5-2 住めば都
【5話/B面】Bパート
「そうね…私もトロントで暮らしていた時は生活貧しかったと思う。でも当時は不思議とそんな思いは無かったな…環境に慣れる事に必死で…」
外国で暮らしていた椎原さん。
話の流れから中学生当時の生活事情を語ってくれた。
「カナダはどこもコンパクトシティで自然もそれなりに多かったから好きだったんだけどね。
でも貧しかったみたい。
途中からお父さんの会社が上手く行きだしたみたいで、家が急にお金持ちになったような感じがしたの。
車が急に日本製のものに変わったし。
そうそう、当時日本製の車ってアメリカやカナダではすごく貴重で人気だったんだよ。今もそうだけど。
特に“ホンダ”だったかな…確かアメリカの社長さんが本田社長の接待を受けた時に、そのおもてなしにえらく感動したみたいで、そこからひいきしてくれるようになったみたい。当時私の町では“ホンダ”がちょっとしたブームになってた。」
「へぇ…すごいな日本の自動車。」
「当時、日本の名前の製品が入ってきた事はとても覚えてる。当たり前だけど発音がひらがなだもの。
…で、ごめん、話戻すね。」
改めて仁科さんや静那に顔を向ける。
「急にお金持ちになったと思ったらお父さん“南出るぞ(アメリカ行くぞ)”とか言い出して、引っ越しになっちゃった…。
そこからは開発ばっかりでビルの建ち並ぶ大都会へ出たんだけど、そこ…とにかく何をするにもお金がいるって感じになったのよね。
移動するのも友達と遊ぶのも。
友達もお金かかるコだったから、私もある程度そのスタイルに合わせないといけなかったし。」
「なんだか東京みたいね。」
「都会はどこも同じ風潮なのかな。
お母さんの方は引っ越したと思ったらすぐ体調壊してしまって、またすぐに引っ越しになったりで、逆にお金と神経ばかり使ってしまうようになっていった…。
トロントを出てからは、やたら引っ越しが多くて落ち着かなかったなぁ。
私はまだ小さいながらに“空気も煙たいし、もう自然の豊かな所へ行きたい。”って思うようになったんだけど、……でもね。同時に都会の便利さみたいなのもだんだん魅力に感じ始めた年頃だったんだよね。
人で賑わっていたら安心するし。
でも…どっち取るかって言われたらやっぱり日本に帰る方を選んだ。
体調崩してるお母さん見てたからね…
私もお母さんみたいに体調崩したくなかったから。」
「日本に帰るって選択肢があったのは良かったね。」
「ええ。お母さんも私も小さいころ暮らしていた世界が一番合うんだろうね。自分の“水”に」
「“水があう”って静ちゃん分かる?」
「え…と、“そこになじむ”ってことですか?」
「そう。よく分かったね。まぁそう。水が合ったのよ。日本の方が。」
「日本で育つ間に順応していったとも考えられるよな。」
「人間って“慣れる”からね。きっとどこでも暮らしていくことは出来ると思う。でも自分が生きていく環境の基準は持ってないといつか体が壊れるって思った。
必ずしもお金があればどこでも暮らせるってわけじゃないのよ。
私は空気が悪いところは無理だったから、お婆ちゃんのいる高知県を選んだ。」
「お金があればどこでも暮らせるってわけじゃないんだ…なんだかそんな風に考えた事無かったな…」
「自分の体が不調を訴えれば何もできなくなるからね。
白都君も体壊したらよく分かるよ。
私のお母さんがよく言ってたのが“健康が一番大事。お金で買えないかけがえのない財産だ”って。
あれ、今ならちょっと分かるかも。
“高知県は何もないよ~”って地元のクラスメイトの子は言うんだけどね。私は落ち着いた場所でいられるのが何よりも一番だから。…実際に住み比べてみたらありがたみが分かるな。」
「じゃあ大学は?」
「そこはまだはっきりと決めてないけど、関東行くかな…今、お母さんいるんだ。」
「家族で暮らせるのが一番ですね。」
「うん。お母さんが暮らしている所、東京西側の“高尾”って所でね。近くに森もあってバランスが良い街だよ。
お父さんが気遣ってくれて、そこならお母さんも体調崩さず暮らせてるって。」
「やっぱり日本人だな~。」
「そうだね。日本人だね~。
海外に住んでる時、お母さんどんなに高くても日本茶だけは取り寄せてたし。」
「日本のお茶って貴重なんですか?」
「そうでもないけど、日本茶のようなものは無かったな。メープルティーって言ってね、シロップ入れるんだ。
向こうでは甘いお茶がスタンダードだよ。」
「椎原さんはそんな日本食は恋しくなかったの?」
「…どうだろう。食事面では無かったな。
小さい頃は日本で暮らしていた記憶あるんだけど、物心ついた時はもうカナダだったからね。」
「日本とそんなに変わらなかったの?」
「車は右車線…くらいかな。学校の行き帰りが基本送迎だったからそこは覚えてる。味は全然だけどお寿司のお店も一応あるしね。」
「結構日本と共通点があるんですね。」
「そうね、さっきも言ったけどホンダとかの日本車もあって日本から特別離れた感覚は不思議としなかったな~。」
「静ちゃんの住んでるところは全然日本っぽさは無かったでしょ。」
「そうですね。レンガ作りの家で夜はとにかく寒かったな。あと高い建物よりも地下に入る造りが多かったです。」
「日本だと秘密基地みたいなイメージなんだけどな。」
「湿気が溜まりやすいんですけど、寒い所ならありですよ。」
「日本と環境がかなり違うもんね。」
「日本みたいに温かい地域に行ってみて思ったんだけど、やっぱり温かいほうがいいな。本当に寒いと肌というか顔が凍っちゃって…なんだか表情をうまく出すことすらできないんで…」
「その寒さのレベル…さすがに分かんないなぁ。“顔が凍るくらい”って…」
「とにかく寒いですよ~。この点は絶対日本の方が良いです。ご飯も凍ってないうえにバリエーションがあって美味しいし。
“住めば都”っていう日本の言葉、最近覚えたんですけど、その通りだなって思えます。
日本の方が都かもしれないって感じるくらい。」
「俺も日本を離れてみたら、日本の良さとか分かるのかな…。でも静那は戻りたいとかは思わないの?」
「どうだろ…。戦争してるからね。
…やっぱり戦争中は危ないから、戻りたいって思っても戻れないな。
平和なのが一番でさ、そこがぐらついてたら、いくら懐かしくてもどうしようもならないよ。
お洒落したり美味しいもの食べに行ったり一緒に笑ったりするのって、その土台に“平和”があるから満喫できるのであって、そこが崩れてたら本当に楽しくお料理やお洒落なんかできないかな…」
「静ちゃんが言うとなんだか説得力あるね…」
「だから日本が平和なのってすごく素敵で素晴らしいんだよ。日本にずっと居たら分からないと思うけど。
平和って良いよね。
“平和ボケ”って言葉あるけど、素敵な言葉だな~って思ってるくらい。」
「静ちゃん…」
「ごめんごめん。椎原先輩の話だったのに話が変わっちゃったね。カナダもアメリカも平和だから素敵な所だね。
私は北米、そっちも見てみたいな。」
「ええ、学生のうちに連れて行ってあげるよ。そして街を案内してあげる。カナダとアメリカ。意外とサッと回れちゃうから。」
「へぇ~。でもそのためにすごくお金貯めないとだね。」
「大丈夫よ。飛行機はさすがに高いけど、今1ドル100円切ってるんだから!ずっと円高続いているから観光はチャンスかもしれないよ。先月(4月)なんか79円台後半だったんだから。
今はどこまで進むのか怖い位。」
「円高?ちょっと俺はよく分かんないや。椎原さん分かるんだ。」
「白都君…勉強不足だね。静ちゃんは分かる?」
「はい。一応。」
「ほら~先輩の威厳ないよ。がんばってね。」
「円の推移とか海外行かないんなら知らなくても良いだろ?」
「そうでもないよ。世の中の動向抑えておきたいなら高校生でも知っておくべきだと思う。来年の大学の面接とかで話のネタにしたら一目置かれるかもよ。」
「そうなの?静那。」
「うん。多分ドルの値動きでこれからも日本は振り回されると思うから。プラザ合意の時からずっとそうだよね。」
「プラザ合意とか知らんかった…」
「中学で習ったよ!白都君完全に忘れてるでしょ。」
「勇一、大丈夫だよ。これから知っていけば。私も寮母さんに教えてもらうまでは分からなかったし。」
「まぁ今回のを良いきっかけにして円の推移も兼ねた世界の情勢、調べてみるよ。これからの日本の行く末を左右するんならな。」
「日本の行く末の前に、お前の赤点なんとかせなな。」
「うるさいな!急にその話ふるなよな。現国と…古典だけだと思うから…多分…。」
「まぁ勉強せないかん事山積みやな。」
「せっかく今日は終わってしまったテストの事は忘れて椎原さんの話聞いてたのに…蒸し返しやがって。」
「赤点あったら先輩の威厳ないで~。」
「あんたたちはどっちもでしょ!」
この日は各教科でテストが行われたのだ。
この後の結果より、のんびり部室で話をしている場合ではなくなっていくのだが…それはまだ少し先の話。
『B面』では、勇一達が立ち上げた部活「日本文化交流研究部」での日常トークを描いています。時々課外活動で外出もします。
各話完結ですので、お気軽にお楽しみください。
尚、本編のストーリーとB面の話数は所々リンクしています。こちらを読んでから本編を読み進めていくとより楽しめます。
※文章中、誤字がありますが、これは意図的に入れております。
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