10-1 日本の作法
【10話/B面】Aパート
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今回は阿蘇市にある『国立阿蘇青少年交流の家』が舞台になっています。新たな男性キャラの登場となります。しかも2人同時に。
高知県の喧騒を離れ、バスに揺られて辿り着いたのは、熊本県阿蘇市の広大な山々。
いつもの西側二階の部室とは異なり、木材と畳の匂いが入り混じった、質素な『国立阿蘇青少年交流の家』の講義室だった。
窓の外には阿蘇の雄大なカルデラが広がり、五月を控えた冷涼な風が建物の隙間を通り抜けていく。
ゴールデンウィークという世間の浮かれた空気などどこへやら、三枝先生の差し金によって集められた面々は、この研修施設で缶詰状態となっていた。
全国の国語教師間でのリレー研修、強化合宿に参加しているのだ。
全国の学生が学びにやってくる一泊二日の勉強合宿。
学校からの選抜というわけでもなく、勇一と生一は国語の補習を免除する為の参加だったりする。
なので静那以外の二人はモチベーションが非常に低かった。
* * * * *
長い講義がようやく一区切りを迎え、講義室に重苦しく漂っていた緊張感がわずかに弛緩する。
勇一と生一は、教室の最後列で、魂が抜けたような顔をしながら座椅子に身を預けていた。
補習免除という餌に釣られてやってきたものの、全国から集まった国語教師たちの熱量には到底ついていけず、ただ時間が過ぎるのを待つばかりの二人。
一方、数列前の席で一心不乱にノートを走らせていた静那が、休み時間を告げるチャイムとともに振り返り、こちらへと歩み寄ってきた。
初日のカリキュラムをあと1講義残した状態で、短い休み時間に入る。
「勇一」
静那は少しだけ首を傾げ、勇一の顔を覗き込むようにして声をかけた。
「ん? ああ……静那か」
勇一はぼんやりとした視線を彼女へと向けた。
「授業受けてる時ずっと腕組んでたでしょ。授業聞いてた?」
「ああ。一応」
勇一は気まずそうに目を逸らし、生一の様子を窺うが、生一は机に突っ伏したまま動かない。
「じゃあ腕組みは良くないっていうのは分かったよね。あれ、衰えてゆく傾向の仕草だって言ってたからやめようよ」
「そうなの?」
「そうだよ。勇一やっぱり聞いてなかったでしょ」
「ごめん、どんな話だったっけ」
勇一は頭を掻きながら、必死に記憶の断片を繋ぎ合わせようとした。
「昔の日本人は縁起――前兆を大切にしてるって話の流れからさ、その中で腕を組んだり足を組むのは縁起が悪いこととされていたんだって。
そんなずっと腕組み足組みしてる人には周りの人が近寄らないようにしてたみたいだから、現代でも気をつけなさいって意味」
「そうか。ごめん。正直聞いてなかったよ」
「腕組みしてたら話も入ってこないって言ってたよ。手は机に置いてから聞こうよ」
静那がそう言って優しく促しているうちに、背後から無神経な足音が近づいてきた。
この合宿初日に、静那の日本人離れした美しさに目を奪われた他校の男子二人組だ。
一人は彫りの深いゴリラのような顔立ちの小谷野、もう一人は卑屈な笑みを浮かべたサル顔の兼元。
「静那ちゃん。なんだいコイツは。こんな奴の相手をするよりも残り少ない休み時間、僕とステディな付き合いをしないかい?」
小谷野はどこかで聞きかじったような時代遅れの言葉を使い、わざとらしく胸を張った。
「静那ちゃん、僕がエスコートするよ。一緒にお茶でもどうかな?」
兼元は小谷野の背後からひょいと顔を出し、静那に向かって手招きをする。
二人は関西方面の高校生らしく、初対面の相手に対しても遠慮という言葉を知らないようだった。
合宿所の廊下の曲がり角で偶然静那とぶつかったことによる『運命の出会い的なもの』を感じたらしい。
ゴリラみたいなのとサルみたいな奴で、生一いわく関西出身の男子高校生ということだ。
「君は静那ちゃんの何だい? 悪いが彼女は私がお借りするのでお引き取り願おうか」
小谷野は勇一を射貫くような視線で威嚇し、どこかの男爵のような尊大な口調で言い放った。
「お引き取りって……机座っているだけなんですけど」
勇一は不快感を隠そうともせず、呆れたような声を出した。
「だけど明らかに不快そうな顔をしているね、君」
『君』と呼ばれたことに不快感を隠せない勇一。
しかも明らかに紳士か男爵を気取ったような、不自然な口調で話している。
要するに『静那さんには近寄るな』オーラを出しているのだ。
無意識に、なんか嫌だなぁという感じを出していたのだろうか。
勇一は無意識に腕を組もうとする。
そんな様子に静那が口をはさんだ。
「勇一。ほら、無意識だと思うけど今腕組みしてる」
静那は諭すような口調で勇一の腕を指さした。
「私も今日知ったけどそれ『相手を受け入れません!』っていう『しぐさ』みたいだから気を付けてね」
勇一はハッとして、慌てて組んでいた腕を解き、机の下に隠した。
「あぁ……その、すまなかった」
「反省してるならよし。じゃあ……」
静那は満足げに微笑むと、今度は自分にまとわりつく二人へと視線を戻した。
「どうするんだったっけ? 小谷野さん、兼元さん。ステディ……?な付き合い?どこか行くの?」
静那は小谷野たちが使った不可解な単語をそのままオウム返しにするが、彼女の瞳には微塵の警戒心もなく、純粋な好奇心だけが宿っている。
「え……あ、ああそうだよね。じゃあステディにお茶もらいに行こうか」
小谷野は言葉の意味を履き違えたまま、静那を食堂の方へと誘おうと必死になる。
「あっソレ俺が言った奴だろ。ズルいぞ」
「いいんだよ。喉かわいてるんだし」
「じゃあステディなお茶飲みに行こう」
「うんステディにね……」
「あっこらお前、手を持つな!」
「いいじゃんさ。嫁なんだし――」「誰が嫁だ!」
小谷野と兼元は醜い小競り合いを演じながら、静那を連れて講義室の後ろへと消えていった。
その騒々しい背中を見送っていた生一が、ようやく机から顔を上げた。
「あのゴリラの方、『ステディ』の意味絶対分かってへんな。まぁおもろいからええけど」
生一が頭だけ起こして話しかけてきた。会話は聞いていたようだ。
「(まぁあの二人の事をどうこう言う前に、俺も講義きちんと聞かないとな……先輩としてはちょっとカッコ悪かったかな)」
そう感じた勇一は気持ちを仕切り直す。
「結局お前、講義聞いてた?」
生一が聞いてきた。
「いや、正直あんまり。初めの方は聞いてたけどだんだんぼーっとしてきて」
勇一は正直に打ち明け、項垂れた。
「そのわりには『すまなかった』言えてたやん。あれで静那も少し嬉しかったんと違う?」
「そんな講義あったっけ」
「やっぱり聞いてなかったか……
江戸時代の作法やったかな……日本の昔の人って、気持ちが澄み切った状態をお互いが心がけて会話してたんよ」
生一は珍しく真面目なトーンで、講義テキストを眺めながら話し始めた。
「だから気持ちが濁った時には『澄まない』と思うわけで、そうなったらすぐに『すまない』って言うのが気持ちのいい関係を保つ秘訣とか話してたで」
「そんな講義があったのか……つうかお前ちゃんと聞いてたんだな」
「当たり前やん、この後授業のレポートとか書かされることになったらヤバいしな。それで静那の書いた文パクッてるのバレたら、マジで追試になるから……要点だけは押さえておこう思うてな」
「そういう要点を押さえる所とかはきちんとやってんのな」
勇一は生一の器用さに、感心を通り越して呆れを覚えた。
「人生は要領も大事やで。要領悪いんがダメやとは思わんけど、残念なことに容赦なく付けこむ輩もいるんやから。
勇一も静那に対してただ優しいだけの先輩に成り下がったらあかんで。あいつお前の事一番信頼してるんやし」
「何でわかるよ」
「顔見たら分かるよ。そういう細かい表情おまえあんまり見てないよな。
うちの女性陣はその辺り感じ取ってるいうのに……」
「ワリィ、もう少し表情を見るよ。皆結構表情とか注意して見てんだな」
勇一は自分の観察眼のなさを痛感し、沈黙の中で静かに自省した。
「あと静那は多分学んだ事を分かち合いたいんやと思うで。
学校でも覚えた言葉、それが関西弁だろうがあいつ何でもすぐ使ってみたりするし」
生一の言葉は、まるで静那の心の動きを完璧に理解しているかのように淀みがなかった。
「だから先輩として学んだ事柄とか言葉、使ってあげたら喜ぶんとちがうやろうか?」
「そうか。ごめん……じゃなくて、すまない。そうだよな。ちょっと真面目に授業受けるよ」
「でも今日はあと1講義で終わりやけどな」
「気持ちのコシ折るなよな~もう」
「いやそれ以前にきちんと聞いてなかったお前が悪いやん」
生一が皮肉交じりに笑ったのと同時に、小谷野たちに連れられていた静那が、紙コップを持って戻ってきた。
生一が静那に問いかける。
「ちゃんと『念』は入れたか?」
「うん。入れたよ!ボス!」
静那は顔を綻ばせ、元気よく答えた。
その表情を確認した生一は、勇一に向かって肩をすくめて見せた。
「こんな感じな。まぁお前はツメが甘いよな」
『B面』では、勇一達が立ち上げた部活「日本文化交流研究部」での日常トークを描いています。時々課外活動で外出もします。各話完結型ですので、お気軽にお楽しみください。
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