4-2 趣味
【4話/B面】Bパート
「そういえば、静那はクラスメイトのみんなとは上手くやってる? 何か困っていることとか、ないか?」
勇一がふと思い出したように、静那の学校生活を気遣った。
「なんだか、部長というよりは静ちゃんの保護者みたいね」
仁科さんの揶揄に、勇一は「いいだろ、それくらい聞いたって」と照れ隠しに答えた。
「うん。クラスに入った初日、最初にお互いに自己紹介をしたかな。……英語で」
「一年のしょっぱなから英語で自己紹介か。さすがは特進クラスやな」
生一が感心したように天井を仰いだ。
「でも、その後に、日本語でもちゃんとお話ししたよ。クラスメイトのみんなと」
「どんなことを聞かれたの?」
椎原さんの質問に、静那は少し首を傾げた。
「あ。それ、皆さんに質問しようと思っていたんです。
みんなして、なぜか趣味を聞いてくるんですよ。あれ、なんででしょうかね」
「そういえば、そうよね。私も、初対面の人にはなぜか趣味を聞いちゃう。椎原さんはどう?」
「私?私も、趣味は……聞くわね。あれ、なんでだろうね」
「日本人が無意識に行っている、社交辞令のようなものなのかな」
勇一の推測に、西山が続けた。
「もし社交辞令なら、ちょっと不思議だよね。日本のドラマとかでも、お見合いのシーンでは必ずと言っていいほど趣味を聞くし。そういう台本の刷り込みから定着しているのかもしれないね」
「あれは、趣味を通して相手を調べてんねん」
それまで黙って話を聞いていた生一が、横から口を挟んだ。
「初対面は相手の情報が少ないやん。だからどう接して良いかなかなか分からん。
そこで趣味を聞くことで共通認識があればそこから話を広げていけるし、どんな人間かっていうのが、ある程度は見えてくる。
もし、相手が『スポーツが趣味です』と言ったら、お前らはどう思うよ」
「それなら普通は……アウトドア派なのかなって思う。後は、元気で快活な人だなって。具体的にどんなスポーツをやっているのか気になるし、多分その後聞くと思います」
「そんな感じで、趣味を答えてもらえば、その流れでどんどんクエスチョンも広がっていくやろ。趣味を聞くことで、相手の人間性を探ろうとしているわけよ。
趣味を知ることで、その人がどんな人物なのか、目星をつけるためにな」
「へぇ~あんんたにしては言葉の裏をきちんと考えてるんだ」
「『あんたにしては』って何やねん!
じゃあな、例えば道を歩いてる時に、どこの馬の骨とも知れん男が『お姉さん、ちょっとお茶行かない?』と声をかけてきたとする。あれはホンマにお茶が飲みたくて聞いてきたと思うか?」
「それは……なんだか別の意図を感じわよね。不純な目的というか……」
仁科さんが顔をしかめると、生一は声を弾ませた。
「そやろ。その男は、ただその子とお茶が飲みたいだけやなくて、その後にお姉ちゃんと一緒にガッ」
生一の顔面に蹴りが飛んできた。
「あんた、また前回みたいに、さりげなく卑猥な方向へ持っていこうとしているでしょ。絶対に言わせないからね!」
「うう……でも言わんとしてることは同じと……違う……か」
仁科さんの容赦ない制裁に、生一は情けない声を漏らし、そのままガクッと膝から崩れ落ちた。
「(仁科さん容赦ないなぁ)」という表情の西山。
勇一は、引きつったような笑みを浮かべ、仁科警備員の働きに内心で舌を巻いた。
「そうだけど! 言い方があるでしょ! もう。静ちゃんが真剣に聞いているのに、油断も隙もない。彼女が日本の事情を知らないのをいいことに、変な知識を吹き込まないでよね」
勇一は苦笑しつつ、改めて静那に尋ねた。
「だいぶ話が脱線したけれど、静那は実際に趣味を聞かれた時、なんて答えたんだ?」
「私は……魚をさばくことって答えたんだけど……話が続かなかったよ」
静那は、どう言えばよかったんだろうという顔で、困ったように頬を掻いた。
「それだと、なかなか話は広がりにくいかもね。魚好きの人なら『どんな魚をさばくの?』って食いついてくるだろうけれど、なかなか魚をさばくっていう趣味持ってる人は高校一年生では出てこないかな」
西山の分析に、静那は納得したように肩を落とした。
「そうなんですね。どんな趣味って答えたら良かったのかなぁ」
「そうだね。音楽鑑賞とか、ドラマを見ることなんかが一般的かな。
音楽なら大抵の学生が流行りの曲を聴いているから、共通の話題になりやすいよ。
最近の女子高生の間では、ヴィジュアル系のバンドが滅茶苦茶人気あるから、知識として知っておいても損はないと思う」
「私はスピッツ……が好きかな。あとはマイ・リトル・ラバーっていう女性シンガーとか」
「そうですか。私も、音楽を……趣味にしたほうがいいのかな。
今出てきたのは知らない言葉ばかりだったけれど……だからこそ、詳しく聞いてみたいって思ったし。
曲は……たまにラジオから流れてくるのを聴くくらいで……」
「いいのよ静ちゃん。無理に音楽じゃなくても良いのよ。
自分が本当に興味を持っていることを答えればいいだけ。ただ『魚をさばく』っていう趣味は、同年代でやっている人が極端に少なかっただけだから。
私は、静ちゃんが皆に喜んでもらいたいっていう気持ちが伝わってきて、素敵だと思うんだけど」
椎原さんの優しい言葉に、静那は少しだけ表情を明るくした。
「そうですか……」
「まぁ、静ちゃん。これから色々なことに挑戦してみて、面白いと感じたことを趣味にしていけばいいんじゃないかな? それに趣味は一つに絞らなきゃいけないわけじゃないんだし」
勇一の言葉を受け、静那は前向きに頷いた。
「そうですね。私、まだ色々なことに挑戦していないだけで、これから見つかるかも」
ここでスッっと起き上がる生一。
「よっしゃ。じゃあ、静那の見聞を広げるために、今日あたりは帰りにゲーセンにでも寄るか!」
刹那、横から鋭い反論が飛んできた。
「ダメよ! 静ちゃんはお金がないんだし。それに、あんな場所へ行かせたら不良になっちゃうじゃない」
「あぁ? へぇ、ゲーセン行けば『ふりょう』になるんだぁ」
「そ……それは……」
「お前、それは偏見やぞ。なんでゲーセンに行くっていうだけで、そんなに悪く言うねん!」
生一の反論に、仁科さんは言葉を濁した。
「そうとは言い切れないけれど。でも、あまり良い空間ではないでしょ。その……うるさいし」
「じゃあ静那はどう思う?」
生一に振られ、静那は少し考え、好奇心を滲ませた目で答えた。
「私は……行ったことがないからなんとも言えないです。
でも、一度は行ってみたい……かな」
「ほら、見てみろよ。ゲーセンが悪いところみたいに一方的に決めつけるなよな」
「……でも、あまり静ちゃんには、ゲームセンターには行ってほしくないなぁ」
仁科さんの呟きに、椎原さんが意外な反応を見せた。
「私は、別にいいんじゃないかなって思うけれど」
「椎原さん、本気でそう思うの?」
「うん。あのね、最近のゲームセンターには『UFOキャッチャー』っていうクレーンゲームの特設コーナーができたらしいのよ。
仁科さんは知っているわよね? 都会なら、もう当たり前にあると思うけれど」
「あ! そういえば、あったわ」
仁科さんが思い出したように声を上げた。
「あれなら、私も静ちゃんと一緒に頑張って獲りたいな。戦利品みたいに非売品のかわいいぬいぐるみ、持ち帰るのも楽しそうだし」
「俺はやらないな~。存在すら知らなかったよ」
勇一の言葉に、仁科さんは「そりゃそうでしょうね」と頷いた。
「大体、ゲーセンに来る数少ない女子生徒がやるもんだし。彼氏と一緒とかじゃない限りはやったりしないよ」
「クレーンゲームかぁ。いいですね」
「よし、決まり! クレーンゲームに行こう!」
「見事に意見が覆ったやん。ゲーセンに対する、さっきまでの偏見はどこへ?」
しかし仁科さんは意に介さない。
「まぁ、あんたの言い分も一理あると認めるよ。
でもあんた、以前ゲーセンの『2D格闘ゲーム』の話をしてたでしょ。静ちゃんをあっちの世界に引き込もうとしているんじゃないかって、警戒していたのよ。あれって、要は暴力でしょ?」
「まーた偏見入れて来たな~。あれも結構駆け引きというか奥が深いんやで。
その証拠に、巷のゲーセンではめちゃくちゃヒットしてるし……対戦が熱いねん」
「まぁ、知っているけど」
「わたし、その『2D格闘ゲーム』もやってみたいです」
静那の言葉に、生一は意気揚々と胸を叩いた。
「ようし。じゃあ、それもやってみることで決まりな。『ストⅡ』っていうねん。行った時に詳しく説明するわ!」
「なんだか心配だけれど……五月になったら行くっていうことで」
勇一が妥協案を出すと、静那は嬉しそうに頷いた。
「うんっ、 楽しみ」
「静那、本気でゲーセンに行くつもりなのか……」
「静ちゃんがゲームセンターへ行くのって、なんだか違和感があるなぁ」
そこへ部活動顧問の三枝先生が姿を現した。始動し始めたばかりの部室の様子を見に来たのだ。
「どうしたの? 今は何の話をしているの」
「三枝先生?!」
「私たち、今は趣味の話をしていて……って、いつの間にかゲームセンターの話になってるじゃん」
* * * * *
仁科さんの説明に、三枝先生は少しだけ表情を厳しくした。
「なるほどねぇ。先生としては、放課後にゲームセンターへ行くのはあまりお勧めしないかな。
まぁ、何事も経験が大切だけどね。
それよりも、もっと色々な趣味の候補があるのだから、今は何に対しても偏見を持たずに挑戦してみるといいわ。例えば……お茶とかね!」
「先生、さりげなく茶道部に連れて行こうとしていますよね」
勇一が突っ込むと、先生は微笑んだ。
「静那さんは、この部活の看板娘なのだから、さすがに引き抜いたりなんてしないよ。
でも、静那さんにも日本のお茶の素晴らしさを感じてもらいたいかな……と思って。この部活を立ち上げる前にも、そんな話をしたでしょう?」
「先生は、例えば『お茶が趣味です』と言われたら、どんなふうに思いますか? どんな返答を返しますか?」
静那の質問に、先生は真剣な表情で答えた。
「静那さん。相手がどう思うかよりも、自分がどうありたいかが大切なのよ」
「そうですよね……ただ、私が『魚をさばくのが趣味です』と言っても、話が広がらなかったんです。だから、参考までにどんなふうに会話が広がるか聞きたくて」
三枝先生は、少し思案するように視線を巡らせてから口を開いた。
「そうねぇ……お茶が趣味だと言われたら、『それは表ですか? 裏ですか?』と聞いてみたりするわね。
ちなみに、お茶をあまり泡立てないのが『表』。深い味わいになるのが特徴よ。
『裏』は、きめ細かく泡立てて、まろやかな味わいにするのが特徴かな。点て方の作法によって違った楽しみ方ができるのよ。そんなふうに聞いてあげれば、相手は『この人はよく知っているな』と感じるんじゃない?」
「成る程……」
「それに、外国出身のあなたがそんな返答をしたら、『この人は海外の人なのに、日本の茶道についてよく学んでいるんだな』って良い印象を持ってくれるかもしれないわね。
詳しく知りたいなら、茶道の流派についてもまた教えてあげるわ」
「はいっ! 先生、ありがとうございました」
静那が丁寧にお辞儀をすると、勇一が感心したように言った。
「確かに、知的で日本の茶道に通じているような響きだったな」
「そう思うのなら、あなたも静那さんと一緒にお茶に来なさいな。
そんなに長く拘束したりしないから。ほら、藤宮君も」
「う……」
生一は、途端にあからさまな拒絶の表情を浮かべた。
「茶道は、日本人として知っておいて損はない作法よ。静那さん、行く時は彼らも引っ張ってきなさいね」
「ということですので、ボス。観念してください」
「誰が行くっつったよ」
「お茶を出すのは、毎週金曜日。待っているからね、静那さん」
「ありがとうございます、三枝先生!」
静那は、チラリと仁科さんの顔を窺った。
「仁科先輩は?」
「私は~まぁ~クレープを食べたりクレーンゲームをしたりする方が……いいかなぁ、なんて。いやいやいやいや! ごめん、今の無し! 静ちゃんが行く時は、私も一緒に茶道室へ行くね」
「ありがとうございます。心強いです」
「私もその時は一緒するから。それに茶道教室ってそんな堅苦しいところじゃないよ」
経験者である椎原さんは、優しく諭すように言葉を添えた。
「でも私、長時間の正座が苦手で……それがなんか恥ずかしいな」
仁科さんの呟きに、静那はすぐ反応した。
「えー、私もですよ。日本の方みたいに、長いこと正座するのは苦手です。一緒ですね」
「そういえば、静ちゃんとこは椅子文化だもんね。それなら私も気分が楽になった感じ」
「なんだ、渋っていた理由って、そんなことだったんだ。白都君はどう?
もうこの際だから、部活動の前に全員でお茶の稽古に行かない?」
「俺も正座は苦手なんだけど。他にも同志がいるならまぁー」
「本当ですか? 行きましょう!
私、近いうちに行こうって思っていたんです。一人で行くよりもずっといい!」
「分かったよ」
「じゃあ、私は職員室に戻るわね。金曜日ね」
「はい」
* * * * *
「これで静那が、お茶の世界に目覚めたりしてな」
三枝先生を見送った後、勇一がぽつりと呟いた。
「いや、ゲーセンの方が絶対楽しいで!」
生一はまだ諦めていないようだった。
「女の子なんだから、ゲーセン以外の選択肢も考えようよ。『嗜む』という意味で、一度くらい経験してみるのは良いと思うけれどさ」
ガラガラガラ…
廊下で引き戸が開く音がし、先ほど生徒会の所用を片付けるために席を外していた西山が戻ってきた。
彼はちょうど、趣味の話が始まる直前に部室を離れていたのだ。
静那は笑顔で出迎えると、西山に向かって問いかけた。
「西山先輩。先輩にも、聞いてみたいことがあります。いいですか?」
「どうしたの、静那さん。いいよ、なんでも聞いてくれて」
「あの、西山先輩の趣味は何ですか?」
西山は少しの間、視線を斜め上に向け、思案した末に答えた。
「うん、そうだなぁ……『ビデオ鑑賞』かな」
その返答に対し、静那が自信満々に返す。
「それは『表』ですか? それとも『裏』ですか?」
『B面』では、勇一達が立ち上げた部活「日本文化交流研究部」での日常トークを描いています。時々課外活動で外出もします。各話完結型ですので、お気軽にお楽しみください。
【読者の皆様へお願いがございます】
ブックマーク、評価は大いに勇気になります。
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