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二人を繋ぐ「マリナ」

 「遅いぞ、お嬢様?」

 蓮は皮肉たっぷりの目で相馬を見る。

「うるさいな」

 少々顔を赤くして、相馬が答える。

「朝は苦手なんだって、前も言っただろ」

「言い訳するな、努力しろ」

「う・・・わかったよ・・・」

 そう、いつもの朝のパターンだった。三人はここのところ、夜遅くまで歩き続け、山の中で適当な場所を見つけて野宿していた。睡眠が必要不可欠なものではないらしい蓮とは違い、人間である相馬と佐倉は、身体の調子を整えるために睡眠時間をもらっている。とはいえ、普段から睡眠時間が長い相馬には辛い。

「・・・そういえば佐倉はいつも早起きだよね」

「相馬が遅すぎるだけだ」

「はいはい・・・。人間界でも早起きしてたの?」

「早いかどうかは知らないが、三時に起きていた」

「・・・は?」

「だから、三時」

 どういう生活してたんだこの人。漁師のおっちゃんか。

 相馬の呆気にとられた表情を見て、フォローを入れる。

「いや、あのな。寝るのが夕方の五時だっただけだ。普段はな」

「はい?」

「え?」

 しかし相馬の表情は晴れず、怪訝な顔で首まで傾け始めた。

「何か、おかしかったか・・・?」

「え?おかしいも何も、学校行ってたらそんな早く寝られないんじゃ・・・?」

「ああ、学校には行っていなかったからな」

「・・・どういうこと」

 相馬が頭を抱える。

「・・・貴族は、学校には行かないんだよ。知らなかったのか」

 えーっと。

 相馬は思考を巡らす。

 貴族は学校に行かない?いやいや天皇家だって学校には行くし、小学校は義務教育だし、不登校ってのならわかるけど、佐倉の言い方からするとそうでもなさそうだし・・・というか資産家とは聞いたけど、そもそも貴族って今存在してましたっけ?財閥の跡取りとかそういうこと?

「えっと、とりあえず学校に行ったことがないんだね・・・?」

「ああ。登録もしていない。戸籍がどうなっているかは知らないけどな」

 驚いた。そんな人がいたんだ。

 ここでは同じ人間の部類でも、人間界では、佐倉はかなり異質な存在。今になって、出会ったときのスーツ姿に納得した。おそらく、ここに来なければ一生出会うことがなかったのだろう。

「二人とも」

 蓮の言葉で我に返る。

「もうすぐ山の頂上だ。この世界を二つに分ける闇山脈、そこに俺らはいる」

 前を見ると、すぐ近くに頂らしい開けた場所がある。冷たい風が吹いた。

「ここが・・・」

 暗い景色が前方にはあった。近くには森、遠くには柵が、世界を囲っていた。柵の向こうは、相馬のとびきり良い視力をもってしても、よく見えない。

 そして、柵の手前に・・・。

「城・・・」

「あれが、霊次のいる城だ」

 その城の周りは、薄い色の膜で覆われていた。ふと、蓮が比較的近い場所にあった森を指差す。

「禁忌の森。まあ今は誰もいないけど、昔は霊次の仲間が住んでいた。莠耶という者でな、先代の王・・・緤が自分の命を終わらせると共に殺したんだ。廃城が見えるだろ」

 確かに、森の奥にはそれらしき物があった。

「・・・争った形跡がないぞ。あの森は何も知らず、生きている」

「ああ、それは・・・争っていないからだ」

「どういうことだ」

「・・・莠耶は確かに、魔族をたくさん殺した。だがあいつは最後に、緤と心中させて欲しいと頼んできた。緤もそれを承諾した。だから争うことなく、あそこで、共に死んだ」

 蓮の表情に冷酷さはない。まるで人間のように、他者の死を悼んでいる。

「突然気持ちを変えるだけのことがあったのか?・・・別に任務を放棄する気で言うわけじゃないが、霊次にその可能性はないのか?」

「・・・ないと、思ってくれ」

「じゃあ、なぜ気持ちを変えたのかだけでも教えてくれないか」

 佐倉が詰め寄る。

「・・・そこで気持ちを変えたんじゃない、元々はそういう奴だったんだ」

「じゃあなんで殺戮者となったんだ」

「・・・密封禁忌に立ち入ったからだ」

「密封禁忌?それは何だ。・・・待てよ、それじゃ霊次も時間が経てば戻るってことじゃないか!」

「密封禁忌はあの柵の向こう側だ!霊次は力を持った不確定要素、放っておくわけにはいかない!殺さなくてはならないんだ!」

「二人とも、言い争わないで!」

 相馬の制止で、ヒートアップした二人は落ち着きを取り戻す。

「・・・そう、殺さなくてはならないんだ・・・殺される、前に」

「捕らえることはできないのか」

「難しいな。本人が秀様を恨んでいる以上、王城で管理するわけにはいかない。かといって、他のところに有力者を分散させるのも危険だ。王城の守りが薄くなるからな。秀様を恨んでいなくても危険要素であるのに変わりはないのに、そんなことできるわけがない・・・」

 蓮はそう言うと、空を眺めやった。

「!?」

 その瞳が大きく見開かれる。何事かと見上げる間もなく、蓮は相馬と佐倉を庇うように立った。

「うわっ!」

 途端に、もの凄い風圧が感じられた。蓮は大剣を前に構え、それを壁にして必死に押しとどめている。

 どのくらい時間が経ったのか、風が止む。ふわりと温かい空気が流れる。

「ライン・・・お前・・・」

 羽をばさりばさりと動かして空中に止まっている青年に、僕たちの前にいる蓮は確かに、そう呼びかけた。

「俺を、殺しに来たのか・・・」

「・・・」

「マリヤはまだ生きているかもしれないだろ!必ず探すから!俺が探すからいい加減馬鹿なことはやめてくれ!」

「マリヤは死んだ」

 ラインと呼ばれた青年から、綺麗な声が漏れる。

「あのときは貴方のせいじゃないと思おうとした。だが・・・貴方をまったく恨んでいないかといえば、嘘になる。貴方がマリヤを殺したんだ、蓮!」

 綺麗な指が、蓮に向かって突き付けられる。着ている作業着と、言っているその言葉以外は天使そのものだ。

 だけど、どういうことなの。

「違うんだ!霊次の下から離れてくれ!お前は俺が守るから!」

「マリヤを、守らなかった貴方に・・・守るなんて言われたくない」

「・・・っ」

 マリヤ。おそらく少女の名前。

 天使のような姿をしているラインは敵で、霊次の仲間。それだけでも混乱しそうだっていうのに。

 蓮が、マリヤという少女を殺した?マリヤは敵?

 ラインはマリヤという少女を殺した蓮を恨んでいる。蓮はマリヤが生きていると考え、探そうとしている。何のために?殺すために?

 そして、任務を果たさないようなら僕たちを殺すと言った蓮が、霊次と分かり合う術はないと言った蓮が、ラインとの戦いを避けようとしている。それだけでなく、ラインを守ろうとしている・・・?

 どういうことなんだ。

「佐倉・・・」

「聞くな。僕もわからん」

「・・・何をしている」

 蓮がこちらに視線だけ向ける。

「ラインは敵だ。なぜ攻撃しない!」

 いや、蓮さん、意味がわかりません。

「蓮が親しげにしているのが気になってな」

「・・・敵だ」

「後で聞かせてもらおうか」

「・・・わかった」

 蓮が目を伏せる。佐倉が地に手を付き、ラインの周りを蔓で覆う。

「・・・抵抗、しないだと?」

 佐倉が不信感を口にしたのと、蔓が切り刻まれるのは同時だった。

「避ける必要もない」

 先程は身体の陰に隠すようにしていたのだろうか。その手に握った大鎌は神秘的に光り、それが恐ろしさを際だたせていた。

 相馬が光の矢を放つ。

「まだ、私を相手取るレベルではないな」

 軽く鎌を振ると激しい風が巻き起こる。矢は巻かれて消え、更に残りの風でバランスを崩し、力の差を感じる。

「・・・仕方ない。蓮、相馬を頼む」

 佐倉はバンダナを解く。後ろからは、綺麗な緑髪が見える。

「何をする気だ・・・っ!?」

「何をするか、それは僕にもわからない」

「お前・・・やめろ!」

 蓮に何が見えたのか、相馬からはわからない。前にいる佐倉の表情もわからない。しかし、佐倉の魔力が高まっているのは感じることができる。・・・なぜ。

「何だ・・・?」

 心なしかラインの表情も硬くなる。

「お前たちが僕らを殺すつもりなら・・・僕は、守らなければならない」

「やめ・・・え?」

 突然の、豪雨。

「・・・!」

「雨・・・!」

 ラインが鎌を下ろす。

「また今度だ、蓮」

「・・・お前、やっぱり諦めてないんじゃ・・・」

「うるさい。仇を取りに行くんだ。貴方も後から殺す」

 そう言うと、ラインは飛び去っていった。

 さて、こちらは。

「佐倉・・・?」

「近寄るな!」

 その剣幕に、思わずびくっとして立ち止まる。

「・・・今行く。待っていろ」

 丁寧にバンダナを結び、何度もその位置を確認する。

「蓮、お前はこれが何かわかったのか?」

「・・・ま、似た者同士ってことだな。まさかこんな形で出会うとは」

「似た者同士・・・そうか、それでか。納得したよ」

「相変わらず理解が早い。隠し事できねーじゃんか」

「必要ないよ。隠し事より協力できる可能性がある」

「もしもーし」

「ん?相馬か。どうした?もういいぞ」

 佐倉が振り向く。笑顔。僕にはこちらもわかりません。

「僕には何が何だかわからないんですけど」

 溜息。

「疲れているのか?休んだ方が良い」

 そう言うと、道から外れた場所に蔓のテントを作る。近づいて開けてみると、ご丁寧に地面は畳。

 この溜息はね、気疲れってやつですよ、佐倉さん。

 とはいうものの、佐倉の表情が少し悲しそうに見えたので、大人しく横になる。佐倉と蓮が横になって動きが少なくなったのを見て、相馬は外に出た。

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