12-1 “強い”とは?①
【12話/B面】Aパート
ここは校舎の東側2階。
放課後に入ってほどなくして、部員の看板娘である静那が元気よく2階の部室に入ってくる。
「こんにちは。」
ただいつも一番乗りではない。
だいたい先に来ている生一が隅っこの方でマンガを読んでいるのが日常だ。
静那は漫画を呼んでいる生一の元へ行く。
まずは一声挨拶。
「ボス、もういてはる?」
「おう、漫画の邪魔や」
「では換気をさせていただきます。」
部室の窓を開けて部室の入り口へ風を通す。
窓を開けきったその時…何やら厚かましい男2人がドカドカ入ってきた。
「静那ちゃん!酷いよ。俺達教室に迎えに来たのに。」
「もう部室に行ってるって聞かされて…」
小谷野と兼元だ。
「あ…ごめん。そうだった」
静那は申し訳なさそうに2人に詰め寄る。
客観的に見ても約束もしてないし、別に謝ることでも何でもないのだが。
「その、学校終わって…すぐ本を返しに行かないとって思ってて。
それでそのまま部室に行ってしまって…本当にごめんなさい。」
紳士的に頭を下げて謝る静那。
しっかりとそれにつけ込む2人。
「じゃあお詫びとして今日は一緒に帰ろう。」
「いいですよ。でも方角が確か逆じゃ…」
「そこは気にしなくてもいいさ。僕が家までエスコートするから。」
「オイコラ!家まで送るのは俺だっつうの!」
「あんコラ!」
「何がコラじゃコラ!」
勝手に言い争いが始まりそうになる。
勇一が部室前まで来ていた。
その流れでこのバカなやりとりに遭遇する。
静那はやりとりが拡大しないようにとっさに提案をする。
「じゃあ3人で帰りましょう。3人で仲良く帰りたいな。」
「さすが嫁。心が広い。」×2
2人は即座に恵比寿顔になった。
正直後輩にここまで気をつかわせる先輩って何なんだろうか…
しかもしれっと彼女の自宅の場所をつきとめようとしている…
生一は“ブレてない”って一目置いてたが…やっぱこの2人ヤバくないか?…と感じる勇一。
* * * * *
椎原さんと仁科さんが到着するなりいきなり部活ルールに“待った”がかかる。
「あのさ、この前の自己紹介を聞いていてあんたらは危なっかしいって感じた。だから静ちゃんと話すなら一応私たちも話の輪に加わることにする。
変な情報吹き込むのは辞めてほしいから。」
「なんで俺らが変な情報吹き込む前提なんだよ。吹き込むなら愛だよ愛!」
「なんで俺も含まれてんだよ。」
生一が不満そうな顔をする。
「あんただってトンデモ教材作ったり、ヤバい話どさくさにねじこんだりして油断も隙もないのよ!静ちゃんに変な事教えないでよね!」
「あの…」
「静ちゃんも嫌ならきちんと言いなさい。あいつらどさくさに紛れて変な事吹き込んでくるから。」
そっぽを向く生一。
「けっ、まったく俺らを害虫みたいに言いやがって。…フン!良いもんね。おれはもっと凄いお楽しみがあるから。」
「おい、なんだよ生一、何をお楽しみにしてるって?」
「何って…来月高速バス使って見に行くんだよ。東京!
…日本武道館!6月9日。全日のチケット取ったもんね。」
「全日…プロレスか?」
「せやで。カードがまぁ~ええねん。
三沢光晴&小橋健太VS田上明&川田利明。どうよ。」
「それってすごいのか?」
「まぁ全日知らん勇一なら無理も無いな。日本武道館満員になるでコレ。」
「前言ってた三沢って選手が生一のお気に入りか。」
「まぁな。もう三沢さんより強い人間なんてこの世におらへんで。」
「それはどうかな。」
「何ィ!」
「お前は本当に強いってことの何たるかを分かってないな。」
「なんで変態共にそんなん言われなあかんのよ。」
「うるせえよ。俺だって強いヤツってのには興味あるんだよ。まだ話してなかったけど俺も格闘技やプロレスはよう見てたし。」
「おまえ、だったらあのマニアックな趣味を話す時にそれちゃんと言えよ。下着マニアとか馬鹿な事言ってないで。」
「それは兼元の方や!俺は違う。」
「い~や違わんね。おい仁科!」
すこし離れたところで、椎原さんと静那で話をしようとしていた仁科さんが生一に問われ、振り向く。
「何よ。なんか話あるの?」
「お前のスリーサイズって今、89・58・83よな?」
「なッ!!何で知ってんのよ。」
「コイツからの情報。俺マジで知らんかったで。」
「この変態!信じらんない!」
「お前の目はどうなってんだよ。スカウターみたいにスリーサイズの数値見事に当てやがって。」
「そりゃあ…プロだから。」
「…なんのプロだよ。」
「やっぱり変態やんか!」
ここで仁科さん。
あまりに低能な話についに突っ込んできた。
「っていうかさっきからそこでくだらない話してんじゃないわよ!そんな話するんだったらどこか外でやってよ!もう!マジ変態。」
「まぁまぁ、俺ら“強い”っていうのがどういう事かって話しようとしてたんだよ。ちょっと脱線しかけたただけで。」
「フン、バカバカしい!格闘技とかで誰が最強だとかの話してるんでしょ。そういうの私分かんないから。」
「私興味ありますよ。話したい!」
ここでなぜか静那が食いついた。
「ちょっと静ちゃん本気?格闘技とか見た経験はある?それともやった事とか…」
「いえ…無いですけど、単純に“強い”ってどういうことなんだろうっていうのは気になりましたんで。」
「“強い”ねぇ…」
「ホラそない言うてるやん。話してみようぜ。」
「でも私…そのプロレスの格闘技やってる人の名前とか知らないから。ジャッキーチェンさんくらいしか。」
「あのな!ジャッキーさんは香港の俳優や。あと、格闘技とプロレスは別モノやからな!一色たんにすな。」
「だからそんな知識無いんだってば。静ちゃん本当に話に参加してみる。できそう?」
「うん。分からない場合は“分からない”って正直に言えば大丈夫だよ。」
「じゃあ…」
勇一が一応司会に立つ。
「“強い”っていうのはどういうイメージか、みんなですり合わせしてみよう。
でも生一さ。さっきの三沢さんの話とか、女性陣は多分分からないと思うから個別の人の名前を出すのはNGな。
あくまで“強い”って事に対する主観を聞きたいだけだから。」
「おう。了解。異議ないで。」
「小谷野と兼元もそれでいいね?」
「まぁいいで。」
「そんな釘指すような言い方せんでもちゃんと話せるし。」
コメントは無かったが椎原さんの同意も表情から受け取ったので、話に入る勇一。
「じゃあ…まずは、ええと…」
「じゃ、提案した私から言うね。」
静那が先陣を切った。どうも彼女は“強さ”というものに対して何か思う所があったようだ。
「私の昔の友達の話なんだけど…」
「ちょっと待った!」
勢いよく小谷野が手をあげる。
「静那ちゃんっ!その友達っていうのは、ま…すぅわ…か…彼氏だった人とか?
今もお付き合いとか…まさか…」
「いいえ、違いますっ。」
“話始めたばかりなのにいきなり話を脱線させないでよ”というような意図が感じられる。
さすがに今のは静那も相手が先輩とはいえムカッときたのではないかと想像する勇一。
でもさすがにムカついた程ではなさそうだ。
少し声のトーンを落として2人を説得する静那。
「彼氏じゃないですから…話、進めていいかな?旦那様。」
その“旦那様”という言葉で大人しくなった小谷野と兼元。
早くも2人の扱い方が分かってきたのだろうか。
「その…友達がですね。
よく“弱い自分が嫌だ”って自分を責めてたんです。
でも私は弱いのがそんなにダメな事なのかなってずっと思ってて…
どうしても強くならないと…強くなきゃいけないのかなって思ってた。
だから他の人は強いってことに関してどう感じてるのかなって…気になってたんです。」
少し沈みがちなトーンで静那は前振りをする。
「そうだったんだ…静ちゃんはそんな友達に何て言ってあげたの?」
椎原さんが優しく問いかける。
「うん…何も言えなかったな。
弱い自分が嫌いで嫌いでたまらなかったみたいだから、きっと何を言っても言葉が届かなかったんだと思う。
これから先、弱い自分が嫌で苦しんでいる人がいたら、私どんな言葉をかけてあげたらいいんだろうかな…って考えてた。
だから逆に強いってどういう事なんだろうって…」
「なるほどな…弱いのがダメだって思うなら、逆に強いって…強さってどういう事なのか知りたいって事か。」
「私は…参考になるかどうか分からないけど…」
「いいですよ。椎原先輩、何でも。」
「うん。どんなに力が強くても人間歳を取ればいずれは力は衰えてくる。だから強さを誇示できるのって、20代から30代くらいまでじゃないかなって思うんだ。
どんなに強い人でもピークはあるでしょう。
なのに強くなろうとするのは私はあまり理解できないな…女性だからっていうのもあるよ。
それでも男の人は強さを誇示したいのかな…
あと…政治家さんはいくつになってもやたらと権力を誇示して強がってるよね。
あれも一つの強さの誇示、証明なのかな。
それもおじいさんになっていずれは死んでしまうのにね。」
「まぁ権力的な強さは分からないけどさ、“強い”って言うのは手っ取り早くて分かりやすい力の示し方だよな。日本じゃ今やってるのか分からんけどアームレスリングの大会…アメリカじゃ有名なんだろ。
老若男女、誰が見ても分かりやすい優劣を示せるんだからさ。」
「大昔は強さが権力の象徴だった時代が続いたみたいじゃんか。その時代が何千年も続いたんだから俺らもそのDNAがどこかに染みついてるんじゃねえのか?
だから理屈抜きにして“強さが正義”みたいな刷り込みは生まれた時から備わってると思うよ。
実際にさ、格闘技やプロレスなんかは人気だし、漫画だって少年誌はバトルモノが多いだろ。
そのうえでちゃんと人気になってる。
女のコでも知ってるだろ。大人気の漫画“ドラゴンボール”。あれもやっぱバトルモノなんだよな。
次から次へと強い敵が出てきて、それを倒すみたいな構図。
スポーツも根っこの部分はそういうとこあると思うんだよな。」
「(あの変態、まともな事を言うな…。ちゃんと喋れんじゃん。元は頭良いんだっけ…)」という感じの仁科さん。
「でもあれは漫画とかで、そういう闘いのジャンルが人気出るように会社やメディアが誘導してるだけじゃないの?」
「いいや。その後、どの漫画雑誌も競うようにバトルモノ出してる。気合だとか剣だとか銃だとか妖気だとか趣向を色々変えて…だからまだ10代の俺でも人間の本質はやっぱ戦う事なんじゃないかって感じたりする。
感じさせられている部分もあるけど、本能で感じてると認めてしまう部分もある。
バトル漫画は実際興奮するし。
それに勝つためには手段を選ばねえやつっているじゃん。
あれって勝ちたいからだろ。自分の方が強いって証明したいからだろ?勝ったやつが強いのだ、みたいな?」
「確かにスポーツの世界でもお金や権力にモノを言わせてる事例は知ってるから何となく感じるよ。」
「負けた人間は悔しいよね。力が無かった、弱かったからって思うだろうし、強いモノにはかなわないって思い知らされたら自分がみじめになるだろうし。」
「本当に惨めになるのかな…」
「何でそう思う?」
「だっていずれは人は衰えるってさっき話してたから…衰えたら人はもう勝てなくなるよね。」
「だから体的な力以外の強さ…“権力”とかを代用として求めるんじゃないかな。何にしても人は死ぬまで強さを誇示し続けたいのよ。」
「歳とってからも尚強さを誇示したいって…今の自分じゃ理由がよく分からないな…」
「私は女性の視点から見て、あの考え方がなんだか回りまわって戦争や紛争をひき起こしてるんじゃないかって思うよ。
人間の感情とかDNAに備わったものだとか結論付ければ楽だけど、それだけじゃ納得いかないよね。」
「私は…弱くても良いと思う…負けてもお互い真剣だったら…
でもそれじゃ駄目なんだっていう意見もある。
結果が全てだっていう世界があるんだよね。
プロの選手とか…
お金を儲けていく為なら…」
「そうね…勝負事に名声やお金が絡むとね…生活と直結するわけだし。」
ここで勇一が仕切る。
素直な言葉として出てきた。
「ちょっと待って。皆の意見は一通り分かったけど、こんがらがってる部分もあるんだ。
“強い”ってのが力的なものか権力的なものでまた見え方・考え方も違うしさ。
一度強いっていうのがどんな人物像なのか書き出してみない?」
「だったらまずは…」
黒板に書きだしたのは静那だ。
『上には上がいる』『右に出る者はいない』と書いた後、話はじめる。
「上に書いたのは日本の“ことわざ”だそうで、その下の言葉は中国の“故事成語”だそうです。
強いって意味をあらわす言葉なんだけど…」
「なるほど…じゃあ」
生一が世界史の教科書から世界地図を出してきた。
「地図上で言うと、上には上っていうことだから、ズバリ北!強い人物は北に居る!」
「北?」
「それで“右に出るものはいない”だよな。じゃあ…」
生一は右上にあるグリーンランドあたりを指さす。
「強い人物はおそらくこの辺に居るんじゃね?」
「そんなトンデモ理論で納得するかよ!てかここ氷の島、北極地帯だぞ!」
「でもよ…そんな溶けた北極の中に…恐竜がいたら…」
「玉乗り…仕込みたいね。」
「コラコラ!(やっぱり話が逸れてしまったか…。)」
* * * * *
「ボス、一旦話をニュートラルコーナーに戻しましょうか。」
「白都君。一度話戻そう。
白都君の言う通り、“強さ”っていってもかなり抽象的で難しいと思うんだ。
今皆に一通り意見を聞いてみたけど、みんな考え方はもちろん見てる方向も違ってた。
これを一まとめにするのはすぐには厳しいよ。」
「…でも静那に何か掴んでほしいから、もっと深堀り出来たらしたいかなって…。」
「あ、勇一。その…もとはと言えば私が言い出したことだから気を使わなくてもいいよ。
それに私も急に話を振った上に、確かにテーマがざっくりしてたと思う。
今振り返ってみて気づいたんだけどね。
私…答えっていうか、こういう考え方をすればいいっていうのを求めてたんじゃない。
ただ、みんなはどう感じてるのかなって思ったから聞いてみたんだ。
多分さっきのボスの世界地図の話は、ちょっとテーマが壮大過ぎて分からなくなったから出た話だと思ってる。
だから、また考えが似詰まったら話できればいいな。
もちろん結論を出すことありきじゃなくて、その時に感じる事を共有出来たらいいかなって。」
「静那…」
「嫁…」×2
「静ちゃん…」
「だからまた話しよう。ボスもやっぱり今まさに強い“旬”の人とかを具体的に出して話す方が分かりやすいよね。“全日”だったっけ。」
「お、そこしっかり聞いとったな。誉めてつかわす。」
「まぁ抽象的なことよりも具体化したものの方が話はしやすいよね。静ちゃん、またこのテーマで感じた事があったら話しよう。」
「はい!椎原先輩ありがとうございます。」
「静ちゃん本当にこんな感じの話で良かったの?」
「うん、私も引き続き考えてみる。弱さを受け入れるの辛そうにしている人に、どう声をかければよかったのか…」
「“弱さ・強さ”か…さすがにその本質をとらえるのは難しいかもな…
でも本質が分かって世界中で共有できれば意外と世の中はシンプルにうまく行くんじゃないのかな…なんて。」
そんな事を感じた勇一、そして静那だった。
『B面』では、主人公達が立ち上げた部活「日本文化交流研究部」の様子を描いています。
各話完結型ですので、お気軽にお楽しみください。
尚、本編のストーリーとB面の話数は所々リンクしています。こちらを読んでから本編を読み進めていくとより楽しめます。
【読者の皆様へお願いがございます】
ブックマーク、評価は大いに勇気になります。
現時点でも構いませんので、ページ下部↓の【☆☆☆☆☆】から評価して頂ければ非常に嬉しいです。
頑張って執筆致します。よろしくお願いします。