6-1 NGワード?
【6話/B面】Aパート
放課後を告げるビートルズの『イエスタデイ』が校内に流れ出す頃、校舎西側2階の突き当たりにあるその部屋は、静かに目を覚ます。
使い古された大きな机が置かれただけの簡素な部室だが、窓を開ければ柔らかな風が入り込み、午後の光を揺らす。
やがてこの教室で元気な挨拶が重なり、面々が揃う。
机を囲む輪が完成した時、今日という日の『日本文化交流研究部』の時間が動き出す――
始めの実力テストという学生にとっての大きな壁がようやく取り除かれ、校舎全体には開放感に満ちた、どこか浮ついた空気が流れていた。
放課後の柔らかな光が窓から差し込む「日本文化交流研究部」の部室では、テストがまだ終わっていない静那の参加を待つメンバーたちが、穏やかな談笑に興じていた。
部長の勇一と仁科さん、生一の三名がとりあえず教室の机を囲む。
暫くして特進クラスではあるものの、早々とテストをクリアした椎原さんが部室に合流し、四人になったところから今回の話は始まる。
* * * * *
「三人に今のうちに話しておきたい事があるんだけど……」
勇一がまず提案する。
『今のうち』というのが静那が居ないうちというので暗黙のうちに理解している。
「ここ1週間くらい、静那と話してみてどう感じる?
なんか言いにくいことがあれば俺の方から話してみるけど?」
静那が来ていない今、部活動が始まって半月も経っていないが、これまでの感触を分かち合ってみようと提案する勇一。
「静ちゃんがいると、なんだかいいよね」
椅子の背もたれに身を預け、天井をぼんやりと仰ぎながら、仁科さんがまず話しだした。
「はじめは、ただの外国人さんを交えたお話会みたいなイメージだったけど……意外と私自身、自分の思い込みや先入観で相手に喋っていることが多いなって、気づくきっかけになっているかな」
彼女は自分の爪先を少しだけ気にしながら、静かに、けれど確かな実感を込めて言葉を紡いだ。
「私はね……自分ってこんなに喋る人間なんだ~って正直驚いてる」
隣に座る椎原さんが、はにかむように視線を落とした。
「普段はこんなに喋らないのに。昨日なんて、静那ちゃんがあまりにも間近で熱心に私の話を聞いてくれるから。つい、海外に居た頃の暮らしの話とか、長々としちゃった。
あんなプライベートな話をしても良かったのかなとか、逆に退屈じゃなかったのかなとか、後になって少し考えちゃうな」
「椎原さん、別にそんなの気にしなくても良いよ。俺も海外での暮らしって、正直よく分からなかったし。
『お金さえあればどこでも暮らせる』みたいな考えが、何となく俺の中にはあったから。椎原さんの話は新鮮だったし、リアルで面白かったよ」
「『面白い』って、感じなのかな」
椎原さんが、意外そうな表情で勇一を見つめた。
「少し違うけど、日本に住んでたら分からんよな。海外での感覚なんて」
生一が椅子をギィと鳴らして加わった。
「おかげで、色々と想像力が膨らんだよ」
「改めて、そういう日本の暮らしや文化を知りたいって、静ちゃんも思っているんじゃないかな。私たちが彼女の故郷に興味を持ったみたいに」
「あの子、なんでも話してほしいっていう顔をして、こっちを見てくるしね」
「なんだろうね……静ちゃんって、すごく話しやすいよね。とにかく……」
「うん、それ私もすごく感じる。
話してる時、ずっと私の顔を見てくれて。悲しい時は……一緒に悲しんでくれるし。嬉しい時は……そう! 嬉しい時は素直に、すごく嬉しがるの。あれ、話してる側からしたら、すごく気持ちいいよね。
勇一がああいう所に惚れたのも分かるよ」
「ち……ちょっと! 話がおかしくなってきてる! 話を戻そう!」
勇一は耳の端まで急激に赤くしながら、慌てて話題を遮ろうとした。
「なんか話、脱線した?」
生一が、わざとらしくとぼけた顔で首を傾げる。
「いや、してないな~
勇一部長は気まずくなってきたら、すぐその言い方を使って逃げるよね」
「もう! いいだろ。その話は」
「その話って?」
「いや、だから……生一まで言うなよな」
「でも、好きなんでしょ?」
仁科さんが逃がさないと言わんばかりに、じりじりと詰め寄った。
「だから……純粋にあの子の力になりたいっていうことでいいだろ。……今は」
「なんであの子の力になりたいって思うの?」
「そりゃあ……大切な後輩だし」
「それだけ?」
「それだけじゃないけど……」
「ないけど?」
「その……何て言えば良いですかね、仁科さん」
だんだん追い詰められている感覚に陥り、勇一は観念したように肩を落とした。
「別に、何も言わなくていいんじゃない。ただ、他にも抑えてて言えていない感情があるみたいだから、ちょっと問うてみただけだし~」
仁科さんは、悪戯っぽく微笑んだ。
「まぁ、それは本人に伝えないとね。本人には言ってないでしょ。まだ」
「何を言うんだよ」
勇一がようやく絞り出した声は、どこか頼りなかった。
「あれ? また何か話がループしてるみたいだけど。続ける?この話」
「いや、それは……」
「それは?」
「お前ら、結構意地悪やな~」
ここでようやく、生一が助け舟を出した。
「だって勇一ヘタレだもん。妙に先輩ぶってるくせにさ」
「別に、先輩ぶってないし!」
勇一がムキになって反論すると、仁科さんは「じゃあ、続けようか?」と不敵に笑った。
「いや、先輩……ぶってました。ごめんなさい」
勇一のあまりの弱腰に、生一が呆れたように溜息を吐いた。
「お前、傍から見てて弱すぎるわ! 全部マジメに答えようとすんな」
「まぁ……さ」
勇一は次の話題に移りたい一心のようで、深く息を吸い込んでから言葉を繋いだ。
「その……好きだよ。……でも今は、それ以外は考えてない。
まずはこの部活を全うする。三枝先生との約束だからじゃなくて、静那に対して自分自身で約束したことだから」
勇一の真面目すぎる回答に、仁科さんはつまらなそうな顔をした。
「そう……な~んか真面目だねぇ」
「お前、最初はアウトコースからいくんが普通やろうがい。まぁ、チョロいとも言えるな」
生一が、どこか楽しげに茶化した。
「まぁ、先生もそういう所を鑑みて、白都君を部長にしたんだと思うよ」
椎原さんの穏やかな声に、勇一は「皆、言いたい放題だな」と力なく笑った。
「一応、褒めてるのにね~」
「そうには思えないんですけど! でも、次の議題に行かせてもらうよ」
勇一は逃げるようにノートを広げた。
「あ、あるんだ、次」
「あるよ!」
勇一はノートを見せる。
ノートには、勇一が丁寧な字で書き込んだいくつかの項目があった。
『▼NGワード候補 』
・ゲームセンター
・賭け事
・嗜好品(特にお酒)
・戦争(特に日露戦争)
「この項目の話は、静那にはしない方が良いと思うんだけど。どうかな?」
「え~、白都君、変にマジメね。でも確かに大事なのもあると……思う。うん、これとか」
椎原さんが、細い指先で『お酒』という文字をそっと指した。
「私たち、まだ未成年だしね。それにロシアというか、北欧というか……あの辺りの人ってお酒を飲む量が半端ないって言うし」
「え? そうなの?」
「お酒でのトラブル。飲酒運転や飲酒による問題は聞いたことがあるよ。白都君、それ知ってて書いてるのかなって思ったけれど」
「そこまでは知らなかったよ。アルコール依存症の人、多いの?」
「ええ。しかもかなり度の強いお酒を飲む傾向があるし。ウォッカとか」
「あぁ、その名前は聞いたことある。アルコール度数が四十度とかするんだろ」
「巷だともっと度の強いのもあるみたいよ。そんなの呑んだらどうなってしまうのか、怖いよね。暴力や治安悪化にも一役買っている報告が、実際にあるみたいだから」
勇一は、重苦しい沈黙の後、少しだけ表情を曇らせた。
「知らなかった……とはいえ、この話は静那にはしない方がいいな」
「ええ。そうかもね」
「他のこの『嗜好品』って書いてんの。タバコとかも同じか」
生一が、机を指でリズミカルに叩きながら尋ねた。
「そうだな。タバコは勧めない方がいいな」
「ていうか、まさかうちの部員で吸う人いないわよね」
仁科さんの鋭い視線が、生一を射抜いた。
「ああ。俺は乳しか吸わんって決めてるから」
「……どさくさに紛れて何言ってんのよ。気色悪い」
「おまえ、それサラッと言う言葉じゃないからな!」
勇一が突っ込みを入れる中、生一は平然と話を流した。
「はいはい、次いこ次。この『ゲーセン』に関しては、話してもええやん。別に」
「だめ! あんなにうるさくて、ガラの悪いところ」
仁科さんは、頑なに首を振った。
「はい偏見入りましたー
なんで頭ごなしに悪いように決めつけるねん! この前もゲーセン行けば『不良』になるとか言うてさ」
「でも、あんまりいい場所じゃないぞ。静那にとって」
「それって、あなたの感想ですよね」
生一の言葉に、仁科さんの眉がぴくりと跳ね上がった
「なんかその言い方、すごく不快だからやめてくんない!」
「私は、この前も思ったけれど。肯定でも否定でもない派かな。
一度くらい、嗜む感覚で行ってみるのはいいと思う。どうかな?」
椎原さんは、どうやらクレーンゲームの景品に密かに興味を惹かれているようだった。
「椎原さんも一緒なら、まあ……一度くらいなら」
仁科さんも、椎原さんの言葉には少し態度を軟化させた。
「まぁ、行く前から偏見はやめてほしいよな。ええとこもいっぱいあるし」
「そうとは思えないんだけどな。お金もかかるし……」
「じゃあお前。静かで変な人がおらんだけで、ええ所って言えるか?」
「そんなことは言ってないって」
「そんなもんやん。
俺な、いつか静那に格闘技の良さをマジメに手ほどきしたい思てるけど。お前やったらどう思う?」
生一の問いに、仁科さんは顔をしかめた。
「分かんないよ。でも、私はあんまりいい気持ちはしない。あれ、暴力……だし」
「食わず嫌いやな~暴力っていう認識も間違うてるし」
「藤宮君。私たちもその話を静ちゃんと話してる時に同席してさ、良いって思ったら話していくので良いんじゃない。私だってお相撲とか好きだし。ってあれは格闘技……じゃなかったか」
「そうだよ、忘れてた。相撲だよ相撲。
日本の国技を教えるのはいいよな。仁科さんから見たら、あれも格闘技に見える?」
勇一の言葉に、仁科さんは「そうじゃないけれど……なんだろ。話してて私の基準が分からなくなってきてる」と困惑したように呟いた。
「じゃあ、静那に話する時はまず聞いといてや。それで自分の中で改めて判断してくれたらええよ」
「う……うん」
「なんかまだ不満あるか?」
「ええと……なんかあんたに言い負かされたみたいで釈然としないだけ」
「コイツ……」
生一に言い負かされたようで、仁科さんは釈然としない顔をした。
「あと……戦争の話題は論外として、賭け事って?」
「競馬とか競輪、雀卓マージャンの事とかか?」
「それもいいんじゃない。さっき生一と言い合いしてる中で少し考えたけれど。嗜む程度なら、一度くらいは。そりゃあ……ハマるとダメだけどさ。東京の私の友人が、『競馬』すごい好きだった。だから、一概にダメって思えなくて」
「その友人が、ハンサムだったとか?」
生一の揶揄に、仁科さんは声を荒らげた。
「うっさいな! そんなんじゃないの!
その人、とにかく楽しそうに競走馬のこと話してたからさ。私は馬のことなんて分かんなかったけれど……楽しそうな表情見てて、きっと楽しいんだろうなって……思うじゃない」
「じゃあ、ゲーセンのことを楽しそうに話するハンサム君がいたら、どう思うよ」
「も~その話蒸し返さないでよ! それはもう椎原さんも一緒に行くならOKって言ってるでしょ」
「まぁまぁ、競馬のような賭け事も、偏見無く見れば楽しいものかもしれないよな」
勇一が穏やかに場を収めると、椎原さんも「やり過ぎてしまわない程度がいいんだけどね」と頷いた。
「じゃあ、マージャンもOKっていうことで?」
「う~ん……やっぱり、賭け事で使われるから、やめとこうよ」
仁科さんは、まだ迷いがあるようだった。
「賭けんかったらええやん。ドンジャラとかは?」
「そういう問題じゃないでしょ! 身近で手軽に出来るものほどさ。
でも、実際にやるんじゃなくて、こういう遊びがあるよっていう紹介くらいなら……良いかなって思う」
「仁科さん、ちょっと丸くなったね」
「どうだろ……でも私、都会の危なっかしい所も見てきたから。ちょっとお金とか暴力が絡みだしたら、偏見の目で見てた部分はあるかも。お金がかかってたら、人格が変わる人って……いるし……」
仁科さんは、ふと窓の外に視線を落とし、沈黙した。
「じゃあ、静那に紹介するにしても、皆の立ち合いの下、判断を得ながらっていうことで話していこうか」
勇一の提案に、椎原さんも同意した。
「ええ。静ちゃん、何でも興味持つから。知りたいって思ってくれたら、あまり押さえつけないようにしたいよね」
その言葉に生一が反応した。心当たりのある表情をしながら仁科さんを振り返った。
「押さえつけないようにっていうので思い出したわ。
そう言えば……仁科、先日静那に言うてたよな。
『静ちゃんは知らなくても良いからッ!』っていう言い方。
あの言い方じゃ、静那は納得せえへんで。
一方的に話をシャットアウトしてるみたいやん。もうちょっと言い方考えようや」
「あれは……そもそも、元ネタが駄目じゃないの! 何言ってんのよ」
仁科さんは顔を赤くしたが、生一は引かなかった。
「でも、どんなことに対してでも興味持ちかけてる相手に対して、やっぱり『言い方』ってあるやん。頭ごなしに『あなたは知らなくていい!』って言うんじゃなくて」
「あんたが変な話をするからでしょうが! ……まぁ、そこは考えてみるけれど。
私も昔、親から『子どもは知らなくていいの!』って一方的に言われたことがあって。あれって、やっぱり……釈然としなかったし」
「じゃあ、また変な話するから、その時はよろしく~」
「ぐっ……! そっちが学べよ、コラ!
そもそも、危ないネタを静ちゃんにさぁ」
仁科さんの声が響く中、ガラガラッと勢いよく部室の扉が開いた。
「はい! 私のこと、今呼びましたか?」
テストがようやく終わり、解放感に満ちた笑顔の静那が入ってきた。
『B面』では、勇一達が立ち上げた部活「日本文化交流研究部」での日常トークを描いています。時々課外活動で外出もします。各話完結型ですので、お気軽にお楽しみください。
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