表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
26/75

26話不慣れなる挑戦


「――というわけで、本日は初のゲーム配信だ」


 開幕の決まり文句を言い終えた瞬間、コメント欄が歓喜に沸いた。


『待ってた!!!』

『ついにキタ!』

『クリム様がゲームだと!?』


 実のところ、叶自身はゲームにそれほど明るくない。学生時代は多少触れていたが、社会人になってからはとんとご無沙汰だった。だが、視聴者の期待をNOと言えない性分が、こうして企画の実現を後押ししてしまったのだ。


「して、本日プレイするのは――こちら」


 画面に表示したのは、事前にリスナー投票で決めたホラー系のアクションゲームだった。舞台は呪われた古城、主人公は罠と怪物をかいくぐりながら脱出を目指す、という内容らしい。


『クリム様、動じないに1000点』

『いや逆にゲームが可哀想まである』

『主人公より怖い存在がプレイしてる説』


 コメント欄の予想は、ある意味当たっていた。ロード画面が終わり、暗い廊下に立たされたクリムゾフィアは、悠然と歩を進める。


「――む。この程度の闇、我が城の地下書庫の方がまだ深いな」


 早速、飾らない感想が漏れる。だが実際のところ、叶自身は画面の中の暗闇に人並みにびくついていた。台詞だけは堂々と、内心は冷や汗だらけ、というのが実態だった。


    *


 最初の関門は、案外あっさり越えられた。だが、次の部屋で早速、操作の粗さが露呈する。


「な、進まぬ……何故だ」


 壁に頭からめり込んだまま、キャラクターがその場で足踏みを続けている。統治者としての威厳ある声色と、画面の中の間抜けな挙動のギャップに、コメント欄が沸騰した。


『壁に頭突きし続ける威厳の塊で草』

『操作ガチで下手で草』

『でも声がずっとかっこいいから許せる』


「これは、その、罠の一種であろう」


「往生際が悪い!」


 思わず本音に近い自己弁護をしてしまい、コメント欄がさらに沸く。何とか壁からキャラクターを引き剥がし、先へ進む。だが、その後も似たような失敗が続いた。宝箱と思って開けたら爆発トラップ、飛び越えられるはずの隙間に何度も落下、極めつけには初見の敵に真正面から突っ込んで一撃で倒される始末。


「――ぐっ」


「クリム様やられた!? 大丈夫ですか!?」


 いつの間にか、コメント欄はもう完全に応援モードに切り替わっていた。統治者としての威厳を保とうとすればするほど、その不慣れさが際立って、かえって愛嬌が増していく――そんな悪循環に、叶は内心で頭を抱えていた。


    *


 次に立ちはだかったのは、石版に刻まれた古い紋様を組み合わせて扉を開けるという、いかにも定番のパズルだった。


「――ふむ。この手の謎かけは、我が国でも幾度となく扱ってきた」


 自信満々に呟くと、コメント欄も『お、ここは得意分野か?』『さすが統治者』と期待を寄せる。だが実際のところ、叶は在りし日にこの手の謎解きゲームをやり込んだ記憶などほとんどなく、ただの虚勢だった。


「まず、この獣の紋を、こちらに――いや、待て。逆であったか」


 適当に選んだ紋様を配置しては修正し、また配置しては修正する。試行錯誤というよりは、ほぼ手当たり次第だった。


『さっきの自信どこ行った』

『「幾度となく扱ってきた」(一度も解けていない)』

『威厳のある独り言、迷走中』


「――む、むう。これは、その、故意に手強くしてある特別な謎かけと見える」


「言い訳のクオリティ、日に日に上がってません?」


 思わず口をついて出た苦しい言い訳に、コメント欄が盛大に沸いた。十数回目の試行でようやく正解の並びに辿り着いた頃には、ため息にも似た安堵の声が漏れていた。


「――よし、開いた」


「クリム様、達成感が控えめすぎる!」


「これしきのこと、いちいち大げさに喜ぶものではない」


 強がる口ぶりとは裏腹に、内心では小躍りしたいくらいの気分だった。


    *


 その後もセーブポイントを見つけては安堵し、うっかりセーブを忘れたまま新しい罠に突っ込んでは最初からやり直す、ということを二度繰り返した。三度目でようやく学習し、律儀にセーブポイントごとに立ち止まる姿は、もはや統治者というより新米冒険者そのものだった。


『セーブ忘れ二回はさすがに草』

『学習能力あるにはあるの偉い』

『クリム様、着実に成長している(ゲームの基本操作限定)』


    *


「――む、この先に何かがおるな」


 薄暗い部屋の奥、何かが蠢く気配がした。心臓が跳ねる。ホラー演出特有の、あの嫌な緊張感だ。


 だが、意を決して部屋に踏み込んだ瞬間、飛び出してきたのは、粗末なCGで作られた、お世辞にも怖いとは言い難いモンスターだった。


「――ふむ。見た目に反して、随分と愛嬌のある顔をしておるな」


 思わず素で漏らした感想に、コメント欄が笑いに包まれた。


『いやそこ怖がるとこじゃない?』

『威厳保ちながら的外れな感想言うのやめて』

『クリム様の感性、ちょっとズレてて好き』


 本人としては大真面目に恐怖と戦っていたのだが、画面越しには余裕綽々に見えていたらしい。何とも複雑な気分だった。


    *


 いよいよ終盤、古城の最奥で待ち構えていたのは、これまでとは一線を画す巨大な影――どうやらこの章を締めくくる強敵らしい。


「――む、ようやく骨のある相手が出てきたか」


 勇ましく啖呵を切ったのも束の間、初手のパターンを把握しきれず、あっさり体力の半分を持っていかれる。


「ぬ、ぬぐぐっ! こしゃくな……!」


『開幕からめちゃくちゃ削られてて草』

『骨のある相手(骨だけになりそう)』

『クリム様応援するモード完全に定着してるの草』


 何度か蘇生を挟みながら、少しずつパターンを覚えていく。統治者としての矜持からか、蘇生のたびに「もう一度だ」「今度こそ」と律儀に決め台詞を挟むものだから、そのたびにコメント欄は笑いに包まれた。


「――くらえ! 渾身の一撃!」


 ようやく攻撃を当てられた時には、思わず椅子から腰を浮かせるほどの達成感があった。ラヴィも足元でその気配を察してか、耳をぴくりと動かしている。


「あともう少し……あともう少しで――」


 ボスの体力ゲージがわずかに残った状態で、痛恨のミスから連続攻撃を食らい、あえなく力尽きた。


「――なっ」


「クリム様!?」


『ここまで来て!?』

『あと一撃だったのに!』

『でもこの粘り、応援したくなる』


 悔しさに歯噛みしつつも、心のどこかで、この不甲斐なさすらも楽しんでいる自分がいることに気づく。何度目かの挑戦で、ようやくボスを打ち倒した時には、配信開始から二時間近くが経過していた。


「――勝った……勝ったぞ!」


 思わず素の歓喜がロールプレイを追い越す。コメント欄も『やったー!』『クリム様おめでとう!』『ここまで一緒に頑張った気分』と大盛り上がりだった。だが、画面に表示されたのは、期待していたエンディングロールではなく――「第一章 クリア」の文字だった。


「な……まだ、始まりに過ぎなかったと申すか」


『え、これ全然序盤だったの!?』

『まだ1章!? ボリュームやばすぎん』

『クリム様の反応、素で驚いてて草』


 脱力にも似た笑いがこみ上げてくる。まさか、これほどの死闘を繰り広げた末が、まだ物語の入り口に過ぎなかったとは。だが同時に、次の章への好奇心が、確かに胸の中で疼いていた。


「――よかろう。この続きは、また次の機会に語ろうではないか」


 決して上手いプレイとは言えなかったが、最後までロールプレイを崩さず走り切ったことに、叶は密かに安堵の息をつく。予定していた時間はとうに過ぎていたが、これほどまでにコメント欄が沸いた配信も、久しくなかった。


「いやー、こんなに笑ったゲーム配信初めてです! クリム様、操作的には大惨敗でしたけど、見てて全然飽きなかったです!」


 いつの間にか視聴者として紛れ込んでいたらしいメイベルのコメントが、コメント欄に流れてくる。思わず苦笑が漏れた。


「褒め言葉と受け取ってよいものか、判断に迷うところだな」


『次回も絶対やってほしい』

『クリム様のゲーム下手の癒し、まだ摂取したい』

『壁に頭突きシーンは殿堂入り』


 コメント欄には次回を望む声が続々と流れていく。統治者としての威厳を売りにしてきたはずが、思いがけない形で新しい魅力を見せてしまったらしい。


「……次があるとすれば、少しは上達しておきたいものだ」


 小さく呟くと、ラヴィが足元で「にゃあ」と鳴いた。まるで「無理だろ」とでも言いたげな声色に、叶は思わず苦笑を漏らした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ