8-1 ビギナー達が語る恋愛論
【8話/B面】Aパート
校舎の東側2階。
放課後になるとこの奥の部屋が部室となる。
誰かが部室にやってきて、それが複数名になったあたりから『日本文化交流研究部』の活動は始まるのだが、今回はとあるテーマを元にしたプレゼンの日である。
メンバーの中心には椎原さん。
今回のプレゼンターだ。
今回は静那からのリクエストに応える形で『恋愛』の持論を述べてもらう事になった。
参加者は…部長の勇一と生一、女性陣は仁科さんと静那。
今回は生徒会の西山も参加する事になり、計5名が椎原さんを囲む。
* * * * *
「やっぱり来たやろ、西山ん奴。生徒会と天秤にかけたらやっぱりこっちやろ!」
「もうその話はいいだろ。椎原さんそろそろ話始めるみたいだから聞こうぜ。」
小声でやりとりしている勇一と生一。
静那の方に目線をやったうえで椎原さんが話始める。
始める前のアイコンタクトだ。
「今日は私から“恋愛”っていうテーマについて話してみます。
これは日本文化に関わるかって言われたら難しい所だけど、私自身もここまでの学生生活、あまり恋愛に対して深く考えずに勉強ばかりしてた思い出しかないから…真面目に考えてみたいなって思って。
先日静ちゃんからリクエストがあった時に、いい機会だって思って引き受けました。」
勇一を見る。
「今のクラスメイトも凄く良い人いるし、ここの部長をやってくれてる白都君はもちろんすごく良い人だと思う。ね、静ちゃん。」
「なんだかくすぐったい気分だな…」
「でも恋愛感情っていうと分かんないんだよね。正直。
白都君、コレからかってるワケじゃないからね。
私自身まだ人を本気で好きになったことが無いからだと思うけど、もし誰かから“好きです”って言われても今はどう返事して良いか分からない。
相手を傷つけるような返事はしたくないけど、あいまいな感情で付き合うべきなのかもわからない…
そんな気持ちがある。
人を好きにならないといけないって訳じゃないと思うんだけど、人を好きになる気持ちって色んな力をくれる存在だって聞いたことがある。
どんな気持ちなのか知りたい。
私のお父さんとお母さんも恋愛結婚だったって聞いてるし、何か恋愛の本質を知りたいなって感じてる。」
「分からないなりに何とか知りたいって事か。」
「ええ。一応今回参考にした資料があるの。クラスメイトの子がドラマをビデオに録画してて、テストが終わったらまとめて観るってやり方取ってるんだけど、その子に恋愛関係のドラマでお勧めの作品を見せてもらったんだ。
テストも終わったし、その作品をこの週末にじっくり見てみたわけよ。
そこから感じた事を元に皆に話してみるね。」
「成程ね~。私たちが恋愛のイロハを知るための情報源って大体は漫画とかドラマだもんね。妥当な路線だと思うよ。」
「大抵のドラマは恋愛絡んでるからな。色んなタイプあるよね。」
「私が見たのはわりとスタンダードなものだった…のかな?ちょっと悲しいだ話けど考えさせられたな。
少しあらすじ説明するね。
主人公は社会人になったばかりのOLさんで、物語の序盤にはもう恋人が出来て一緒に付きあってるんだ。
始めは2人が仲睦まじくしてる場面が多くて、こういうのが恋愛関係なのかなって感じた。
ドラマの中とはいえ恋人とのデートは少し良いなって思った。
でも仕事の忙しさもあり、次第に彼との関係がうまくいかなくなる。
それからは彼と喧嘩ばかりになるんだけど、最後は彼から別れを切り出されてしまう。
一時孤独になるけど、また別の彼氏を作って同じような流れを辿る繰り返しのストーリーなんだ。
ちょっと暗い感じの話でごめんね。
でもその話の中で気になるシーンがあって…彼から別れを切り出された時に主人公の女性が“信頼してたのに!”ってすごく泣いてるシーンがあって、そこが印象に残ってる。
その時になんだか違和感を感じたのよ。この“信じる”とか“信頼”ってワードに。
確かに別れを切り出された主人公は辛いでしょうね。
でも悲しそうにしてる姿を見て、なんだか心から可哀そうだと思わなかった。感じなかった…。
“信頼する”ってこんなんじゃないよねって。
恋愛って相手が好きだから恋愛するものだと思うんだけど、相手も一人の人間なんだよ。
自分の理想に思い描いた人…理想が具現化されたような人が存在してるんじゃないんだけど、あたかもそういう存在みたいに思って接するのよ。
皆はこのドラマを見てないから詳細設定は分かりづらいと思うけど、自分が好きになった人が必ずしも姿も性格も自分の理想通りの人ってワケじゃないんだよ。
でも根拠もなくそう思い込んで接するんだ、その人。“私の理想としている彼氏に違いない”って。
相手を自分にとって都合がよい人物像の如く見てるって感じかな?
そのうち思い描いた理想通り、期待通りに彼が動いてくれなくて不満を言いはじめる。それでうまくいかなくなって別れては、また同じように自分の理想だと思い込んだ人と出会っては、付き合いだしてもうまくいかなくなって別れる…
付き合い始めの頃はドラマの中とはいえ、すごく幸せそうな表情を見せるんだけどね、やがて険悪になってきて最後は“信頼してたのに!”っていうセリフで別れてしまうの。」
5人は静まり返って話に聞き入っている。
「ドラマだからかな…。主人公は最終回でようやく自分が相手に期待ばかりしてるっていうのに気づくんだけどね。
相手に“信じてたのに”っていうのはなんだか重たく感じるよね。恋愛って素敵な事…楽しい事なんだと思うけど、そうじゃない所は相手にもたれかかろうとしてる感じがして、なんだか泣いていても可哀そうだなって感じなかったな。」
「“彼氏になったんだから私の事は親身になって考えてくれるのが当たり前だ”とかいう感覚を持っちゃったのかな…」
「そんな感覚に近いかな。彼氏彼女の間柄になるっていうのは何かの契約でもないよね。でも彼氏なんだからみたいな言葉が付き合いだしたらとたんにまかり通るようになる。
それでお互いの関係がしんどくなる…
なんだか初めて見たドラマがこんなのはきつかったけど教訓になったよ。」
「確かに初めての人にはそんなドラマ見せられたら恋愛のハードル上がるよね~」
「椎原さんの友達って警告みたいな意味合いでビデオ貸してくれたのかもな?恋愛って決して良い事ばかりじゃないぞっていう感じの。」
「そうかもね。あくまで相手がいる事だからね~。
相手は勿論自分の思い通りなんかいかないけど、それでも思い通りにいってほしいっていう願望との葛藤があるだろうからね。」
「なんか恋愛って難しいな。」
「私もそう感じたんだけど、難しくなるかどうかはきちんとパートナーと話を重ねていくことができるかだと思ったよ。“すり合わせ”っていう形の話し合いを。」
「ドラマの中とはいえ、仕事がお互い忙しいっていう状況もあまりよろしくなかったわけなんだな。」
「うん…そういう設定も含めて考えるとこの勧めてもらったドラマ、上手くできてるね。」
“恋愛”について、ドラマだけの情報だと偏りがあると感じていた椎原さんは、図書館でも色々と下調べをしていたようだ。
「実は広辞苑でも恋愛について調べてみたんだ。正確には恋愛に関連するワードをって感じかな。
自分の主観だけど、心に残ったものを抜粋したのがあるから見せるね。」
『相手のために努力したい、相手に喜んでもらいたいという気持ち。自分からほかの誰かに注ぐものであり、相手を大切にしたいと思う感情』
「結局このドラマの主人公は相手が好きって感情があったのは事実だったけど、自分の期待に応えてもらうことを優先するあまり、相手に対しての配慮が無かったんだよね。
“信じてたのに”ってまるで裏切られたみたいな言葉だけど、この時に同情できなかったのはきっと一方的に信じてて、相手を思いやる気持ちが抜けてたからだと思うんだ。」
「じゃあこの女の人が抱いていたのは恋愛じゃなかったという事ですか?」
「そこに愛はあるんか?」
「愛は無かったというか愛じゃなかったんじゃないかな。付き合う相手はいたけど、そうなるよね。
その…初心者なのに偉そうに言ってごめん。」
「恋は盲目って言うけど、付き合ってる間にそこに気づけるかどうかだね。」
「恋愛って言う字は恋と愛という字で構成されているけど、恋と愛っていう字もそれぞれ意味が違うみたい。
家族や親しい人を大切にしたいという気持ちは愛情…愛の方だって書いてあってさ。
言わんとする“愛”なら分かる…というかそれだったら私はまずは目の前の愛情を大切にしていきたいなって思ったな。家ではおばあちゃんにお世話になってる。これって無償の愛をもらってる事になるんだよね。
部活の皆に対してもそうだけど、身近な相手を大切にしたいっていう今自然に沸き上がる感情を育んでいけば、恋愛も分かってくるんじゃないかって…そう思ってる。」
「なんだか随分大人みたいな考え方だね。私は中学の時カッコいい彼氏作れば友達に自慢できるとか、周りより一歩リードできるとかそういう考えしかなかったかも。
今考えたらスッゴク恥ずかしいけど、コレ自分にしか意識が向いてなかったんだよね。」
「まだ中学生のうちは仕方ないよ。私の見解だけど、意識せずに相手を思いやれる間柄になれば自然と恋愛ってうまくいくのかもしれない。
でも変なの…本当に私恋愛初心者なのにドラマ1つ見ただけで何達観したみたいに言ってんだろ。もっと恋愛のドラマや小説読まないと見えてこないよね。こんなに奥が深いジャンル。」
苦笑いする椎原さん。
「こんな奥深い課題を各々が持って生きてるんだな…」
「大げさに言うとそうかも。」
「白都君はまだ言われた事ないよね。“信頼してたのに”なんて言い方。」
「うん。俺も恥ずかしながらまだ恋愛未経験者なんで…。
でもそれ言われたらさ、俺が悪かったの?みたいな感じになるだろうな。
“信頼”って言葉の響きは良いんだけど都合よく使える言葉だよな。」
「私もそんな気がした。私が言われたら何て返して良いか分からないもんね。言われた方が加害者みたいっていうの分かる、それ。」
「信頼してたのに…か。なんか相手にもたれかかるような意思感じるな…」
「それがね、私は始めはそうは感じなかった。相手を手放しで信頼できるのって素敵な関係だなって…。
でも吐き捨てるように一方的に言われたら途端になにか違和感になるんだよね。今までの関係も信頼も本当は何だったんだって感じるかも。」
「それは信頼じゃないよな…でも“信頼してたのに”だろ…ちょっと言葉が一人歩きしてて難しいか?静那にも分かるように話しないとな。」
ちょっと言葉は言葉でもニュアンスの違いに静那がついていくのは難しいと感じた勇一は、一旦静那のペースに合わせようとする。
「う…ん。私は信頼してくれたら嬉しいし、もし信頼に足る存在じゃなかったなら素直に謝るかも。」
「謝っても許してくれへんかったらどう出るよ?」
「私より信頼できる人を見つけて幸せになってね…って感じかな。でも実際にそんなシーンがあったら割り切れるかな、私…。」
「“信頼してる”って言われたら嬉しい?」
「嬉しいよ。」
「“信頼してたのに”って言われたら?」
「どうして欲しかったんだろうって感じるかな~」
「そう感じるならやっぱり相手が何かを求めてたってことになるよね。」
「信頼って言葉に何か条件が乗っかってるような感じ?うまく言えないけどこれが近いかな。」
「そうね。〇〇してくれそうだから信頼する、信頼してみようか…みたいな?完全に自分のメリットデメリット考えてるよね。」
「…なんだか相手を想いやってないね。そのイメージだと。」
「条件の無い信頼が良いって事なのかな?私それなら出来るよ。」
「でも多分恋人が出来たら無意識の中で期待してしまうようになるんだろうね。相手に対してさ。」
「そうなるのかなぁ。」
「相手の事が好きだって自覚が芽生えれば芽生えるほど…多分ね。
好きな相手には自分の理想のイメージでいてほしいって思うわけよ。
これは本気で相手が好きになった時に分かると思う。
私は精神的に幼かったのもあるけど、それでもそんな奇麗な心で信頼は出来ないよ。どうしても相手に何かを期待して…しまうし、この感情は否定できないな。」
「やっぱり実践の中で感じていかないと分かんないものがあるか…」
「ええ。恋愛…ちゃんとしてみたいね。きっと色んな事に気づけると思うから。」
「結論、失敗を恐れずに恋せよ乙女ってことよ。」
「うん。恐れずにね。ってなんで乙女だけなのよ、もう…」
ここで一旦ブレイクタイムに入った。
お手洗いへ向かう西山に後ろから呟く生一。
「なかなかの真面目さんで牙城を崩すのは難しそうやなぁ。もうちょっとラフな感じで構えてくれた方がやりやすいんやけどな。長期戦は覚悟せなな~。」
「なんで僕の耳元で言うんだよ。まったく…。」
『B面』では、勇一達が立ち上げた部活「日本文化交流研究部」での日常トークを描いています。時々課外活動で外出もします。
各話完結型ですので、お気軽にお楽しみください。
尚、本編のストーリーとB面の話数は所々リンクしています。こちらを読んでから本編を読み進めていくとより楽しめます。
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