7-1 漢字と国旗
【7話/B面】Aパート
放課後、高校校舎の東側2階から悩ましい声が聞こえる。
少し先の話ではあるが5月のGW早々に、部長の勇一と生一、そして静那の3名は熊本での勉強合宿に参加する事が決定した。
そのため事前に学ぶ内容の予習をしなくてはいけなくなった。
仁科さん、椎原さん、そして静那が楽しそうに話し込んでいる横で、男2人がテキストを開いたまま重たい顔をする。
「どないしたん?目ェ死にかけやん!」
覇気のない生一に呼びかける静那。
「俺の言い方真似すんな!つうかお前はええよな。学びたくて合宿行くわけやし、旅費も出るし。」
「でもボスにも旅費が出ますよ。」
「それが遊びに行くんやったらまだええで。でも勉強合宿やで。勉強のための合宿……
あの自然の雄大な熊本県の阿蘇山でなんで缶詰してスクールボーイせないかんねん。
普通キャンプとかするやろ。それが山の施設に籠って勉強会なんて…俺の青春を返せと言いたい。」
「じゃあボスはG・Wは何やる予定だったんです?」
「そりゃ家でくつろいだり、ゲーセンも行ったりせないかんし。そういう慌ただしい予定になるつもりやったんや。」
「それは予定とは言わないでしょ。」
珍しく椎原さんが突っ込む。
「3人とも良いよね。学校の旅費で合宿に行けるんだから。私も日本の文化を学べる研修なら行きたかったな。」
「じゃあ三枝に言うて来いよ。俺代わったるで。」
「三枝先生が決めたの!理由も分かってるでしょ」
「まぁそうやけどさ…」
ズバリ国語が赤点だから…である。
「ボス、観念してここは行きましょう。合宿に行けば可愛い後輩がついてくるんですよ。」
「レオパレスの藤原紀香みたいに言わんでええねん。内容はともかく俺拘束されるんが嫌なんよ。」
「勉強したら男としての値打ちが上がるかもしれんですよ。ボス」
「…お前おだてるのまだまだ下手やなぁ。こんな日本の国の事学んで何になるねん。」
「そりゃあ日本語は難しいけど面白い文化がいっぱいあるので興味が尽きません。
今ハマりかけているのは…ズバリ“江戸時代”ですかね。争いもない平和な時代が300年も続いたって知って驚きました。
それに比べて西洋諸国ってずっと争いしてますからね~。
規模の大きさこそありますけど。
だから日本はすごいんです。」
「そんなもんかね。」
「ちょっといい?静那にも見てほしいんだけど」
勇一が合宿で使う資料を持ってきた。
『国旗』と書かれた下にいろんな国の国旗がイラストで掲載されている。
静那がそれを見ながら急に神妙な顔をする。
「どうした?」
「……こ…こっぱた?」
「“こっき”って読むんだよ。お前バカじゃねえか!っていうかなんでコイツが特進クラス行けてんだよ。
お前、漢字の音読みと訓読みを一緒にすな!」
「ごめんなさい。コレ“こっき”なんですね。」
「静那、もしかして今までこの漢字読めなかったのか。」
「うん、音読みと訓読みはまだ時々間違う。なんかコツあるのかな…」
「えらい初歩的な問題やねん。」
「生一!知らないことは誰だってあるんだ。だからこれから知ればいいだろ。
ちなみに椎原さんはどうやって覚えてた?」
「お前がコツ教えるんやなくて椎原に頼むなよ!」
「うるさいなぁ。椎原さんの方が優秀だから聞いてみただけだって。」
分からないことは超優秀な椎原さんに頼ろうともくろんでいる勇一。まぁある意味正解なやり方である。
「えーっとね。私は“おんかいくんうみ”っていうキーワードで覚えたよ。」
「“おんかいくんうみ”?」
「うん。“海”って感じは音読みだと“かい”。訓読みだと“うみ”でしょ。
だからそれを繋げただけの言葉なんだけど、意外と音読みと訓読みが分からなくなったら、この言葉思い出して当てはめてる。
訓読みは“うみ”とか“かわ”みたいに発音を聞くと意味がわかるからね。
静ちゃんもこれで覚えたらいいよ。
漢字は外国の人からしたら難しいよね。ひらがなだけじゃなくカタカナも覚えないといけないのに、その上漢字まであるもんね。」
「はい。ありがとうございます。そこはすごく同意…してしまう。」
「そうよ。あんたも人の事どうこう言う前に分かりやすく教えてみなさいよね。そもそも静ちゃんの国の言葉喋れないでしょ。それなのに…」
「なんで俺が悪いみたいになってんだよ。
まあ確かに外国から見たらワケ分らんやろうな。
漢字まで覚えなあかん上に、その漢字に2種類以上の読み方があるわけやし。」
「物の呼び方も違うしね。」
「あぁ、それは自分もまだ完全に分からない。
魚だけでも“匹”から始まり“本”や“尾”“枚”。料理したら“切れ”“皿”“舟”とか何種類もあるし…
日本人からしても本当にややこしいからな。あまり意識してないけど俺達よくこんな複雑なの受け入れてるよな。」
「そう考えると静ちゃん混乱するのも分かるよね。私たち当たり前のように漢字とか受け入れてるけど海外から見たら相当ややこしいってのが少し分かったよ。」
「まぁ難しいなって思います!国語の…漢字は特に。」
「ってことでいいじゃんか、静那が読み方間違えたくらいでバカにしなくても。」
「バカにしてるっていうかああいう読み方した奴初めてだったからつい言ってしまったの!」
「じゃあ静ちゃんになにか言わないと。ホラ、言う事あるでしょ!」
「え……ああ。正直スマン…かったです。」
「静ちゃんどう?」
「聞こえなかったなぁ」
「スマン、すいませんでした。」
「これでいい?」
「う~ん、よく聞こえなかったです。」
「お前この距離やど。なんで聴こえへんねん!」
「“スマン、すいませんでした”の所がちょっと聞き取りづらくて。」
「だからそうやって言うたんや!お前時代の先取りすんなよな!今1995年やぞ。
お前絶対さっき俺が言った事根に持ってんな!」
「もう!静ちゃんがそんな事考えてるわけないじゃない!それに意味分かんない事言ってないで。
そもそも勇一!何の資料だったのよ?」
「そうだよ。コレ。」
改めて国旗の写真を見せる。
「静那に聞いとくけど、日本の国旗ってどれか分かるか?」
「これだよね」
静那は日の丸の国旗を指さした。
「じゃあこの国旗は?」
勇一はアメリカの国旗を指さす。
「うん…ヒントが欲しいです。」
「じゃあ“米国”」
勇一は紙に「米国」と書いた。
「おぉ…この国は“お米の国”ですか。なら日本…なワケないですよね。」
「なるほど…そういう考えでくるか。」
「いやこれはどう見ても日本と違うやろ。」
「そうは思っていたんですけど。お米の国でしょ…インドとか。」
「じゃあこれはどこの国やと思う」
生一が出てきて紙に『仏国』と書く。
「これは…仏の国だから、インド…あれ、違うよね。もしかして中国?」
「ちゃうよ。“中国”はまんま中国。これはフランス!」
「えぇえ?“仏”なのにフランス~?じゃあインドは?」
「インドはこう書くよ」
勇一は黒板に“印度”と書いて見せる。
「それでこの漢字と国旗の意味は“アメリカ”。ちょっと混乱するよな。“米国”なんて字、見せられたら。」
「そうか~?」
「藤宮さぁ。私たちの尺度でモノを見ないの!」
「そうだよ。静ちゃんからしたらすごくややこしいと思うよ。お米の国って言われたら小さい子なら分からなかったと思う。
日本って古くからお米の文化あるしさ。
だいたい日本人の考案した外国の漢字表記も分かりにくいよね。漢字にした人がだれだかまでは分からないけど。」
そう言いながら椎原さんは紙に外国名を漢字で書いていく。
『伊太利、英吉利、仏蘭西、独逸』
「読み仮名書かないとこんなの読めないよね。さっきの“音読み訓読み”以前に丸暗記しないと分からないレベルだと思うよ。
それにさ…」
『白露西亞』と書いた椎原さん。
「静ちゃんの出身地。“ベラルーシ”よね。漢字だとコレなんだけどさすがに読めないでしょ。
だから気にする事ないよ。漢字を突き詰めていけばキリがないから。」
「…なるほどなぁ。うん、勉強になります。」
静那は一応自分のノートに“白露西亞”の字を書き写す。
「でも漢字が分かってきたら洒落た言葉なんかも言えるようになるから、あくまでも日常で使う漢字だけ覚えて、ここに書いたようなのは趣味程度に知っていればいいからね。」
「この前ボスが教えてくれた“夜露死苦”もそういうたぐいですか?」
「あんた、私が知らない間に静ちゃんになに教えてんのよ!」
「そうだぜ。変なの教えるなよ。」
「でも今言った洒落た言葉には該当しとるやろ!」
「他にも“本気”という字は“マジ”とも読めるとか、マクドナルドのお店は漢字で書くと“魔苦怒奈流怒”って字だとか。」
「それはまた違う種類の漢字だよ。」
「えぇ!音読みと訓読み以外にも他に種類あるんですか?」
「もうこっちまでこんがらがってきたじゃない。藤宮!先にまともなのから教えなさいよ。基本すっ飛ばしてこんな変な言葉教えないでよね。」
「だってさ静那。俺が教えた独特のセンスある漢字は使いどころ考えなあかんいうことやで。」
「それ本気ですか?」
「静ちゃんあんまりそういう言い方使っちゃだめだよ。女の子はもっとおしとやかな言葉とかを使う方が良いの。」
「うん。阿離我妬。」
「だから漢字も普通~で良いってば!」
突然ヤンキー言葉を披露し始めた静那に焦る一同。
犯人は勿論、生一なのだが…
「あのさ…。こういうの好きで教えてるんだと思うけど、まずは普通の漢字覚えてからにしようよ。」
『B面』では、勇一達が立ち上げた部活「日本文化交流研究部」での日常トークを描いています。時々課外活動で外出もします。
各話完結ですので、お気軽にお楽しみください。 ※文章中、誤字がありますが、これは意図的に入れております。
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