔を隠さない。なかなか行動で示せない忠誠を、本心を見せることで補っている。
そんな彼の背中から、薄緑の羽が生えた。
「やってくるのか?・・・無理はするなよ」
「大丈夫です」
「あんなに早く秀が偵察を開始しなければ、お前らが俺の配下として認知されなければ、戦いに巻き込まれずに済んだのに。俺と共にいたばかりに・・・すまない・・・」
「・・・私は、自ら望んでここに来たんです。ここは、蓮と親友でいられて、敵でいられる唯一の場所。他に行くところなどありません」
手が光り、大鎌を召喚する。
「死に急ぐなよ、ライン」
「・・・大丈夫」
薄い笑みがこぼれ、霊次の避けた場所に刃が通る。
「鎌を持ったら、迷わない」
「・・・それがお前なりの決意の形ならいいが」
「貴方だって、殺せる」
「お前にはやられんよ」
「・・・ふ、それもそうだ」
ラインは窓から飛び去っていった。
「ったく、厄介なのはお前のほうだよ。・・・ま、それにしても」
秀の妹か、と霊次は溜息をつく。随分久しぶりの感情だ。
「この手で・・・殺してやりたい」
霊次は自らの手を握りしめた。微かに震えている。
「緤・・・」
過去を懐かしみ、再び視線を窓の外に向ける。
「・・・莠耶さんを帰してください。どうして貴方は、秀ばかり大切にしていたのですか。自身の命はあれだけ軽く見積もったのに、なぜ。貴方も莠耶さんも死ぬ必要なんてなかったのに、なぜ」
空への呼びかけに、返事はない。