13-1 ゲーセン
【13話/B面】Aパート
一九九五年の初夏、高知――
毎日、代わり映えのしない授業が繰り返される、灰色の学生生活。
人よりも目立たないように、波風を立てず無難に生きていくのだと思っていた。
けれど、あの日出会った彼女が、僕の見ていた世界をどんどん鮮やかに塗り替えていった。
放課後のチャイムは、かつての退屈な終わりの合図ではなく、新しい物語が始まるファンファーレへと変わったのだ。
* * * * *
「静ちゃん、こっち! この台よ、この景品!」
仁科さんの弾んだ声が、電子音の渦巻く店内に響き渡った。
ここは学校の部室ではなく、放課後の熱気が充満した若者たちのたまり場だ。
今日は部活動の見聞を広めるという名目で、静那を連れて街へと繰り出してきたのである。
一九九五年のゲームセンターは、格闘ゲームの重低音やメダルゲームの金属音が、競い合うように鳴り響く騒がしい場所だった。
空気には、古い機械の油の匂いと、誰かが吸っているタバコの煙が薄く混じっている。
仁科さんは、都会で抱いていた「あまり良くない場所」という偏見を、今の静那の楽しそうな表情で上書きしようとしているようだった。
数年後にプリクラが登場し、女子高生で溢れかえる前の、どこか無骨で、けれど活気に満ちた空間。
まず一行が足を止めたのは、入り口付近に並んだ「UFOキャッチャー」と呼ばれるクレーンゲームの台だった。
「よっしゃああああ♪」
ガランという音と共に、出口にぬいぐるみが落ちた瞬間、仁科さんは拳を突き上げた。
「これ面白いですね。ぬいぐるみも、とってもかわいいし」
静那が、透明なアクリルケースの向こう側を、子どものように瞳を輝かせて覗き込む。
その仕草は好奇心に溢れていた。
「おっ、静ちゃん、興味持った?」
仁科さんが景品を手に取り、得意げに静那へ差し出す。
「うん。私、このゲームはコツがいるなって、すぐ分かったよ」
静那は受け取ったぬいぐるみの感触を確かめながら、鋭い観察眼を見せた。
「この掴むところがとにかく弱いですもんね」
彼女はクレーンのアーム部分を指さして、真顔で言った。
「そうだね。意外と正攻法で行ってもダメなところが、奥深いよね~」
椎原さんが横から頷き、彼女もまた初めて見る「攻略法」を模索しているようだった。
「この『タグ』っていうんですか? ここを引っかけたら、意外と持ってくれません?」
「もう、そんなこと言ってたら、もう『1ゲーム』したくなるじゃない」
仁科さんが百円玉を弄びながら、いたずらっぽく笑う。
「鉄は熱いうちに打てって言うけど、どうする? どうする?」
「そうね~まだ一体だけだし、もう一体狙っちゃおうかな」
そこへ、別のエリアで遊んでいた勇一が、三人の盛り上がりを聞きつけてやってきた。
「なんだよ、三人ともすっかりハマってるな」
「うん。勇一、これ面白いよ。正攻法でいっても取れないところが、特に」
静那が振り向き、にっこりと微笑んだ。
「ちょっと面白さの観点がよくわからないけど、楽しんでもらえて良かったよ」
「白都君はどうしてるの?」
椎原さんが、少し奥にある対戦格闘ゲームの筐体を見据えて尋ねる。
「俺は……その、向こうの対戦ゲームで、生一にボコボコにされて……今、たそがれてる」
勇一は少し悔しそうに答えた。
「あいつの言ってた『2D格闘ゲーム』っていうやつね。あんな暴力的なの、何が楽しいんだか」
仁科さんは、激しい操作音が聞こえてくるエリアを、やや冷ややかな目で見つめた。
「仁科さんは、知ってるのか?」
「たしか『ストⅡ』だよね。東京じゃ大会まで開かれてて、すごいブームだったよ。興味なかったけど、嫌でも学校内で情報が流れてくるほど流行ってたから」
「うん。今は『スーパーストリートファイターⅡ』っていうのが人気らしい」
勇一の説明に、仁科さんは都会での記憶を辿るように頷いた。
「そう、それ! 東京ではしょっちゅう大会があったのよ。
大勢の男の人が大画面にすずなりになって……まぁ、目立つもんよ。それで大盛況だから、運営側がデパート内やおもちゃ売り場内で大会を開いてたかな。毎週末」
「高いお金を払って有名なタレントさんを呼んだりしなくても、労せず集客できるイベントだから、味を占めてしまったんだね」
椎原さんが、冷静に社会構造の一部として分析を加える。
「東京の催し物は、どれだけ人を集められるかが一つのステータスだからね~」
「多分、これからもどんどん、この手の新作が作られていくんじゃないかな。
ってか、仁科さん、ゲームセンター否定派だったにしては随分詳しいね」
勇一の突っ込みに、仁科さんは「仕方ないでしょ」と肩をすくめた。
「嫌でも都内の学校内で、情報が飛び交うコンテンツだったからね。
女子高生って『自分だけ知らないこと』っていうのに対しては敏感だからね~
それが例え、興味ないモノだったとしてもさ」
「そんなものなんだ……。だったら都会って、やたらとお金がいるのも分かるかも」
勇一が納得したように呟くと、仁科さんは「でしょ」と力強く同意した。
「きゃあああああ!」
不意に横で、椎原さんの叫び声が響いた。
クレーンゲームのアームが、あと数センチというところで景品を離してしまったのだ。
「静那もそうだけど、椎原さん。なんて声出してるんだよ。もう完全に虜になってるな」
「認めたくないけど、このゲームははまるね」
椎原さんは顔を赤くし、興奮を抑えつつ悔しげに台を見つめた。
「うん。これ、『どうしても取りたい』っていう欲望を、よく引き出してるよね」
静那もアクリル板に顔を近づけて頷く。真剣な表情だ。
「そうね。このままモヤモヤして帰りたくないし……でも、どこかで引き下がらないといけないし……もう、そのあたりの自分との心理戦?」
仁科さんが腕を組み、台の中をじっと見据えた。
「俺、やってみようか?」
勇一がポケットから百円玉を取り出し、投入口へ入れた。
「勇一っ! やるの?」
静那が、期待に満ちた瞳で勇一の手元を注視する。
「上からガシッと掴んでも駄目だよ。ネームタグあるでしょ。あれに引っかけるんだよ」
まだ数分しか遊んでいないはずの静那が、まるで玄人のようなアドバイスを飛ばす。
勇一が慎重にボタンを操作し、アームがゆっくりと降りていく。
ガシッと景品を掴み、ゆっくりと景品を持ち上げ上昇し始めた。
「やった!」
三人が同時に叫んだ瞬間、ボトッとぬいぐるみは元の位置に落ちてしまった。
「腕力ないな~」
静那が、アームの握力のなさを残念そうに嘆く。
「う~ん。そうなんだよね~」
静那は笑いながら残念がる。
狙っていたぬいぐるみが落ちたのは、取り出し口のすぐ縁だった。あと少しの振動で落ちそうな、もどかしい位置である。
「う~ん。今の状態で『震度3』くらいの地震が起きたら、取れそうなんやけどな」
様子を見に来た生一が、後ろで手を組み、不謹慎な冗談を口にした。
「不謹慎なこと言うなよ! 一月に起こった地震の事考えろよ」
勇一が小さい声で突っ込む。ここはあくまで遊びの場だからだ。
「ボスはやらないですか? クレーンゲーム! 思ってたよりもずっと楽しくて……」
静那が、目を輝かせて生一を誘った。
「俺は、それよりもあっちの対戦台の方がええんでな」
生一は顎で格闘ゲームのコーナーを指し、マイペースに答えた。
「あぁ、格ゲーね。まぁ、頑張れば?」
仁科さんは興味なさそうに、視線を台に戻した。
「ということで、静那よ。俺が格ゲーの何たるかを教えてやる。来い!」
「え? あ、はい、ボス!」
「ちょっと! 勝手に静ちゃんを持ち出さないでよ!」
「お前も静那を所持物みたいに言うなよな。
あと、無理に金使わせてゲームやらすつもりはないから。簡単なレクチャーだけや。簡単な!
それに、そこにずっと立ってたら、また悶々としてクレーンゲームにお金投入するだけやろ」
「確かに……」
仁科さんと椎原さんは、同時に納得して思わずハモってしまう。
「あいつなりに、自分の『好き』を知ってもらいたかったんじゃないかな。だから俺も、止める気はなかったし」
勇一が二人の様子をフォローするように言った。
「……まぁ、あのバカ二人の趣味と比べたら、遥かにマシか。つか……あの二人はどこ行ったのよ?」
仁科さんが辺りを見回す。
「それは……ちょっと、秘密……かな」
勇一は視線を逸らした。
「なんか、麻雀のゲーム台で熱心に遊んでたね」
「そうだね、椎原さん。でも、それ以上の詮索はやめてあげてね」
* * * * *
麻雀ゲームのエリアの一角。
一九九三年くらいから爆発的に増えた対戦格闘ゲームの筐体が、そこには並んでいた。
「静那よ、ここが対戦格闘ゲームのエリアや。
台が対になっとるやろ。これで、顔が見えんモノ同士で対戦するねん」
生一は、背を向け合うように配置された筐体を指し示した。
「対戦ですか? ボス」
静那が、画面の中の激しい動きを不思議そうに見つめる。
「せやで。ちなみに、卑怯な攻撃をすることによって、よりリアルな対戦へ発展さすことも可能や」
「リアルですか……それはちょっと……」
「まぁこの画面見てみ。今、キャラ選択画面なんやけど……このキャラの中から一人使いたいのを選んで、それで勝ち抜き戦やっていくねん」
「いっぱいいますね」
「せやで。いっぱいいるけど、みんな違うキャラなんよ。『みんな違っててみんないい』ってやつやな」
「その考え、いいかも! 私、共感できますよ」
静那が、自分の価値観と重なる言葉に顔をほころばせた。
「でも、問題もあんねんなぁ」
生一はあくまで静那にゲームをやらすわけではなく、対戦が行われている様子を見ながらレクチャーを続ける。
「自分の好きなキャラを選んで使って対戦するっていうので、もちろんええんやけどな。ゲームっていうのは、人間が作るもんやろ。
どうしても、『強キャラ』いうんが出来てしまう。ようするに、強いキャラや」
「ふむ」
「このゲーム、対戦の大会があるんやけどな……どうしても強キャラばっかり選ばれる傾向があるねん。
今、向こうが使っとるこのキャラ……まぁ強いんやけど、とにかく固いねん」
生一は、緑色のタンクトップを着た、髪を垂直に立てた軍人キャラを指した。
「固い? 防御面が強固っていうこと?」
静那が、すぐにその意味を察して問い返す。
「なかなか飲み込みが早いな。ここ見てみ」
生一は、画面上部のタイムカウンターを指差した。
「ここがタイムオーバーになったら、試合は強制終了やねん。どんな凶悪なラスボスも、なぜか必ず守る恐るべき鉄則やねんけどな」
「なるほど。防御面が固いキャラだとタイムオーバー狙いもいけるっていうことですね」
「おまえ、ちょっと見込みというか、適性あるかもしれんな」
生一は感心したように頷き、さらに言葉を重ねた。
「まぁ、そういうことで、対戦の時『待ちガ●●』っていうのが流行って嫌がられてたな。勝つためには手段を選ばんくなってきてな」
「へえ……」
静那は、画面の中でほとんど動かずにガードを固める軍人キャラの姿を、じっと観察していた。
生一は最初から静那に操作させるつもりはなかったようで、ある程度対戦の様子を見せた後、席を立った。
「まぁ、俺の趣味もちょっと知ってもらいたかっただけやから、そろそろ戻るか。
次、行く所もあるやろうし」
「あ、良いんですか、ボス?」
「何が?」
ゲーム音がやかましい店内で、静那は生一の腕をそっと持ち、顔を近づけて、耳元で話しかけた。
上目遣いの彼女の吐息が近く、生一は思わず身体を固くした。
「その、……しなくて」
「お前、ドキッとさすなよな! モジモジしながら言いやがって、何か別のこと想像したやろ!」
「え? 私、何かしたっけ?」
「いや、もうええよ。戻るで」
「あの、さっきのゲームの名前は?」
「スーパーストⅡや。なんか、感じたことあったか?」
静那は歩きながら、少し考え込んでから言った。
「さっきの『強キャラ』のことなんですけど。結果として、弱いキャラクターは使われなくなるんですか?」
生一は、ニヤリと不敵に笑った。
「そこが、奥深いところやねんな。
まぁ、この辺は作り手もよう考えてると思うけどな。弱いキャラでも、練習重ねたら上手くなるねん。そのキャラ特有の強みも分かってくる。
それで、弱い言われるキャラで、さっき言った強キャラたちに勝てたら、爽快やんか」
「なるほど。ボスがこのゲーム好きな理由、ちょっと分かったかも。
……っていうことは、ボスは、もちろんこのキャラは使わないんですよね?」
静那の問いに、生一は即答した。
「当たり前や。弱いモンが強いモン倒すからおもろいんやで。どんな世界でもな」
* * * * *
場所は変わり、薄暗い一角にある麻雀ゲームのコーナー。
「おい、ゴリラ野郎」
「なんだ、サル野郎」
小谷野と兼元が、並んで設置された「脱衣麻雀」の筐体の前に座っていた。
「ここに都合よく二台、脱衣麻雀のゲームが連なってるのだが」
「それがどうした。俺はこの子が好みなんだが……」
小谷野はデモ画面のキャラクターを指差し、恵比須顔で言った。
「んなこと聞いてねぇよ! 今から同時にこのゲームを行う。対戦や」
「ほう」
「ルールはいたってシンプル! 『先に乳出させた方が勝ち』っていうのでどうや」
兼元の下心剥き出しの提案に、小谷野は沈黙の後、低く応えた。
「勝ちというと……」
「もちろん対価はある。この後の静那ちゃんの下着のコーディネート権をかける、っていうのでどないや?」
「ふむ。……もしゲームに負けたとしても、爽やかな心でいられる……悪うない」
小谷野が、大きく頷いた。
「決まりだな……では、いざ尋常に……勝負ッ!」
その声と同時に、二人は勢いよく百円玉を投入口へと滑り込ませた。
一九九五年――
高知のゲーセンの片隅で、実にバカげたインナーを賭けたバトルが、今、幕を開けたのである。
『B面』では、勇一達が立ち上げた部活「日本文化交流研究部」での日常トークを描いています。時々課外活動で外出もします。各話完結型ですので、お気軽にお楽しみください。
【読者の皆様へお願いがございます】
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