3-2 接続詞は危険?
【3話/B面】Bパート
生一は、短期間で作ったとは思えないほど書き込まれた文章問題の紙を、静那の前に広げた。
そこには、分かりやすく可愛らしいイラストまで添えられている。
「まず、この文章に入る接続詞。分かるか? 言うてみ」
静那は、生一が指さしたイラストと文章に目を落とした。
イラストには、赤い頭巾を被ったような少女が、果物を入れたバスケットを抱え、目の前のおじさんに苺を一個差し出している光景が描かれている。
その下にある問題文には、こう書かれていた。
『女の子:「おじさん。イチゴ □ どうですか?」 おじさん:「うん。ありがとう。お礼におみやげをあげるよ」』
「ここの『□』に入る接続詞って、何や思う?」
生一が試すような視線を向ける。静那は、自信ありげに答えた。
「これは……『は』じゃないですか?」
他の部員たちも「まぁ、妥当なところだな」という顔で頷く。
「まぁ、そやねん。でも俺が言いたかったのは、日本語の接続詞は間違えたらとんでもないことになったりすることがある……っちゅうことや」
「とんでもないこと?」
静那が小首をかしげた。
「せやで。この文章の接続詞を、他の言葉に変えてみるで。
『は』を『で』にする。
『おじさん。イチゴ で どうですか?』
『うん。ありがとう。お礼におみやげをあげるよ』
どうよ。これで一気に意味が違ってきて、ヤバいやりとりになるんや」
「なるほど。この文章の意味はまだよく分かりませんが、接続詞は一つでも間違えたら大変なことになる……と」
静那が真剣な表情でメモを取ろうとしたが、生一はさらに言葉を重ねた。
「そうやで。このイチゴっていうのは隠語で――」
「ちょっと待ったぁー!」
凄まじい勢いで、仁科さんが机を叩いて割り込んだ。
彼女は生一の胸ぐらを掴み、部室全体に響くような声で怒鳴った。
「藤宮君! 大人しく教材作ってると思ってたら、何とんでもないこと教えてんのよ!
しかも今は一九九五年なんだから、そんな隠語とか無いからね!」
「ヘイ! 奥さん。なんでそんなに詳しいんですかねぇ?まぁ、深くは聞かんが……」
生一は飄々として受け流すが、仁科さんの怒りは収まらない。
「バカ! 幸い、周りはよく分かってないから良いけど、やめてよね!
高校生とはいえ、コンプライアンスって言葉知らないの!
『おみやげ』とか言葉にするのもダメなレベルなんだからね!
自重しなさいよ! まったく!ビックリするわ!」
「あの、仁科先輩。イチゴっていうのは『苺』のことじゃないんですか?」
静那の純粋な問いかけに、仁科さんは即座に返す。
「静ちゃんは知らなくていいのよ!
とにかく接続詞は注意しながら話さないと、放送できなくなるレベルになるってことなの!」
「接続詞一つで放送できない……ですか。……それは怖いですね~」
静那は不思議そうにしながらも、その「見えない恐怖」をノートに書き留めた。
「文章の意味は今一つ分からなかったけど、俺たちは接続詞一つでとんでもない方向に行きかねない言語を、日常何気なく使っていたということなのか?」
勇一が哲学的な疑問を投げかけると、仁科さんが吐き捨てるように言った。
「白都君! そんな大層な話じゃないから。全部このバカの大げさな話なだけ!」
「バカ言うなよ。接続詞間違えたら大炎上するかもしれんって知るのも大事やぞ」
「そうだけど例えが酷いって言うの!
バカ!もっと慣用句とかことわざみたいなものを絡めるとか、マシな出題方法は考えられなかったの?
あとさ……『大炎上』なんて言葉、今の時代はまだ使われてないからね!」
仁科さんは息を荒くしながらも、生一を睨みつけた。
「そう考えて作ってるよ! まったく、人のことバカバカ言いやがって。
静那! じゃあ、これは?」
生一は二枚目の紙を誇らしげに見せた。そこにはサルのイラストが描かれている。
『サル □ 木から落ちる』
静那は今絶賛『慣用句』を勉強中だったのだ。
今度は少し迷いながら、慎重に答えてみせる。
「これも、『は』……ですかね?」
「違う。それやと普通の事情になるやん。サルが木から落ちるのが日常茶飯事みたいになるやん。サルは普通、木から落ちへんの! でも、たまーに落ちる時もある……『その道に優れた者でも、時には失敗することがある』っていう意味や」
「だったら……『サル ほどの優れた者が 木から落ちる』という言い方でもいいのでは?」
「長いねん。接続詞やから短い言葉にしよう」
静那はしばらく考え込み……
「じゃあ、『≠』?」
「何で記号になるねん!」
静那の斜め上の回答には一同も笑ってしまった。
「これは『も』や。『サルも木から落ちる』な。
これよく使うから覚えといたほうがええで。まぁ、こういう言い方は今勉強中やったな」
「はい! ありがとうございます、ボス」
「じゃあ流れってのもあるから、もう二~三問いこか。これは?」
生一が次のページをめくる。
「驚きや感心で言葉を失う、いう意味やけど分かるか?」
『舌 □ 巻く』
静那はどうやら知らないらしく、人差し指を顎にあてて考え込んだ後、恐る恐る言った。
「これは……『で』?」
「何を舌で巻くねん。転がすとかなら分かるけど。これは『を』やで」
「舌を巻く……ですか。なるほど! すごく驚いた時に使う言葉ですね」
生一はさらにページをめくり、次の文章を見せる。
『頭 □ 抱える』と書かれている。
「これは悩みとかでどうしようもなくなった時に使う言葉や。分かるか?」
これには静那が即座に答えた。
「これは『で』でしょう」
「違う違う。これは『を』になる。ていうか、なんで『で』って思うたん?」
生一の問いに、静那は真面目な顔をして理由を述べた。
「そりゃあボス……頭を抱えることは物理的に無理でしょう。頭を切り離して抱えたりするってなったら、またさっきみたいに『放送できない怖い意味』になるかもって思ったから……」
静那の想像力に、一同は沈黙した。
「なるほど……そういう発想で来たか。そう考えたら外国人からしたら難しいな……慣用句って。
夏に『〇〇に春が来た』とか言うても理解できんやろうしな。
やっぱり普通の会話の接続詞をチェックした方がええんと違うか?
こういうの続けてたら、逆に静那の方がこんがらがるで。まぁ、あと一問あるけど」
生一は最後のページをめくった。
『三本の指 □ 入る』
「これは『全体の中のベスト三に入るとか、優れた人が少ししかいない』いう意味や。習ったことあるか? まぁ、答えてみろ」
静那にとって、これも初めて聞く言葉のようだった。彼女は少しの間、沈黙の時間を置いてから、恐る恐る答えた。
「これは……『が』ですか?」
「はい、アウト! ってかこれ、接続詞を『が』にしたらとんでもない事になるぞ。三本も指が入っッ――」
ゴッ!
生一の顎に、凄い蹴りが入った。仁科さんが、恐ろしい速さで阻止に動いたのだ。
「まったくとんでもないこと教えないでよね!
ああぁ、静ちゃん、気にしなくていいからね。
この答えはね~『三本の指に入る』だよ。
例えば『椎原さんはこの学校の中で成績が優秀。三本の指に入ります』なんて使い方をするの。
どう、分かった?」
「はい。……でも、『が』じゃ駄目なんですか? さっきボスが言ってた『とんでもないこと』って、何でしょうかね?」
「さあ~何でしょうかねぇ~
まぁ静ちゃん、接続詞は知らなくていい接続詞もあるから、大丈夫よ。気にしなくても」
仁科さんは引きつった笑顔で、静那の視線を逸らさせた
「そんな接続詞聞いたことねぇ……ぞ」
生一は顎を押さえながら、ガクッと崩れ落ちた。
「一体、三本の指が入ると何がとんでもないんだろう。椎原先輩は優秀で、三本の指が入る……」
静那が一人で呟きながら深く考え込む姿を見て、仁科さんが叫んだ。
「静ちゃんっ! その話はもう終わりましょう!」
西日に照らされた部室に、彼女の必死な絶叫が木霊した。
『B面』では、勇一達が立ち上げた部活「日本文化交流研究部」での日常トークを描いています。時々課外活動で外出もします。各話完結型ですので、お気軽にお楽しみください。
※文章中、誤字がありますが、これは意図的に入れております。
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