24話初コラボ配信
告知が出た瞬間から、SNSはこの話題で持ちきりだった。「クリムゾフィア、メイベルとのコラボ決定」――そのたった一行に、数えきれないほどの反応がついた。おかげで開始前だというのに、同接数はすでに見たことのない桁を刻んでいる。
通話アプリの「参加」ボタンを押すと、待機画面に切り替わった。まだ配信は始まっていないらしい。しばらくすると、メイベルの明るい声が聞こえてきた。
「はいはーい、みなさんこんばんは! メイベルです! 今日もラジオ、始まりました!」
どうやら向こうの配信はもう始まっているようだ。叶は息を潜め、待機枠のまま様子をうかがう。
「今日は、いつもと趣向を変えて――というか、もう告知の時点で盛り上がってくれてる方も多いと思うんですけど。さっそくですが、ゲストをお呼びしたいと思います!」
メイベルの声に、心臓が跳ねた。呼ばれる。
「今夜のスペシャルゲストは、あの方です。どうぞ!」
通話が接続され、画面のレイアウトが切り替わる。中央には賑やかなラジオブースのセットを背にしたメイベル、その隣に、ゲスト通話枠として自分――クリムゾフィアの映像が小さく並んだ。
「――皆、待たせたな。クリムゾフィアだ」
決まり文句を口にした瞬間、コメント欄が一気に加速した。
『は? コラボ!?』
『待ってました!!!』
『あのクリム様が!? コラボしないことで有名じゃん』
『メイベルすご……本当に実現させた』
『マジで来た……』
「今日はなんと、あのクリムゾフィア様にゲストで来ていただきました!」
メイベルの高いテンションに、叶――否、クリムゾフィアとして映る自分は、少し気圧されながらも頷く。
「うむ。此度は貴殿の招きに応じ、まかり越した。よろしく頼む」
「かたっ! 早速かたい! でも、それがいいんですよねぇ! ファンの皆さんも待ってましたよね!」
コメント欄が『待ってた』『尊い』の文字で埋め尽くされていく。ラジオ形式というだけあって、台本はほとんどないらしい。メイベルが軽妙にトークを回し、こちらはただ「為政者クリムゾフィア」として応じていけばいい――そう聞いていたはずなのに、想像以上に喋りっぱなしの展開に、内心では冷や汗が止まらなかった。
*
「じゃあ早速、最初のコーナーいきましょう! その名も『クリム様に何でも聞いてみよう』!」
「随分と直球な名だな」
「いいんです、ラジオはシンプルが一番! ではさっそく――リスナーさんから来てます。『クリムゾフィア様は、普段どんな一日を過ごしているんですか?』」
答えに詰まった。統治業務、陳情の裁可、四大貴族との会合――本当のことなど話せるはずもない。だが、こういう時のために叶なりに用意していた答えがあった。
「……我が身は日々、領地の民の声に耳を傾け、裁定を下す立場にある。地味な仕事だ。誰かを立てれば誰かが立たぬ、そういう悩みも尽きぬ」
「うわ、重い! でも説得力ありますね……」
「時に、貴殿の方こそどうなのだ。配信者という生業も、なかなかの重責と見える」
「え、私の話!? ……あー、まあ、私も毎日いろんな人と話す仕事なので、それは分かる気がします。相手に合わせて話を引き出すの、地味に体力使うんですよ」
思いがけず、話が弾んだ。ロールプレイのつもりで応じたつもりが、いつの間にか営業マンとしての実感がにじみ出ていたのかもしれない。コメント欄には『会話のプロ同士だ』『クリム様、聞き上手』の文字が流れていく。
「あ、そうだ。私、実は昨日の収録で機材トラブルがあって、大変だったんですよ。マイクが急に猫の鳴き声みたいなノイズを拾い始めて」
「猫の鳴き声、とな」
「そうなんです、原因不明で。スタッフ総出で探し回ったら、犯人は隣のビルの野良猫が配管の中に入り込んでただけっていう」
想像した光景があまりに間抜けで、こらえきれず、ふっと喉の奥から笑いが漏れた。
「くく……それは、なんとも締まらぬ話だ」
「あ、笑った! クリム様が声出して笑うの初めて聞いたかも!」
メイベルの声が弾む。コメント欄も『笑ってる!?』『レア』『尊すぎる』と反応の速度を上げた。統治者として振る舞う時は、笑うにしても口の端を上げる程度に留めてきたはずだった。素の笑いがそのまま出てしまったことに、叶自身も少し驚く。
「ふ、不覚であった。滅多にないことだ」
「いや、その照れ方も含めてもう最高です。今日、ほんとにいろんなクリム様が見られて眼福なんですけど」
どうやら、いつもの一人語りでは決して見せない顔を、次々とさらけ出してしまっているらしい。悪い気はしなかった。
*
「では次のコーナー! 『初コラボ、ぶっちゃけどうですか』!」
「率直な問いだな」
「クリム様って、今までずっとコラボしてこなかったじゃないですか。それって、何か理由があったりするんですか?」
まずいところを突かれた、と思った。本物のクリムゾフィアがなぜ頑なにコラボを拒み続けてきたのか、その本当の理由など、叶には知る由もない。頭の中で必死に理由を探すが、それらしい答えは何一つ浮かんでこなかった。
「そ、それは……その、な」
「あ、歯切れ悪い! めずらしい!」
沈黙が気まずさを増す。何か言わねば――焦りのあまり、口をついて出たのは、およそ統治者らしくない一言だった。
「……人見知り、なのだ」
言った瞬間、しまったと思った。だが引っ込めるわけにもいかない。
「ふぇ!? クリム様が人見知り!?」
コメント欄が一気に沸いた。
『可愛すぎん!?』
『威厳ゼロで草』
『そのギャップがいいんだよ』
「そ、その、大勢を統べる身であっても、こういった砕けた場は不慣れというか……気恥ずかしいのだ」
恥ずかしそうに視線を逸らしながら付け加えると、メイベルが両手で口元を押さえた。
「尊……! いや、それは分かります、私も最初の頃はガチガチでしたし」
「では、今日、初めて踏み切ってくれた理由も、聞いてもいいですか?」
この質問には、幸い答えを用意していた。
「……我にも、譲れぬ一線というものがあった。だが、いつまでも殻に閉じこもっていては、伝えられぬ想いもある。貴殿の熱意に、背を押されたというところだ」
「わ……なんか、今日一番いいこと言いましたね、クリム様」
「揶揄うでない」
「揶揄ってないですよ! 本気で嬉しいです。私、実はずっとクリム様の配信のファンだったので」
その言葉に、叶の中で何かが小さく跳ねた。目の前の配信者は「大手Vtuber」でも「コラボ相手」でもなく、一人のファンでもあったのだ――そう思うと、不思議と肩の力が抜けていく。
*
「じゃ、じゃあ最後に、ちょっと踏み込んだコーナーいっちゃいましょうか! 名付けて『クリム様の素顔に迫る』!」
「……嫌な予感しかせぬな」
「大丈夫です大丈夫です! ちなみにこれ、いつもクリム様の配信では絶対聞かれないやつなので、ここだけの話ってことで!」
どうせろくな質問ではないだろう、と身構えたのが正解だった。
「クリム様、初恋はいつでしたか!?」
完全に不意を突かれた。統治業務や飢餓の話なら、いくらでもそれらしい答えを捻り出せる。だが、こんな質問への答えなど、用意しているはずもない。
「――っ、そ、それは……」
「あ、動揺した! 珍しい! コメント欄も大盛り上がりですよ!」
『クリム様が動揺してる!?』
『レア展開キタ!』
『気になる気になる!』
冷や汗をかきながら、叶は必死に頭を巡らせる。本物のクリムゾフィアの過去の恋愛事情など、知る由もない。ここは慎重に、当たり障りのない答えでかわすしかなかった。
「……む。そういった些事は、あまり多くを語るべきではないと考えている。統治者たる者、私情はなるべく胸の内に留めるものだ」
「わー、綺麗にかわされた! でもそれはそれで様になってますね……!」
「揶揄うでない、と言っておるであろう」
「あ、あの、これはリスナーさんの質問じゃなくて、完全に私個人の興味なんですけど……」メイベルが急に声のトーンを落とす。「その、タブーだったらごめんなさい。普通、Vtuberの世界って『中の人』なんて概念、あってはいけないっていうのが、まあ、普通の感覚じゃないですか。だから聞くのもどうかと思うんですけど……本当にナンセンスな質問で、クリム様のコスプレって、何かコツとかあるんですか?」
心臓が跳ねた。それはまさに、答えようのない質問だった。
「――こ、コツ、か」
実際のところ、コツも何もない。ただ変身するだけで、この姿になっているのだから。だが、それを正直に話せるはずもない。何か、それらしい言葉を探して――ふと、口をついて出たのは、飾らない本音だった。
「……コツというほどのものはない。ただ、この姿が、この身に馴染んで仕方がないのだ。誰かに扮しているというより、心からこの形が好きだから、こうしているに過ぎぬ」
言ってしまってから、少し照れくさくなった。だが、嘘は言っていない。むしろ、今日話した中で一番の本心だったかもしれない。
「……クリム様、今、なんか、すごくいいこと言いましたよね?」
「そうか?」
「はい。『中の人』がどうこうより、ただ好きだからそうしてる、って。それ、すごく素敵だと思います」
揶揄われるかと身構えていた分、まっすぐな言葉が返ってきて、少し面食らった。
どうにか切り抜けたことに、内心で大きく息を吐く。だが油断はできない。この調子だと、次に何を聞かれるかまったく予想がつかなかった。
*
「さてさて、そろそろお時間なんですけど、最後にリスナーさんからの質問、一つだけ拾わせてください」メイベルが手元の画面をスクロールする。「『とある陰陽師』さんから。『クリムゾフィア様、悩み相談コーナーはまたやってくれますか。あの時は本当に助かりました』」
「とある陰陽師」のハンドル名を見て、叶の口元がふっと緩んだ。あの放送事故の夜、酔いに任せてかけた言葉を、彼はちゃんと覚えていてくれたらしい。
「無論だ。困った者の声に耳を傾けるのは、我にとっても得るものが多い。またの機会に、存分に受け付けよう」
「あ、そうだ、これも聞いてみたかったんですけど」メイベルが少し身を乗り出す。「クリム様って、いつも雑談か悩み相談じゃないですか。ゲーム配信とか、雑談以外のこともやってみてはいかがですか? 絶対はまると思うんですよね」
考えたこともなかった提案だった。統治者としての一人語りに徹してきたこれまでの配信スタイルからすれば、些か型破りが過ぎる。だが――
「ゲーム、か」
叶の脳裏に、これまで見てきた数々の配信の記憶がよぎる。プレイヤーの一喜一憂、画面越しの熱狂。あれをクリムゾフィアとしてやれたなら、と考えるだけで、胸の奥に小さな火が灯った。
「悪くない。……いや、むしろ面白そうだ。この身、一度挑んでみようではないか」
「ほんとですか! やった、じゃあ企画考えますね!」
コメント欄も『ゲーム配信!?』『見たい!』『クリム様のプレイスキル気になる』と沸き立つ。統治者としての矜持を保ちつつ、新しいことへ意欲を燃やす自分に、叶自身も少し驚いていた。
「わ、優しい……! よし、じゃあこの辺で、そろそろお開きにしましょうか」
「うむ。此度は良い時間であった」
「私もめちゃくちゃ楽しかったです! また絶対呼んでくださいね!」
「――考えておこう」
そう返すと、コメント欄がまた沸いた。配信を締めくくる二人の声に、スパチャの通知音が次々と鳴り響く。メイベルのチャンネルに投げられたものだが、それでもコメント欄には「クリム様への祝儀のつもりで」と書き添える人も多かった。
配信が終わり、画面が暗転する。どっと肩の力が抜けて、椅子の背もたれに体を預けた。足元で丸くなっていたラヴィが、労うようにこてん、と頭を擦り付けてくる。
「……疲れた」
だが、悪くない疲れだった。今まで誰にも開かなかった扉を、自分の手で少しだけ開けた――そんな実感が、じんわりと胸の底に広がっていた。
スマホを手に取ると、通知が鳴り止まない。SNSのトレンド欄には、見慣れない文字列が躍っていた。
『#クリムメイベル』
目を擦って、もう一度画面を見る。見間違いではなかった。




